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『元イージス艦長(50歳)、異世界で最高裁判官になる。〜背中の仁王が火を吹くぜ! 遊び人シンさんが裁く、太郎国・大江戸捜査網〜』  作者: 月神世一


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EP 9

武士の情けと介錯

 バァンッ!!!

 乾いた破裂音と共に、黒い法服が宙を舞い、床に脱ぎ捨てられた。

 現れたのは、昨日、夜霧の路地裏でゼフィルスを叩きのめした、あの着流し姿の男。

「な……!?」

 ゼフィルス伯爵の目が、極限まで見開かれた。

 裁判長席に立つその男は、昨日までの「能面のような裁判官」ではない。

 荒々しく、しかし泰然自若とした、古武士の風格を漂わせる「修羅」だった。

「ガタガタぬかしやがって……! そんなに会いたいなら、会わせてやるよ!」

 坂上が、着流しの右肩を勢いよく肌蹴させた。

 カッッッ!!!

 法廷の空気が、熱波に変わった。

 鍛え抜かれた背中に彫り込まれた、極彩色の『阿吽の仁王』。

 タロー国の魔力に呼応し、二体の金剛力士像の眼が灼熱の赤色に発光し、今にも背中から飛び出しそうなほどの怒気を放った。

「ひ、ひぃぃぃぃっ!?」

 ゼフィルスが腰を抜かし、証言台にしがみつく。

 見間違えるはずがない。

 昨夜、月下で自分の最強の魔刀をへし折った、あの悪夢のような男だ。

「き、貴様……まさか、最高裁判官と、あのゴロツキが……同一人物……!?」

「驚いたか? だがなぁ、この背中の仁王は誤魔化せねぇぞ!」

 坂上は、雷鳴のような怒号を浴びせた。

「てめぇが外交特権を盾に民を斬り、あまつさえ被害者面して法廷に立ったその性根……! この仁王が、全部お見通しなんでぇ!!」

「ば、馬鹿な! 罠だ! これは罠だ!」

「罠? 違うな。これは『決着』だ」

 坂上は、傍聴席の最前列にいたイグニスに目配せをした。

 イグニスが、布に包まれた「ある物」を放り投げる。

 カラン、カラン……。

 ゼフィルスの足元に転がったのは、無惨にへし折れた魔刀『吸血鳥』の残骸だった。

「あ……ああ……」

 ゼフィルスが震える手で、かつての愛刀を見つめる。

 それは、彼の敗北の象徴であり、逃れられない罪の証拠だった。

「外交特権? 知ったことか」

 坂上が、静かに、しかし重く告げる。

 その声は、法廷の誰をも黙らせる絶対的な響きを持っていた。

「だが、お前もガルーダの武人の端くれだろう」

 坂上の視線が、ゼフィルスの魂を射抜く。

「同じ相手に二度も負けて、恥を晒して生き延びる……。法にすがり、嘘を重ね、それでも貴族か?」

「う、ううう……」

 ゼフィルスは言葉を失った。

 逃げ場はない。

 法廷にいる全員が――貴族も、市民も、T-SWATも――彼を軽蔑の眼差しで見ている。

 外交特権を使えば、命だけは助かるかもしれない。だが、それは「武人としての死」よりも惨めな、「生き恥」を晒すことになる。

「最後くらい、己で飾ってみせろ」

 坂上の言葉は、死刑宣告よりも残酷な、慈悲だった。

 武士としての死に場所を与えてやる、という最後通牒。

 ゼフィルスは、震える手で折れた魔刀の刃を拾い上げた。

 その瞳から、傲慢な光が消え、絶望と覚悟が混じり合った濁った色が浮かぶ。

「……く、くそぉぉぉ……!」

 彼は泣きながら、それでも最期の誇りを振り絞り、切っ先を自らの喉元に向けた。

「ガルーダの誇りは……ここにあるッ!!」

 ドスッ。

 鈍い音が響き、鮮血が法廷の床を染めた。

 ゼフィルス伯爵は、自らの魔刀によってその生涯を閉じた。

 誰に裁かれることもなく、自らの手で。

 静寂が、法廷を支配した。

 誰も声を上げない。ただ、その壮絶な最期を見届けていた。

 坂上は、肌蹴た着流しを直し、静かに合掌した。

 背中の仁王の輝きが、ゆっくりと消えていく。

「……これにて、一件落着」

 小槌の音が、弔いの鐘のように、一度だけ鳴り響いた。

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