EP 10
雨上がりの旅立ちとパンケーキ
ポォォォォッ!!
魔導蒸気機関車の汽笛が、高く澄んだ空に吸い込まれていく。
タローポリス中央駅。
数日間にわたって降り続いた雨は嘘のように上がり、ホームには眩しいほどの朝日が差し込んでいた。
「……じゃあね、お姉ちゃん。ここでお別れ?」
プラットホームには、大きなトランクを持ったエレナと、その手を引く弟リュカの姿があった。
サリー王妃の医療チームによる治療と、バロンから没収した慰謝料のおかげで、リュカの顔色は見違えるほど良くなっている。
二人はリベラの計らいで、空気が綺麗で療養に適した地方都市へ移住することになっていた。
「ええ。……新しい街で、やり直しましょう」
エレナはリュカに微笑みかけると、名残惜しそうに改札口の方を振り返った。
彼女の視線が探している人物は、そこにいなかった。
***
ホームの喧騒から離れた、柱の陰。
紫煙をくゆらせる男の背中があった。
「……行かなくていいのか? 鮫島」
隣に並んだ坂上(今日はスーツ姿)が、缶コーヒーを差し出す。
鮫島はそれを受け取らず、短くなった赤マルを携帯灰皿に押し込んだ。
「ああ。……俺は警察だ。一度は手錠をかけようとした男が、のこのこ見送りに出てちゃ、彼女の新しい門出に泥を塗る」
「フン。……不器用な男だ」
坂上は苦笑し、プルタブを開けた。
ベルが鳴り、発車の合図が響く。
エレナが列車に乗り込もうとした、その瞬間。
彼女はふと、柱の陰に立つ黒いコートの背中に気づいた。
鮫島は振り返らない。ただ、背中で語っている。
『行け。そして、二度とこっち側(裏社会)に戻ってくるな』と。
エレナの瞳に涙が滲んだ。
彼女はその場で立ち止まり、鮫島に向けて、誰よりも深く、長く頭を下げた。
そして顔を上げると、雨上がりの虹のような、満面の笑みを咲かせた。
「……ありがとう、私のヒーロー」
その声は蒸気の音にかき消されたが、確かに届いていた。
列車が動き出し、遠ざかっていく。
鮫島は帽子を目深にかぶり直し、呟いた。
「……雨は止んだな」
***
一時間後。
タローポリスの人気ファミリーレストラン『タロウ・キング』。
そのボックス席は、異様な集団によって占拠されていた。
「肉だぁぁ! ハンバーグ10段重ね持ってこいオラァ!」
イグニスがジョッキ片手に吠える。
「ちょっと! 予算オーバーよ! 経費で落ちなかったらイグニスの給料から引くからね!」
キャルルが伝票と電卓を睨みながら叫ぶ。
「はいはーい! 悪徳貴族を成敗したT-SWATの打ち上げ配信だよー! スパチャでデザート代くださーい!」
キュララが自撮り棒を振り回す。
カオスな喧騒の中、鮫島の目の前に、注文した品が運ばれてきた。
「お待たせしました。『雨上がり・ベリーベリーパンケーキ』です」
山盛りのホイップクリームに、色鮮やかなベリーソースがたっぷりかかった、女子高生が頼みそうな一品だ。
鮫島は無言でナイフとフォークを手に取った。
「……似合わんな」
向かいの席で、ブラックコーヒーを飲んでいた坂上がニヤリと笑う。
「苦い恋の後は、甘い物が欲しくなるか?」
「……うるせぇ、爺さん。糖分補給だ。頭使ったからな」
鮫島はぶっきらぼうに言い返すと、パンケーキを大きく切り分け、口に放り込んだ。
甘酸っぱいベリーの味が広がる。
それは、あの雨の日の、苦いコーヒーキャンディの味を上書きしてくれるようだった。
「シロップ、もっとくれ」
「かけすぎだ、糖尿病になるぞ」
そこへ、優雅に紅茶を啜っていたリベラが、一枚の請求書をテーブルに滑らせた。
「あら、甘い物は必要ですわよ。……これから貴方の給料から天引きされる『私の弁護費用』の額を見たら、眩暈がするでしょうから」
鮫島が紙を見て、パンケーキを吹き出しそうになる。
そこには、ゼロがいくつも並んだ天文学的な数字が書かれていた(もちろん、リベラの冗談だが)。
「ふざけんな! 俺は公務員だぞ!」
「あら怖い。なら、身体で払ってもらおうかしら? 次の事件も期待していますわよ、T-SWAT隊長さん?」
リベラが悪戯っぽく笑い、イグニスたちがガハハと笑う。
坂上は、そんな騒がしい仲間たちを見渡し、満足げに目を細めた。
法と暴力、そして少しの情。
この街には、まだ掃除すべきゴミが山ほどある。
だが、このメンバーがいれば、退屈することはないだろう。
「……さて、食ったら行くぞ」
坂上は伝票を掴み立ち上がった。
「次は海だ。……太郎陛下が、港で待っている」
鮫島は口元のクリームを拭い、ニヒルに笑って立ち上がった。
「へっ、上等だ。……付き合ってやるよ、シンさん」
タローポリスの空は、どこまでも高く、青く晴れ渡っていた。
T-SWATの戦いは、まだ始まったばかりだ。




