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『元イージス艦長(50歳)、異世界で最高裁判官になる。〜背中の仁王が火を吹くぜ! 遊び人シンさんが裁く、太郎国・大江戸捜査網〜』  作者: 月神世一


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EP 2

外交特権の壁

 翌朝。T-SWAT本部倉庫。

 大型モニター(太郎のスキル製)には、キュララが解析した昨夜の監視カメラ映像が映し出されていた。

 霧の中で一瞬だけ捉えられた犯人の姿。

 デジタル処理で鮮明化されたその顔は、間違いなくガルーダ族の特徴を示していた。

「……ビンゴね」

 キャルルが分厚い宿泊者リストをデスクに叩きつけた。

「市内の高級ホテル『ロイヤル・タロー』の最上階スイート。宿泊客の名は、ゼフィルス伯爵。ガルーダ獣人国の特命全権大使よ」

「辻斬りの正体は、大使閣下ってわけか」

 鮫島が不機嫌そうにタバコの煙を吐き出す。

 証拠は揃った。犯行時刻のアリバイはなく、目撃情報とも一致する。

「行くぞ。大使だろうが何だろうが、人殺しに変わりはねぇ。手錠をかけて引きずり出す」

 鮫島が立ち上がり、Korth NXSをホルスターに収める。イグニスも「鳥焼きにしてやるぜ」と鼻息を荒くする。

 だが、その行く手を遮るように、扇子がスッと突き出された。

「……待ちたまえ」

 坂上だった。彼は着流しではなく、パリッとしたスーツを着ているが、その表情は今までになく険しい。

「爺さん? 何止めてんだ」

「逮捕状は出んぞ。鮫島」

「あ? なんでだ。証拠は……」

「相手は『特命全権大使』だ」

 坂上は静かに、しかし重い事実を告げた。

「外交特権。……ウィーン条約、いや、この世界のアナステシア国際条約に基づき、外交官の身体は不可侵だ。受入国の刑事裁判権は免除される」

「……は?」

 鮫島が絶句する。元ロス市警の彼も、その言葉の意味は知っている。

 つまり、「この国の法律では、彼を逮捕することも、裁くこともできない」ということだ。

「ふざけんな! 奴は市民を斬り殺したんだぞ!?」

「法的には、彼はタロー国の領土にいながら、ガルーダ国の領土にいるのと同じ扱いになる。手を出せば、最悪の場合、国家間の戦争だ」

 坂上の言葉に、倉庫内の空気が凍りついた。

 目の前に犯人がいるのに、手が出せない。国家という巨大な壁が、彼を守っている。

「……クソッ!」

 鮫島がスチールデスクを蹴り飛ばした。

「じゃあ指をくわえて見てろってのか!? 次の被害者が出るまで!」

「……公式にはな」

 坂上は扇子を閉じた。

「だが、警告くらいはできる。……顔を拝みに行くぞ」

***

 ホテル『ロイヤル・タロー』、最上階スイート。

 ドアベルなど鳴らさず、鮫島たちは強引に部屋へ踏み込んだ。

「失礼する」

 リビングでは、ゼフィルス伯爵が優雅にモーニングティーを楽しんでいた。

 数人の護衛が武器を構えるが、ゼフィルスは手でそれを制し、薄ら笑いを浮かべた。

「おや、朝から騒々しい客だ。……何の用かね? 下賤な猿ども」

「昨夜の辻斬り事件について聞きたいことがあってな」

 鮫島がズカズカと歩み寄り、ゼフィルスの目の前に立った。

 殺気立った視線。だが、ゼフィルスはティーカップを置く手さえ止めない。

「辻斬り? ……ああ、あの不運な商人のことか」

「……知ってるのか」

「ニュースで見たよ。野蛮な国だね、治安が悪くて困る」

 白々しい嘘。

 イグニスが唸り声を上げて斧に手をかけるが、坂上が視線で制する。

「とぼけるな。現場付近のカメラに、あんたの姿が映っていた」

「ほう? それがどうした」

 ゼフィルスは立ち上がり、鮫島の耳元で囁いた。

「仮に私がやったとして……君たちに何ができる?」

 彼は胸ポケットから、金色の紋章が入った身分証パスポートを取り出し、鮫島の胸に押し付けた。

「私は特命全権大使だ。この身は王と同等の不可侵。君たちが私に指一本でも触れれば、ガルーダ国は全軍をもって報復するだろう」

 勝ち誇った顔。

 法を盾にした、絶対的な安全圏からの嘲笑。

「悔しいか? 正義の味方さん。……せいぜい、夜道には気をつけることだね。また『不運な事故』が起きないとも限らない」

 鮫島の手が震える。怒りで視界が赤く染まる。

 今すぐこいつの脳天を撃ち抜きたい。だが、それをすればタロー国が火の海になる。

「……行くぞ」

 鮫島は血が出るほど拳を握りしめ、踵を返した。

 背後から、ゼフィルスの高笑いが響く。

「ハハハ! 賢明な判断だ! 出口はあちらだよ、負け犬の諸君!」

***

 ホテルの外。

 抜けるような青空が、今の彼らには皮肉にしか見えなかった。

「……やってらんねぇな」

 鮫島がタバコに火をつけるが、その手はまだ震えている。

「法で裁けぬなら……」

 坂上が空を見上げ、ボソリと呟いた。

 その瞳には、艦長時代の冷徹な光と、かつての「暴れん坊」の熱が混在していた。

「『しつけ』が必要だな」

 坂上はスマホを取り出し、リベラにメッセージを送った。

 『今夜、着流しを用意してくれ』と。

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