EP 5
T-SWAT動く
「と、取引……?」
エレナが涙に濡れた瞳で、坂上の差し出した名刺を見つめる。
傭兵のリーダーが、焦ったように怒鳴った。
「騙されんじゃねぇ! 警察と弁護士が組んで何ができる! 薬を持ってるのはバロン様だけだ! そいつらに従えば、ガキは苦しんで死ぬぞ!」
男の脅しに、エレナの体が強張る。
恐怖による支配。それを断ち切るため、坂上は静かに、しかし力強く告げた。
「その薬とやらは、本当に弟を治しているのか?」
「え……?」
「先ほど拝見したが、少年の顔色は悪い。魔石病特有の黒斑も広がっている。……その薬は、病気の進行を遅らせているだけで、治してはいないのではないか?」
図星だった。
エレナはハッと息を呑む。
高額な薬を投与し続けても、リュカの容態は一進一退。むしろ、徐々に弱っているようにすら見えた。
「我々にはツテがある。太郎国の最先端医療――サリー王妃直轄の医療チームだ」
「サ、サリー王妃様の……!?」
それは、この国で暮らす者なら誰もが知る「奇跡の医療」の代名詞だ。
バロンの怪しげな薬とは、信頼度が天と地ほど違う。
「弟を治したいなら、選ぶことだ。……悪魔の飼い犬として生きるか、俺たちと手を組んで、太陽の下を歩くか」
坂上の言葉には、不思議な説得力があった。
エレナは迷い、リュカを見た。リュカは苦しい息の中で、小さく頷いたように見えた。
「……信じます。貴方たちを」
その言葉が、開戦の合図だった。
「クソがぁ! まとめて死ねぇ!!」
傭兵たちが激昂し、武器を振りかざして殺到する。
だが、今の鮫島に迷いはない。
「……交渉成立だ」
パンッ! パァン!!
Korth NXSが火を噴く。
正確無比な射撃が、先頭の男の膝を撃ち抜く。
同時に、坂上が動いた。
「子供の前だ。少しは静かにせんか」
ヒュッ。
手にした扇子が、鉄扇のように硬質化し、襲いかかる男の剣を弾き飛ばす。
返しの手刀が首筋に吸い込まれ、大男が音もなく崩れ落ちた。
「確保完了」
わずか十秒。
傭兵たちは全員、床に転がって呻いていた。
鮫島は銃をホルスターに戻し、へたり込むエレナに手を差し伸べた。
「……行くぞ。ここはもう安全じゃない」
***
一時間後。T-SWAT本部倉庫。
リュカは即座に手配された救急馬車でサリーの病院へ搬送された。
倉庫のソファには、毛布にくるまり、ホットミルク(坂上の手挽きコーヒー入り)を飲むエレナの姿があった。
「……すまねぇな。俺一人じゃ、ここまでが限界だった」
鮫島が、デスクに腰掛けてタバコを吹かしながら、悔しげに呟く。
警察官としての正義感だけでは、彼女の心を縛る鎖までは断ち切れなかった。坂上の助け舟がなければ、最悪の結果になっていただろう。
「何を言う。現場を制圧したのはお前の判断だ」
坂上がコーヒーミルを置き、倉庫の闇に向かって声をかけた。
「おい、盗み聞きは趣味じゃないだろう? 出てきたらどうだ」
その言葉に応えるように、物陰から三つの影が現れた。
イグニス、キャルル、キュララだ。
「……聞いてたぜ、隊長」
イグニスが、普段の軽口とは違う、低いドスの利いた声で唸る。
「病気のガキを実験台にして、姉ちゃんを脅してたってな……。俺様は馬鹿だが、そういう胸糞悪い話は一番嫌いなんだよ」
両手斧を握る手に、血管が浮き出ている。
「私もよ」
キャルルが安全靴のつま先をコツコツと床に打ち付ける。
「お金のためなら何でもするけど、子供の命を食い物にする奴は『害獣』よ。駆除対象だわ」
「拡散決定!」
キュララがスマホを構えるが、その画面にはいつものフィルター加工はなく、怒りの炎のエフェクトが燃えていた。
「『パープル・ヘイズ』の被害者の声……これは絶対にバズらせて、社会的に終わらせてやる」
彼らは「問題児」だ。
金に汚かったり、暴力的だったり、承認欲求の塊だったりする。
だが、根底にある「許せない一線」は、鮫島や坂上と同じだった。
坂上は満足げに頷き、エレナに向き直った。
「お嬢さん。これが我々のチームだ。……少々ガラは悪いが、腕は立つ」
「皆さん……」
エレナの瞳から、涙が溢れ出した。
孤独な戦いが、終わったのだ。
坂上は扇子を開き、作戦地図(バロン邸の見取り図)を指し示した。
「作戦目標は二つ。一つは、エレナ嬢の安全と、弟君の治療を法的に確約させること。これには最強の『盾』が必要だ」
「リベラか」
鮫島がニヤリと笑う。
「ああ。そしてもう一つは……魔薬カルテル『バロン一味』の完全壊滅。こちらは我々T-SWATという『矛』が担当する」
坂上の眼光が鋭くなる。
「法で裁けぬなら力で。力で敵わぬなら法で。……総力戦だ。準備はいいか?」
「「「アイアイ・サー(了解)!!」」」
雨音を消し飛ばすほどの咆哮が、倉庫に響き渡った。
反撃の狼煙は上がった。
次は、悪党どもが震え上がる番だ。




