EP 8
被害者席の道化
翌朝。タローポリス最高裁判所、特別法廷。
緊急開廷を知らせる鐘が鳴り響く中、傍聴席は昨夜の舞踏会に出席していた貴族や、噂を聞きつけた市民で埋め尽くされていた。
その中心、証言台に立っているのは、ガルーダ獣人国の特命全権大使、ゼフィルス伯爵だ。
彼は顔の腫れをファンデーションで隠し、被害者面をして悲劇のヒロインを演じていた。
「皆さん、聞いてください! 私は平和の使者としてこの国に来たのです! それなのに、野蛮な暴漢に襲われ、あまつさえ殺されかけた! これはガルーダ国への宣戦布告に等しい!」
ゼフィルスは身振り手振りで熱弁を振るう。
法廷の空気は重い。外交官が襲撃されたとなれば、タロー国の国際的信用に関わる大問題だ。
「検察官! あの犯人はどこだ! さっさと引きずり出せ!」
ゼフィルスが検察席の鮫島を睨みつける。
鮫島は書類に目を落としたまま、無表情で答えた。
「被告人は……現在、別室にて待機中です」
「何を勿体ぶっている! 直ちにここへ連れて来い! 私が直接、あの薄汚い顔に唾を吐きかけ、死刑判決を聞かせてやるのだ!」
ゼフィルスの傲慢な叫びが木霊する。
彼は確信していた。自分は「被害者」であり、この国の法は自分を守るためにあると。
外交特権という最強の鎧を着ている限り、誰も自分を裁くことはできないと。
その時。
重厚な扉が開き、法廷吏員が厳かに告げた。
「これより開廷します。……裁判長、入廷!」
全員が起立する。
法壇の奥から、黒い法服を纏った男が現れた。
最高裁判官・坂上真一。
その顔は能面のように無表情で、昨夜の「酔っ払い」の面影は微塵もない。
ダンッ。
小槌の音が、ゼフィルスの興奮を冷やすように響いた。
「着席」
坂上の低い声。
ゼフィルスは不満げに鼻を鳴らしながらも、裁判長に従った。
「裁判長! 私は一刻も早い判決を望む! あの『シン』とかいうテロリストに、即刻、極刑を!」
坂上は手元の書類をゆっくりと整理し、ゼフィルスを一瞥もしないまま、淡々と口を開いた。
「審理を始める。……事件番号、第304号」
坂上が読み上げる。
「被告人、ガルーダ国籍、ゼフィルス伯爵」
「うむ。……は?」
ゼフィルスの動きが止まった。
今、何と言った?
「罪状は、タロー都市内における連続殺人、公務執行妨害、および器物損壊。……これら計12件の凶悪犯罪について、審理を行う」
法廷が凍りついた。
傍聴席の貴族たちがざわめき始める。
「おい、待て待て待て!」
ゼフィルスが慌てて立ち上がり、叫んだ。
「貴様、頭がどうかしたのか!? 被告人は私ではない! あの遊び人だ! 私は被害者だぞ!」
「……静粛に」
「静粛にできるか! 私は特命全権大使だ! 外交特権がある! この国の法で私を裁くことなど不可能なのだ! 貴様らは国際法を知らんのか!」
ゼフィルスは外交官パスポートを振りかざし、法壇に詰め寄ろうとした。
だが、坂上は眉一つ動かさず、冷徹な視線で彼を射抜いた。
「……被告人。貴様は自らの意思で、この法廷に立ったな?」
「当たり前だ! あの男を処刑するためにな!」
「ならば、ここは『正義』を問う場だ。……貴様の言う特権とやらが、人殺しの免罪符になると思っているのか?」
坂上の目には、法服の下に隠された「何か」が燃えていた。
その迫力に、ゼフィルスは一瞬怯んだが、すぐに怒りが勝った。
「黙れ黙れ黙れぇ! 知ったような口を利くな下級役人が!」
ゼフィルスは法廷の床をダン!と踏み鳴らした。
「すべてあの男が悪いんだ! あの『シンさん』とかいうゴロツキが、私を陥れたんだ! 奴が真犯人だ! 奴を出せ! 奴が全ての元凶だ!」
自分の罪を棚に上げ、存在しない「真犯人」に全ての責任をなすりつける。
その醜悪な姿に、検察席の鮫島が深くため息をつき、傍聴席のリベラが眼鏡を光らせた。
坂上は、ゆっくりと書類を置いた。
そして、口元に微かな、しかし獰猛な笑みを浮かべた。
「……ガタガタぬかしやがって」
その口調が、突然変わった。
法廷の空気が、一気に張り詰める。
「そんなに会いたいなら――会わせてやるよ!」
坂上の手が、法服の襟にかかった。




