EP 6
月下の決闘
迎賓館の広大な中庭。
手入れの行き届いた芝生の上を、今夜は不吉な紅い月光が照らし出していた。
バルコニーやテラスには、事の顛末を見届けようとする貴族たちが鈴なりになり、固唾を飲んで見守っている。
「……下賤な猿め。その汚い血で、我が恥辱を雪いでくれるわ!」
ゼフィルス伯爵が、マントを翻して魔刀『吸血鳥』を抜いた。
刀身がドクンと脈打ち、禍々しい赤色の魔力光が闇を切り裂く。それは持ち主の怒りを吸い上げ、かつてないほどの飢餓感を露わにしていた。
「この剣の錆となることを光栄に思え! 死ねぇッ!」
ゼフィルスが地面を蹴った。
ガルーダ族の身体能力と風魔法による加速。その速度は、常人の目では捉えきれない。
ヒュンッ!!
初撃は、首を狙った横薙ぎ。
だが、シンさん(坂上)は、まるで散歩でもするかのように半歩下がっただけで、その一撃を躱した。
鼻先数センチを通過した刃が、風圧だけで彼の前髪を揺らす。
「……遅いな」
シンさんは、一升瓶を近くの植え込みにそっと置くと、懐から扇子――ではなく、腰に差していた「得物」をゆっくりと抜いた。
ジャラッ……。
現れたのは、魔力など微塵も感じさせない、飾り気のない日本刀だった。
だが、その刃文は月光を浴びて、氷のように冷たく、そして美しく輝いていた。
――名刀『備前長船』。
魔法が支配するこの世界において、鍛冶師の魂と鋼の強さのみで鍛え上げられた、純粋な暴力の結晶だ。
「ハッ! なんだそのナマクラは! 魔力も帯びていない鉄屑で、私の魔刀とやり合う気か!?」
ゼフィルスが嘲笑い、猛攻を開始した。
シュババババッ!!
魔刀が振るわれるたびに、不可視の風の刃が飛ぶ。芝生が切り裂かれ、噴水が真っ二つに割れる。
だが、シンさんには当たらない。
北辰一刀流・体捌き。
最小限の動きで、風の軌道を読み切り、紙一重で回避し続ける。その姿は、風に舞う木の葉のようであり、掴みどころがない。
「なぜだ!? なぜ当たらん!! ちょこまかと逃げ回りおって!」
焦りがゼフィルスの剣を鈍らせる。
プライドの高い彼は、観衆の前で「下賤な男」に手こずっている事実が許せない。
「ええい、鬱陶しい! まとめて消し飛べぇ!!」
ゼフィルスが激昂し、背中の翼を広げて空高く舞い上がった。
上空からの絶対的な優位。彼は魔刀に全ての魔力を注ぎ込む。
「奥義・紅翼天翔斬!!」
ゼフィルスが、巨大な紅い彗星となって急降下した。
魔力と重力、速度が乗った、防御不能の必殺剣。着弾すれば、中庭ごとクレーターに変える威力がある。
観衆が悲鳴を上げる中、シンさんは逃げなかった。
「……ふぅーッ」
彼は深く息を吐き、腰を落とした。
正眼の構え。
迫りくる死の塊を、真っ直ぐに見据える。その瞳は、深淵のように静まり返っていた。
魔刀の切っ先が、シンさんの眉間に迫る。
その刹那。
シンさんが、踏み込んだ。
防御ではない。迎撃でもない。自ら刃の間合いへと飛び込んだのだ。
「――チェストォォォォッ!!!」
裂帛の気合と共に、鋼の刃が下から上へと斬り上げられた。




