EP 8
嘘と責任転嫁の法廷
翌朝。タローポリス最高裁判所、第一法廷。
傍聴席は、前回のゴズマ事件以上の熱気に包まれていた。
慈善事業家のバロン男爵が、大規模な麻薬組織の黒幕として逮捕されたというニュースは、街中を駆け巡っていたからだ。
「開廷する」
ダンッ。
最高裁判官・坂上真一の木槌が鳴り響く。
黒い法服に身を包んだ坂上は、昨夜の激闘の疲れなど微塵も見せず、氷のような威厳を湛えていた。
証言台には、エレナが立っていた。
彼女は顔面蒼白で、小刻みに震えている。その視線の先、被告人席には、ふてぶてしく笑うバロン男爵の姿があったからだ。
「証人、落ち着いて。……貴女が知っている事実を話せばいいのです」
弁護席のリベラが、優しく声をかける。
エレナは深く息を吸い、絞り出すように語り始めた。
「……私は、弟の治療費を稼ぐために……バロン男爵の指示で、魔薬『パープル・ヘイズ』を運びました……。ノルマを達成しないと、弟に薬を渡さないと脅されて……」
悲痛な告白。傍聴席から同情の声が漏れる。
リベラが頷き、提出された証拠品――バロン邸から押収された顧客リストと、地下工場の写真――を指し示した。
「これらは、被告人が組織的に魔薬を製造・販売していた動かぬ証拠です。さらに、被害者である彼女を脅迫し、犯罪に加担させた。……極めて悪質ですわ」
勝負は決したかに見えた。
だが、バロン男爵は声を上げて笑った。
「ハハハ! 異議あり! 異議ありだ裁判長!」
バロンは立ち上がり、大げさな身振りで傍聴席にアピールした。
「皆さん、騙されてはいけません! 私は被害者なのです!」
「……何?」
坂上が眉をひそめる。
「私は慈善家として、貧しい彼女に資金援助をしていただけだ! まさか彼女が、その金を元手に勝手に魔薬ビジネスを始めていたとは……! 私こそ裏切られたのです!」
「なっ……!?」
エレナが絶句する。
「嘘よ! 貴方が指示したんじゃない! 工場だって貴方の家の地下に……!」
「その工場とやらも、君が私の留守中に勝手に作ったものだろう? 私は忙しい身だ、地下室の管理まで行き届かないよ」
バロンは涼しい顔で嘘を重ねる。
さらに、彼は検察側の席に座る鮫島たちT-SWATを指差し、声を荒げた。
「それに! 昨夜の私の屋敷への襲撃! あれは何だ!」
バロンの矛先が、警察に向く。
「T-SWATとかいう野蛮な集団が、令状もなく押し入り、私の私兵たちを惨殺した! しかも、その先頭に立っていたのは、『シンさん』とかいう指名手配中のテロリストだ!」
法廷がざわめく。
「テロリスト?」「警察が犯罪者と手を組んだのか?」「証拠も捏造じゃないのか?」
「そうです! T-SWATは手柄欲しさに、テロリストと結託して私を陥れたのです! 善良な貴族をスケープゴートにして、自分たちの暴力行為を正当化しようとしている!」
バロンの弁舌は巧みだった。
事実(シンさんが襲撃したこと)と嘘を混ぜ合わせ、傍聴人の不安を煽る。
空気が変わった。
正義の味方であるはずのT-SWATに向けられる視線が、疑念の色を帯び始める。
「そんな……嘘だ……」
エレナが崩れ落ちそうになる。
自分のせいで、恩人たちが悪者にされてしまう。
鮫島が舌打ちをして立ち上がろうとした。
だが、それを制したのは、法壇の上の男だった。
ダンッ!!
強烈な小槌の一撃が、バロンの演説を強制終了させた。
「静粛に」
坂上の低い声が、マイクを通さずに法廷の隅々まで響き渡る。
彼は頬杖をつき、冷ややかな視線でバロンを見下ろした。
「……ほう。テロリスト、か」
その言葉に、バロンは勢いづいた。
「そうです! 着流しを着た、常識知らずの無法者です! あんな男を野放しにしている司法など信用に値しない! 即刻、この裁判を無効とし、私を釈放すべきだ!」
「なるほど。……その『シンさん』とかいう男が、諸悪の根源というわけだな?」
「その通りだ!」
坂上はゆっくりと頷いた。
そして、口元に凶悪なまでの笑みを浮かべ、立ち上がった。
「そうか……。ならば、その『無法者』に、直接弁明させる必要があるな」
「は? ……何を言っている? ここに呼べるとでも……」
バロンが鼻で笑った、その時だ。
坂上の手が、黒い法服の留め具にかかった。
「呼ぶ手間はない」
バァンッ!!
坂上は法服を一気に左右に引き裂き、脱ぎ捨てた。




