EP 5
仮面舞踏会の挑発
タロー国迎賓館『ゴールデン・タロー・パレス』。
今夜、ここではガルーダ獣人国との友好条約締結を記念する晩餐会が開かれていた。
シャンデリアが煌めき、オーケストラが優雅なワルツを奏でる中、着飾った貴族や高官たちが談笑している。
その中心に、不機嫌なオーラを撒き散らす男がいた。
ガルーダ国特命全権大使、ゼフィルス伯爵だ。
彼は顔の腫れを魔法で隠し、金糸の礼服に身を包んでいたが、その目は周囲の人間をゴミを見るように睥睨していた。
「……フン。どいつもこいつも、能天気な猿ばかりだ」
ゼフィルスはワイングラスを揺らし、側近に囁いた。
「おい、あの『シン』とかいう男は見つかったのか?」
「は、はい……目撃情報はありますが、神出鬼没で……」
「言い訳は聞きたくない! 今夜中に見つけ出し、私の前に引きずり出せ! 八つ裂きにしてやる!」
彼の中での屈辱は、時間と共に増幅していた。
あの路地裏での敗北。扇子で叩かれた痛み。
それを雪がない限り、彼のプライドは回復しない。
その時、会場の空気が一変した。
カツ、カツ、カツ……。
一人の女性が、大階段を降りてくる。
深紅のイブニングドレス。背中が大胆に開いたそのデザインは、彼女の完璧なプロポーションを強調し、スリットからは白磁のような脚が覗く。
長い黒髪をアップにし、知的な眼鏡の奥で瞳を妖しく輝かせている。
タロー国最強の弁護士、リベラだ。
「……ほう」
ゼフィルスの目が釘付けになった。
女好きの彼は、一瞬で獲物を見定めた。あの知性と美貌、そして微かに漂う危険な香り。我がハーレムに加えるに相応しい。
「美しい。……タロー国にも、あのような華がいたとはな」
ゼフィルスはグラスを置き、優雅な足取りでリベラに近づいた。
「今晩は、麗しきレディ。私はゼフィルス伯爵。……貴女のような宝石が、一人でグラスを傾けるのは世界の損失だ」
彼はリベラの手を取り、甲にキスをしようとした。
だが、リベラは扇子でスッとその手を遮った。
「あら、ご挨拶ですわね、大使閣下。……ですが、私は安くない女でしてよ?」
「ハハハ! 金ならいくらでもある。地位も名誉もな。さあ、私の部屋へ行こう。最高のもてなしをしてやる」
ゼフィルスは強引にリベラの肩を抱こうとする。外交特権を持つ彼に、拒否権などないと思っているのだ。
リベラは冷ややかに微笑み、ハンドバッグに手を入れた。
「残念ですが、私の心は既に『ある殿方』に捧げておりますの」
「殿方? フン、どこの馬の骨だ。私より金持ちか? 強いのか?」
ゼフィルスが嘲笑う。
リベラはバッグから、ある物を取り出した。
それは、宝石でも花束でもない。
油と土にまみれた、使い古しの**「軍手(作業用手袋)」**だった。
「……は? なんだその汚い布切れは」
「これは、私の愛する殿方が、汗水垂らして働いた勲章ですわ」
リベラは軍手を愛おしそうに見つめ、次の瞬間、その表情を一変させた。
「――そして、貴方ごときが触れていい代物ではありませんわ!!」
バシィィィィンッ!!!
会場のざわめきが凍りついた。
リベラが、その薄汚れた軍手で、ゼフィルスの顔面をフルスイングで引っぱたいたのだ。
油の染みと土埃が、伯爵の美しい顔にべったりと付着する。
「な……な、な……っ!?」
ゼフィルスは言葉を失い、自分の顔に触れた。
ヌルリとした感触。そして、鼻を突く機械油の臭い。
公衆の面前で、下賤な労働者の手袋で顔を叩かれた。これ以上の侮辱は、この世に存在しない。
「き、き、きさ……貴様ァァァ!!!」
ゼフィルスの絶叫がシャンデリアを揺らす。
「無礼者ぉぉ! 私を誰だと思っている! 八つ裂きだ! その薄汚い手袋の持ち主もろとも、地獄に送ってやる!!」
リベラは、軍手をポイと床に投げ捨て、冷徹に言い放った。
「お望みとあらば、受けて立ちますわ。……『決闘』を」
「決闘だと!?」
「ええ。貴方が探しているその手袋の持ち主――『シンさん』が、お相手いたします。……逃げませんわよね? 誇り高きガルーダの伯爵様?」
煽る。徹底的に煽る。
ゼフィルスの顔が怒りで紫色に変色する。
「いいだろう! その『シン』とかいうドブネズミを今すぐ呼べ! ここで公開処刑にしてやる!」
会場の扉が、ゆっくりと開いた。
そこには、着流しに一升瓶をぶら下げた男が、不敵な笑みを浮かべて立っていた。
「呼んだかよ、鳥野郎。……さっきの続き、やろうじゃねぇか」




