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『元イージス艦長(50歳)、異世界で最高裁判官になる。〜背中の仁王が火を吹くぜ! 遊び人シンさんが裁く、太郎国・大江戸捜査網〜』  作者: 月神世一


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EP 3

夜の路上教習

 深夜。タローポリスは再び濃霧に包まれていた。

 人通りの絶えた大通りを、ガルーダ国の伯爵ゼフィルスは、獲物を求めて徘徊していた。

「……つまらんな。どいつもこいつも、家に閉じこもって震えているのか」

 昨日の事件のせいで、夜の街からは人の気配が消えていた。

 ゼフィルスは舌打ちをし、腰の魔刀『吸血鳥』の柄を撫でる。刀が「血が足りない」と不満げに脈打っているのが伝わってくる。

「外交特権という鎧がある限り、私は無敵だ。……警察(SWAT)の連中の、あの悔しそうな顔ときたら!」

 昼間の出来事を思い出し、ゼフィルスはクツクツと笑った。

 何をしても許される。この国は私にとって狩り場に過ぎない。

 その時。

 霧の向こうから、調子外れな鼻歌が聞こえてきた。

「♪酒は飲むべし〜飲まれるべからず〜……ヒック」

 千鳥足で歩いてくる男が一人。

 時代錯誤な着流しを着て、一升瓶(中身は水)をぶら下げている。

 無防備極まりない、格好の獲物だ。

「……フン。死に急ぐ馬鹿がいたか」

 ゼフィルスは残忍な笑みを浮かべ、音もなく背後に忍び寄った。

 魔刀を抜く。赤い刀身が闇に走る。

「その血、我が糧となれ!」

 ヒュオッ!

 必殺の袈裟斬り。商人を両断したのと同じ、不可視の神速剣。

 だが。

「……おっと」

 男が、まるで石ころに躓いたかのように、ふらりと上半身を沈めた。

 刃は男の頭上数センチの虚空を切り裂き、空振りに終わる。

「な……!?」

 ゼフィルスが目を見開く。

 偶然か? いや、今のタイミングで?

「危ねぇなぁ、おい。……刃物遊びは、お家でやりな」

 男――シンさん(坂上)が、一升瓶を揺らしながら振り返った。

 その目は、酔っ払いのように虚ろだが、奥底には剣呑な光が宿っている。

「き、貴様……何者だ!」

「俺か? 俺はただの……通りすがりの遊び人よ」

 シンさんは懐から扇子を取り出し、パチリと開いた。

「遊び人だと? 下賤な猿が……切り刻んでやる!」

 ゼフィルスが激昂し、連続攻撃を繰り出す。

 ガルーダ流剣術『千羽斬り』。目にも止まらぬ刺突と斬撃の嵐。

 だが、シンさんはその場から一歩も動かない。

 カッ、キン、パシッ。

 扇子が舞う。

 切っ先を弾き、刃の側面を叩き、手首を払う。

 ただの紙と竹でできた扇子が、魔刀の軌道をすべて逸らしていく。

「馬鹿な……!? なぜ当たらない!」

「太刀筋が正直すぎるんだよ。……教科書通りのお稽古剣術だな」

 シンさんが呆れたように溜息をつく。

「それに、腰が入ってねぇ。……こうやるんだよ」

 瞬間。

 シンさんの気配が消えた。

 気づいた時には、ゼフィルスの懐に潜り込んでいた。

「――喝ッ!!」

 ドゴォッ!!

 扇子を閉じた先端が、ゼフィルスの鳩尾に深々と突き刺さる。

 北辰一刀流・柄当て。

「グガッ……!?」

 ゼフィルスの肺から空気が強制排出される。

 さらに、シンさんは返す手で、ゼフィルスの頬を「パァン!」と扇子で張り飛ばした。

「痛っ……!? き、貴様、私は外交官だぞ! 貴族だぞ!」

「知らねぇな。俺はただの酔っ払いだ。……酔っ払いの喧嘩に、身分もクソもあるかよ」

 シンさんはニヤリと笑い、へたり込んだゼフィルスを見下ろした。

「悔しかったら、警察にでも言いつけな。『遊び人の酔っ払いに喧嘩で負けました』ってな。……恥ずかしくて言えねぇだろうがな」

「う、ううう……!」

 屈辱。

 外交特権も、魔刀の力も、この男の前では何の意味もなさない。

 ただの「喧嘩」として処理されれば、公権力は介入できない。

「覚えていろ……! この顔、忘れないぞ……!」

 ゼフィルスは背中の翼を広げ、無様に空へ逃げ出した。

 捨て台詞だけが、虚しく夜空に響く。

「……やれやれ」

 シンさんは扇子を懐にしまい、襟元を直した。

「少しは懲りりゃいいが……ま、逆効果だろうな」

 彼は夜霧の向こうへ消えていく鳥男を見送り、ニヤリと笑った。

 種は撒いた。

 あとは、あのプライドの高い鳥が、どう踊るかだ。

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