EP 3
SWATの倉庫と、やさぐれ隊長
「怪我したくなきゃ失せろだと? ……威勢だけはいいのう」
坂上は足元に転がっていた、錆びついた鉄パイプを爪先で跳ね上げた。
カラン、という乾いた音と共に、その鉄塊は吸い付くように彼の手のひらに収まる。
「なっ……なんだその動き!」
「得物が変われば心も変わるが、芯にあるのは同じ『剣』よ」
坂上は鉄パイプを正眼に構えた。
ただの薄汚れた鉄の棒が、彼の手に握られた瞬間、名刀の如き鋭利な殺気を帯びる。
北辰一刀流。
「技」と「気」で相手を圧倒する、実戦的な剣術。
「やっちまえ!」
チンピラの一人がナイフを振りかざして飛びかかってくる。
速い。だが、直線的すぎる。
坂上は半歩、左足を引いた。
「――面!」
風を切る音すら置き去りにする鋭い一撃。
鉄パイプの先端が、チンピラの額寸前でピタリと止まり――その風圧だけで男の腰を砕いた。
「ひぃっ!?」
「次は当てるぞ」
言うが早いか、坂上は流れるような足運びで踏み込んだ。
二人目の手首をパイプの側面で叩き(小手)、三人目の膝裏を払い(足払い)、四人目の鳩尾に石突きを突き入れた。
ガキン! ドサッ! ゲホッ!
数秒後。
路地裏には、呻き声を上げて転がる男たちの山ができていた。
坂上は鉄パイプを軽く振り、残心を解く。
「……ふぅ。身体が鈍っとるな。現役の頃なら、あと二秒は縮められた」
カラン、と鉄パイプを放り捨てる。
助けられた少女――猫耳の獣人が、涙目で震えていた。
「あ、あの……ありがとうございましゅ……!」
「礼には及ばん。早く家に帰りなさい。夜遊びは感心せんよ」
坂上が懐から出したコーヒーキャンディを一つ握らせると、少女は何度も頭を下げて走り去っていった。
残されたのは、静寂と、路地の奥から漂う鼻をつくタバコの臭い。
「……ん?」
坂上は鼻をひくつかせた。
この臭い。安っぽい葉巻や、異世界の甘ったるい香草ではない。
焦げたような、それでいてどこか懐かしい、ドライな紫煙の香り。
「赤マル(マールボロ・レッド)か……?」
臭いの元は、路地の突き当たりにある古びた倉庫だった。
トタン屋根は錆び、窓ガラスは割れているが、微かに明かりが漏れている。入り口のプレートには、手書きのマジックでこう書かれていた。
『T-SWAT 本部(仮)』
「……SWATだと?」
坂上は着流しの襟を直し、その重い鉄扉を押し開けた。
***
キィィィィ……。
蝶番が悲鳴を上げ、倉庫の中が露わになる。
中は予想以上に酷かった。
剥き出しの鉄骨、埃被ったコンクリートの床。壁には無数の指名手配書と、赤ペンで×印がつけられたタローポリスの地図。
そして部屋の中央、パイプ椅子に深々と腰掛け、天井を仰いでいる一人の男がいた。
黒いタクティカルベストに、カーゴパンツ。
足元には磨き上げられたコンバットブーツ。
スチールデスクの上には、分解されたリボルバー拳銃――ドイツ製の名銃『Korth NXS』が置かれている。
男は、入ってきた坂上に視線も向けず、紫煙を吐き出した。
「……迷子か? 爺さん。ここは託児所じゃねぇぞ」
「迷子ではないが、懐かしい匂いに釣られてな」
坂上は勝手に上がり込み、近くにあった空の木箱に腰を下ろした。
「ここが警察の詰め所か。随分とシケた城だな」
「予算がねぇんだよ。リベラとかいう強欲弁護士と、装備品の請求書のおかげでな」
男――鮫島勇護は、吸い終わった吸い殻を、すでに山盛りになった空き缶に押し付けた。
その目は、深く沈殿した疲労と、決して消えない残り火のような怒りを宿している。
「アンタ、ただの遊び人じゃねぇな? その足運び、素人じゃねぇ」
「昔取った杵柄よ。……アンタこそ、いい目をしている。死線をくぐった男の目だ」
坂上は懐から、黄金色に輝く包装紙を取り出し、指で弾いた。
放物線を描いて飛んだそれは、鮫島の手元へ正確に着弾する。
「……コーヒーキャンディ?」
「血糖値を上げろ。思考が鈍るぞ」
「……フン」
鮫島は包み紙を剥き、口に放り込んだ。
濃厚なカフェインと砂糖の甘さが、荒んだ神経に染み渡る。
「……悪くねぇ」
「だろう? 故郷の味だ」
鮫島がピクリと反応し、初めて坂上の顔を正面から見た。
「アンタ……まさか」
「広島の呉だ。アンタは?」
「……ロス。親父は日本人だがな」
言葉はそれだけで十分だった。
異世界という荒野で出会った、同じ時代の空気を吸っていた同胞。
鮫島はメンテナンス中のリボルバーを慣れた手付きで組み上げ、シリンダーを回転させた。チャキッ、という金属音が心地よく響く。
「俺は鮫島勇護。このふざけた名前の部隊(T-SWAT)の、隊長兼雑用係だ」
「坂上真一だ。……ただの、通りすがりの遊び人さ」
坂上はニヤリと笑った。
嘘は言っていない。今の彼は、法服を脱いだただの男だ。
「鮫島。人手が足りていないようだな」
「見ての通りだ。まともな神経の奴は、騎士団か冒険者に行く。俺の背中を預けられるのは、この銃だけだ」
「なら、俺が預かろうか?」
坂上の言葉に、鮫島が怪訝そうな顔をする。
「……爺さん、ボランティア活動なら他を当たれ。俺が相手にしてんのは、魔法使いや魔獣だ。鉄パイプ一本じゃ死ぬぞ」
「死なんよ。それに、一人心当たりがある」
坂上は立ち上がり、壁の地図――ゴズマ興産のビルに印がついている箇所を扇子で指し示した。
「この街の膿を出すには、外科手術が必要だ。……優秀な執刀医を集めようじゃないか」
鮫島はコーヒーキャンディを噛み砕き、ニヤリと笑った。
久しぶりに、面白い風が吹いてきた気がした。
「……アテはあるのか?」
「ある。職安に通うドラゴンに、安全靴のウサギ……それに、空飛ぶ天使だ」
「ハッ、どいつもこいつも問題児リストのトップじゃねぇか」
二人の男が笑い合う。
汚れた倉庫の中で、最強の捜査チーム『特攻野郎』の結成前夜が始まろうとしていた。




