第四章 海戦の花火
海への誘いと海賊男爵
タローポリスの治安を守るT-SWAT本部。
その日の昼下がり、プレハブ倉庫の中には、重苦しい空気が漂っていた。
「……また、肉か」
パイプ椅子に座る坂上真一が、配給された弁当箱を開けて深くため息をついた。
中に入っていたのは、タレがたっぷりかかったオーク肉の焼肉弁当。昨日も、一昨日も、その前も肉だった。
「文句言わないでよ、お爺ちゃん。今、魚は超高級品なんだから」
経理担当のキャルルが、電卓を叩きながらジト目で言い返す。
「港の市場に行っても、魚なんて一匹も並んでないわよ。あったとしても、いつもの十倍の値段。……うちの薄給じゃ、メダカ一匹買えないわ」
「……なんだと?」
坂上の眉間から、ピクリと険しい皺が寄った。
元・海上自衛隊イージス艦艦長である彼にとって、「海」と「魚」は切っても切れない魂の栄養源だ。
特に、事件が片付いた後の「新鮮な刺身と熱燗」を楽しみに生きてきた彼にとって、これは由々しき事態である。
「なぜだ。タローポリスは良質な漁場に恵まれているはずだろう」
「それがねー、海がヤバいことになってるんスよ」
ソファで寝転がっていたキュララが、スマホの画面を坂上に見せた。
『速報:アナステシア大陸近海、またも魔導貿易船が沈没。生存者ゼロ』
『海賊『クラーケン男爵』からの声明文:この海は我のものなり』
「……海賊、だと?」
鮫島が、咥えていた赤マルを灰皿に押し付けながら立ち上がった。
「ええ。ここ数週間、タロー国へ向かう貿易船や漁船が、次々と襲われてるの」
キャルルが分厚い資料をデスクに放り投げた。
「首謀者は『大海賊提督・クラーケン男爵』。巨大な木造魔導戦艦を旗艦とする、五十隻以上の海賊艦隊を率いてるわ。どこの国にも属さず、海のど真ん中に陣取って、通行料をふんだくってるのよ」
「通行料を払えば見逃すのか?」
「いいえ」
キャルルの長い耳が、怒りでピンと逆立った。
「男爵の気分次第よ。金品を奪った挙句、『海に法律などない。私が王だ』って言って、船を沈めるの。……乗っていた女子供は、自分たちが飼い慣らしている人喰いサメの餌にしてるそうわ」
ピキッ。
坂上が握りしめていたプラスチックの箸が、真っ二つに折れた。
倉庫の中の温度が、急激に数度下がったように感じられた。
「おいおい、爺さん……」
イグニスが、坂上から放たれる尋常ではない殺気に一歩後ずさる。
「……海の掟を、なんだと思っている」
坂上の声は、地を這うように低かった。
海の恐ろしさを誰よりも知り、海を愛し、海を守るために人生を捧げてきた男。
その誇り高き「元艦長」にとって、クラーケン男爵の所業は、単なる犯罪以上の――万死に値する『冒涜』だった。
そこへ、倉庫の扉がバンッと開き、アロハシャツ姿の太郎が飛び込んできた。
その手には、氷のたっぷり入ったグラス――冷えたコーラが握られている。
「みんな、聞いてよ! 俺の注文した最新のゲーム機を積んだ船が、海賊に沈められた! しかも、今夜のディナーのシーフードカレーの具材もないんだよ! これは国家の危機だ!」
太郎がストローでコーラをズズッと啜りながら、涙目で訴える。
「俺は国王として決断した! あのナメたタコ野郎を、完膚なきまでにぶっ飛ばす! T-SWAT、出動命令だ!」
太郎の号令に、鮫島がKorth NXSのシリンダーを回し、イグニスが斧を担ぎ上げる。
「へっ、ついに海の掃除か。悪くねぇ」
「サメの丸焼きを作ってやるぜぇ!」
だが、海には歩いていけない。
タロー国には、まともな海軍が存在しないのだ。
「陛下」
坂上が、ゆっくりと立ち上がった。
いつもの着流し姿ではない。彼はロッカーから、純白の制服――かつて自らが着ていた『艦長服』に似せて作らせた特注の軍服を取り出し、袖を通した。
その背筋は、鋼の棒が入っているかのように真っ直ぐに伸びている。
「船の当ては、あるんでしょうな?」
「もちろん! 俺の『創造スキル』と、タロー国の国家予算の半分をぶち込んで、とっておきの『城』を用意したから!」
太郎がニヤリと笑う。
「坂上さん。……あんたの『本職』、見せてよ」
坂上は、純白の帽子を目深に被り、鋭い眼光を放った。
「……総員、港へ急行せよ」
その声は、もはや「警察の隊長」や「最高裁判官」のものではない。
冷徹にして無敵。数多の荒波を越えてきた、海の支配者の声だった。
「俺の海を汚し、俺から刺身を奪った罪……。その命をもって、海底で償わせてやる」
抜錨の時は来た。
タローポリスの港で、異世界アナステシアの常識を覆す「鋼鉄の城」が、彼らを待っている。




