EP 6
黒と白の取引
T-SWAT本部の、急ごしらえの取調室。
無機質なスチールデスクと、パイプ椅子。天井からは裸電球が一つぶら下がっている。
昭和の刑事ドラマに出てきそうなその部屋で、エレナは小さく縮こまっていた。
「……で、これが供述書だ」
鮫島が、書き上げたばかりの書類をデスクに叩きつけた。
そこには、彼女が運んだ魔薬の量、回数、そして取引の日時が克明に記されている。
「正直に言おう。……重罪だ。未遂だとしても、営利目的の所持と譲渡。まともに裁判になれば、懲役十年は下らねぇ」
鮫島の言葉に、エレナの顔色がさらに蒼白になる。
彼女は覚悟を決めていたはずだが、いざ「十年」という数字を突きつけられると、身体の震えが止まらない。
十年。弟のリュカが大人になるまでの時間を、冷たい檻の中で過ごすことになる。
「でも……仕方ありません。私がやったことですし……リュカが助かるなら……」
エレナが唇を噛み締め、震える手で署名のペンを取ろうとした。
「待ちなさい」
凛とした声が、その手を止めた。
カツ、カツ、カツ。
コンクリートの床に、ハイヒールの音が響く。
倉庫の入り口から現れたのは、完璧なメイクとオーダーメイドのスーツに身を包んだ、最強の弁護士リベラだった。
「リ、リベラ先生……」
「あら、こんな埃っぽい場所で、可憐なレディをいじめるなんて。T-SWATの男性陣はデリカシーが足りなくてよ?」
リベラは鮫島を睨みつけると、持参したクッション付きの椅子に優雅に座り、眼鏡の位置を直した。
「……邪魔すんなよ、リベラ。これは正規の手続きだ」
「ええ、手続きは大事ですわ。ですが、彼女には『黙秘権』と『弁護人を選任する権利』がある。……違いますか?」
リベラはニッコリと笑うと、エレナに向き直った。
その瞳は、獲物を見定めた鷹のように鋭く、しかしどこか温かい。
「エレナさん。貴女には二つの道があります」
「二つの……道?」
リベラは指を一本立てた。
「一つ目は、このまま罪を認め、おとなしく刑務所に入ること。弟君とは十年以上会えませんし、その間の治療費も払えなくなるでしょう。……これは『バッドエンド』ですわね」
エレナが息を呑む。それは死刑宣告にも等しい。
「そして、二つ目」
リベラは二本目の指を立て、さらに身体を乗り出した。
「組織の情報を全て売りなさい。バロン男爵の指示書、顧客リスト、製造工場の場所……貴女が知る全てを」
「そ、そんなことをしたら……私は……」
「『司法取引』をご存知かしら? 捜査への協力と引き換えに、罪の減免を勝ち取る制度です」
リベラは不敵な笑みを浮かべた。
「普通なら『刑の軽減』止まりですが……私の腕なら、貴女を『無罪』にできますわ」
「む……無罪!?」
エレナだけでなく、後ろで聞いていたイグニスたちも目を丸くする。
麻薬の運び屋が無罪。常識ではあり得ない。
「ええ。貴女は『脅迫による緊急避難的行為』を強いられていた。弟君を人質に取られ、判断能力を奪われた被害者であると、法廷で私が証明してみせます」
リベラの眼鏡がキラリと光った。
「さらに、民事訴訟も起こして、バロン男爵から莫大な慰謝料をふんだくりますわ。弟君の治療費も、その後の生活費も、全て彼に払わせるのです」
それは、悪魔的なまでの提案だった。
罪を犯した自分を許すだけでなく、自分を苦しめた相手から全てを奪い取る。
あまりに都合の良すぎる話に、エレナは戸惑う。
「で、でも……相手は男爵様です。私なんかの証言で、勝てるわけが……」
不安げな彼女の肩に、ゴツゴツとした手が置かれた。
坂上だった。
「勝てるさ。……俺たちがいる」
坂上はコーヒーが入った紙コップを彼女に手渡した。
「リベラは『法』という最強の盾でお前を守る。そして俺たちT-SWATは、お前の証言を裏付ける『証拠』を力ずくでもぎ取ってくる」
鮫島も、壁に寄りかかったまま頷いた。
「バロンの屋敷にある顧客リストと、地下工場の現物だ。……それがありゃ、リベラのシナリオは完璧になる」
リベラ、坂上、鮫島。
大人のプロフェッショナルたちが、一人の少女を囲んでいる。
エレナはコップを握りしめた。温かい。
「……やります」
エレナは顔を上げた。その瞳から、迷いは消えていた。
「全部話します。あの人たちのこと……私が知っていること、全部!」
「賢い選択ですわ」
リベラは満足げに微笑むと、鮫島に向かってウインクをした。
「さあ、証言は揃いましたわよ。……あとは貴方たちの仕事です。物理的な証拠を、法廷まで届けてくださるかしら?」
「へっ、任せとけ」
鮫島はKorth NXSのシリンダーを確認し、獰猛に笑った。
坂上が扇子をパチンと閉じる。
「総員、第一種戦闘配置! 目標、バロン邸宅!」
「「「ラジャー!!」」」
法廷での逆転劇へ向けた、最後の大捕物が始まろうとしていた。




