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『元イージス艦長(50歳)、異世界で最高裁判官になる。〜背中の仁王が火を吹くぜ! 遊び人シンさんが裁く、太郎国・大江戸捜査網〜』  作者: 月神世一


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20/21

EP 10

雨上がりの旅立ちとパンケーキ

 ポォォォォッ!!

 魔導蒸気機関車の汽笛が、高く澄んだ空に吸い込まれていく。

 タローポリス中央駅。

 数日間にわたって降り続いた雨は嘘のように上がり、ホームには眩しいほどの朝日が差し込んでいた。

「……じゃあね、お姉ちゃん。ここでお別れ?」

 プラットホームには、大きなトランクを持ったエレナと、その手を引く弟リュカの姿があった。

 サリー王妃の医療チームによる治療と、バロンから没収した慰謝料のおかげで、リュカの顔色は見違えるほど良くなっている。

 二人はリベラの計らいで、空気が綺麗で療養に適した地方都市へ移住することになっていた。

「ええ。……新しい街で、やり直しましょう」

 エレナはリュカに微笑みかけると、名残惜しそうに改札口の方を振り返った。

 彼女の視線が探している人物は、そこにいなかった。

***

 ホームの喧騒から離れた、柱の陰。

 紫煙をくゆらせる男の背中があった。

「……行かなくていいのか? 鮫島」

 隣に並んだ坂上(今日はスーツ姿)が、缶コーヒーを差し出す。

 鮫島はそれを受け取らず、短くなった赤マルを携帯灰皿に押し込んだ。

「ああ。……俺は警察サツだ。一度は手錠をかけようとした男が、のこのこ見送りに出てちゃ、彼女の新しい門出に泥を塗る」

「フン。……不器用な男だ」

 坂上は苦笑し、プルタブを開けた。

 ベルが鳴り、発車の合図が響く。

 エレナが列車に乗り込もうとした、その瞬間。

 彼女はふと、柱の陰に立つ黒いコートの背中に気づいた。

 鮫島は振り返らない。ただ、背中で語っている。

 『行け。そして、二度とこっち側(裏社会)に戻ってくるな』と。

 エレナの瞳に涙が滲んだ。

 彼女はその場で立ち止まり、鮫島に向けて、誰よりも深く、長く頭を下げた。

 そして顔を上げると、雨上がりの虹のような、満面の笑みを咲かせた。

「……ありがとう、私のヒーロー」

 その声は蒸気の音にかき消されたが、確かに届いていた。

 列車が動き出し、遠ざかっていく。

 鮫島は帽子を目深にかぶり直し、呟いた。

「……雨は止んだな」

***

 一時間後。

 タローポリスの人気ファミリーレストラン『タロウ・キング』。

 そのボックス席は、異様な集団によって占拠されていた。

「肉だぁぁ! ハンバーグ10段重ね持ってこいオラァ!」

 イグニスがジョッキ片手に吠える。

「ちょっと! 予算オーバーよ! 経費で落ちなかったらイグニスの給料から引くからね!」

 キャルルが伝票と電卓を睨みながら叫ぶ。

「はいはーい! 悪徳貴族を成敗したT-SWATの打ち上げ配信だよー! スパチャでデザート代くださーい!」

 キュララが自撮り棒を振り回す。

 カオスな喧騒の中、鮫島の目の前に、注文した品が運ばれてきた。

「お待たせしました。『雨上がり・ベリーベリーパンケーキ』です」

 山盛りのホイップクリームに、色鮮やかなベリーソースがたっぷりかかった、女子高生が頼みそうな一品だ。

 鮫島は無言でナイフとフォークを手に取った。

「……似合わんな」

 向かいの席で、ブラックコーヒーを飲んでいた坂上がニヤリと笑う。

「苦い恋の後は、甘い物が欲しくなるか?」

「……うるせぇ、爺さん。糖分補給だ。頭使ったからな」

 鮫島はぶっきらぼうに言い返すと、パンケーキを大きく切り分け、口に放り込んだ。

 甘酸っぱいベリーの味が広がる。

 それは、あの雨の日の、苦いコーヒーキャンディの味を上書きしてくれるようだった。

「シロップ、もっとくれ」

「かけすぎだ、糖尿病になるぞ」

 そこへ、優雅に紅茶を啜っていたリベラが、一枚の請求書をテーブルに滑らせた。

「あら、甘い物は必要ですわよ。……これから貴方の給料から天引きされる『私の弁護費用』の額を見たら、眩暈がするでしょうから」

 鮫島が紙を見て、パンケーキを吹き出しそうになる。

 そこには、ゼロがいくつも並んだ天文学的な数字が書かれていた(もちろん、リベラの冗談だが)。

「ふざけんな! 俺は公務員だぞ!」

「あら怖い。なら、身体で払ってもらおうかしら? 次の事件も期待していますわよ、T-SWAT隊長さん?」

 リベラが悪戯っぽく笑い、イグニスたちがガハハと笑う。

 坂上は、そんな騒がしい仲間たちを見渡し、満足げに目を細めた。

 法と暴力、そして少しの情。

 この街には、まだ掃除すべきゴミが山ほどある。

 だが、このメンバーがいれば、退屈することはないだろう。

「……さて、食ったら行くぞ」

 坂上は伝票を掴み立ち上がった。

「次は海だ。……太郎陛下が、港で待っている」

 鮫島は口元のクリームを拭い、ニヒルに笑って立ち上がった。

「へっ、上等だ。……付き合ってやるよ、シンさん」

 タローポリスの空は、どこまでも高く、青く晴れ渡っていた。

 T-SWATの戦いは、まだ始まったばかりだ。

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