EP 4
伯爵の逆恨み
ホテル『ロイヤル・タロー』のスイートルームは、嵐が過ぎ去ったかのように荒れ果てていた。
「クソッ! クソッ! クソォォッ!!」
ゼフィルス伯爵が、高級な花瓶を床に叩きつけ、粉々に砕く。
彼の顔――特に右頬は、扇子で叩かれた跡が赤く腫れ上がり、美しい羽毛が乱れていた。
魔刀『吸血鳥』も、主人の怒りに呼応して不快な振動音を立てている。
「あのアマチュア剣士が……! 下賤な酔っ払いが……! 私の顔に傷をつけたな!」
肉体的な痛みよりも、プライドを傷つけられた屈辱が彼を狂わせていた。
ガルーダ国の貴族である自分が、路地裏の喧嘩で、しかも扇子一本で手玉に取られたなど、あってはならないことだ。
「部下はどうした! まだ見つからんのか!」
「は、ハッ! 現在、市内の着流しの男を片っ端から当たっておりますが……」
「無能者め! 草の根分けても探し出せ! 八つ裂きにしてやる!」
ゼフィルスは鏡に映る自分の無様な顔を睨みつけ、ギリギリと歯噛みした。
「……こうなれば、タロー国の政府に圧力をかける。外交問題にしてやる!」
***
翌日。タロー国、王宮の執務室。
アロハシャツに短パンというラフな格好の国王・太郎は、ソファにふんぞり返りながら、目の前のモニター越しに抗議してくるゼフィルス(顔に湿布を貼っている)を眺めていた。
『――というわけでだ! これは我が国に対する重大な挑発行為である!』
モニターの中で、ゼフィルスが唾を飛ばしてまくし立てる。
『昨夜、私は市察中に暴漢に襲われた! 犯人は「シン」と名乗る着流しの男だ! 直ちに軍と警察を総動員して捕縛し、私の前に突き出せ! さもなくば、通商条約は破棄だ!』
太郎はポテチをつまみながら、気のない返事をした。
「へー、そりゃ大変だったねぇ。で、警察に被害届は出したの?」
『出せるか! 私は外交官だぞ! タロー国の警察になど頭を下げられん! これは国家間の問題として処理しろと言っているのだ!』
「うーん、でもさぁ。証拠映像とかないんでしょ? 着流しの男なんて、ウチの国じゃお祭りの時期とかごまんといるしなぁ」
太郎はコーラをズズッと啜った。
「それに、伯爵。夜中に護衛もつけずに路地裏を歩いてたの? まさかとは思うけど、なんか『やましいこと』でもしてたわけじゃないよね?」
『ッ!? ……ぶ、無礼な! 私はただの散歩だ!』
「なら、まずは正式な手続き踏んでよ。こっちも『正体不明の酔っ払い』相手に軍隊動かせないっての。……あ、そろそろゲームのイベント始まるから。じゃ、お大事にー」
ブツッ。
太郎は一方的に通信を切った。
「……ったく、面倒くさい鳥だなぁ」
太郎はスマホを取り出し、短縮ダイヤルを押した。相手は坂上だ。
「あ、もしもし坂上さん? ……うん、予想通りカンカンだよ。条約破棄とか言ってるけど、まあウチとしてはあんな危ない国と付き合う気ないからいいけどさ。……うん、あとは任せたよ。『派手に』やって」
***
その夜。T-SWAT本部倉庫。
坂上、鮫島、そしてリベラが円卓を囲んでいた。
「……陛下も悪よのう」
坂上が苦笑しながら電話を切る。
「奴は焦っている。プライドを回復するために、何としても『シンさん』を公の場で処刑したがっているはずだ」
鮫島がタバコの灰を落とす。
ゼフィルスの狙いは、シンさんを外交ルートで引き渡させ、密かに始末すること。だが、太郎が動かない以上、奴は次の手を打ってくるはずだ。
「そこで、これですわ」
リベラが一枚の招待状をテーブルに置いた。
『タロー国・ガルーダ国 友好記念晩餐会』
明日の夜、王宮の迎賓館で開催される公式パーティだ。ゼフィルスは主賓として出席する。
「奴はここに現れます。そして、恐らく会場でも『犯人を差し出せ』と騒ぎ立てるでしょう」
「そこが狙い目だ」
坂上が目を細める。
「路地裏の喧嘩なら揉み消せるが、衆人環視のパーティ会場ならそうはいかん。……奴を、逃げ場のない『決闘』のリングに引きずり込む」
「リベラ、準備は?」
「完璧ですわ。……私、殿方を怒らせる演技には自信がありましてよ?」
リベラが妖艶に微笑み、ハンドバッグから「ある物」を取り出した。
それは、使い古されて薄汚れた、軍手(作業用手袋)だった。
「シンさんの『形見』として、これを使わせていただきますわね」
「おいおい、俺を勝手に殺すな」
坂上が肩をすくめる。
舞台は整った。
華やかな舞踏会が、血塗られた処刑場へと変わる。




