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『元イージス艦長(50歳)、異世界で最高裁判官になる。〜背中の仁王が火を吹くぜ! 遊び人シンさんが裁く、太郎国・大江戸捜査網〜』  作者: 月神世一


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EP 4

カルテルの魔手

 タローポリスの高級住宅街。

 その一角に、白亜の豪邸が聳え立っている。

 表札には『バロン男爵』の名。表向きは貧民救済を謳う慈善事業家だが、その裏の顔は、魔薬『パープル・ヘイズ』の製造・販売を一手に担うカルテルの元締めだ。

「……遅いな」

 豪奢な執務室で、バロンはワイングラスを傾けながら不機嫌そうに呟いた。

 肥満体の体に高価なシルクのガウンを纏い、指には魔力を帯びた宝石の指輪がいくつも光っている。

「申し訳ありません、男爵様。例の女……エレナからの納品が滞っておりまして」

「フン。弟の病気を治す餌(薬)をチラつかせてやれば、いくらでも働くと踏んだが……期待外れか」

 バロンは残ったワインを一気に飲み干すと、冷酷な笑みを浮かべた。

「代わりはいくらでもいる。……『回収班』を送れ。女は娼館へ、弟は……新薬の実験体として工場へ運べ」

「ハッ! 直ちに」

 執事が恭しく一礼し、闇へと消えていく。

 バロンは空のグラスを握りつぶしそうなほど強く握った。

「私の街を汚すネズミ共め……骨の髄までしゃぶり尽くしてやる」

***

 一方、T-SWAT本部倉庫。

 重苦しい空気が漂っていた。

「……すまねぇ。ホシ(容疑者)を見逃した」

 鮫島が、スチールデスクにKorth NXSを置き、頭を下げた。

 警察官としてあるまじき失態。始末書で済む話ではない。

 だが、報告を受けた坂上シンさんは、怒ることもなく、手挽きのコーヒーミルを回し続けていた。

「ガリガリ……という音が、心地いいと思わんか?」

「……爺さん?」

「豆は挽かれて初めて香りを放つ。人もまた、追い詰められて本性が出るものだ」

 坂上はミルを止め、香り高い粉をドリッパーに移した。

「その女、エレナと言ったか。彼女もまた、挽かれている最中なのだろう。……組織という臼の中でな」

「ああ。弟を人質に取られているようなもんだ。俺が手錠をかければ、弟は死ぬ」

 鮫島が悔しげに拳を握る。

 そこへ、倉庫の隅から声が上がった。

「気に入らねぇな」

 イグニスが、配給された乾パンを噛み砕きながら唸る。

「病気のガキをネタに女をこき使うなんざ、ドラゴンの風上にも置けねぇ。……燃やしていいか? その元締め」

「同感ね」

 キャルルが安全靴の紐を締め直しながら、静かに怒りを滲ませる。

「私の結婚資金稼ぎとはワケが違うわ。……吐き気がする」

「私も! そんな胸糞悪い話、拡散して社会的に抹殺しなきゃ気が済まない!」

 キュララがスマホを構え、やる気満々だ。

 坂上は全員を見渡し、ニヤリと笑った。

「鮫島。お前の判断は間違っていない。……だが、甘い」

「……何?」

「女一人守れず、何がSWATか。……やるぞ、総員」

 坂上が熱いコーヒーを鮫島の前に置いた。

「組織ごと潰す。女も、弟も、街の平和も……全部まとめて救い出すのが、俺たち『シンさん一家』の流儀だろうが」

「……へっ、違いねぇ」

 鮫島はブラックコーヒーを一気に煽り、ニヒルに笑った。

 苦味が、迷いを洗い流していく。

「よし。キュララは上空から監視。イグニスとキャルルは待機。俺と爺さんで現場を押さえる」

***

 その夜。エレナのアパート。

 事態は最悪の局面を迎えていた。

「い、嫌っ! 離して! リュカを連れて行かないで!」

 エレナが必死に男の足にしがみつく。

 バロンの命を受けた『回収班』――武装した傭兵たちが、部屋に押し入っていた。

 一人の男が、ベッドから弟のリュカを乱暴に担ぎ上げている。

「うるせぇアマだ! テメェはもう用済みなんだよ!」

「弟さんは俺たちの工場で預かってやるよ。……最高の『実験材料』としてなァ!」

 男がエレナを蹴り飛ばす。

 彼女は壁に激突し、咳き込んだ。それでも、這いつくばって弟の方へ手を伸ばす。

「やめて……お願い……!」

 絶望が彼女を覆い尽くそうとした、その時だ。

 パァン!!

 乾いた銃声が夜気を切り裂いた。

 リュカを担いでいた男の肩から血飛沫が上がり、男は悲鳴を上げて少年を取り落とした。

「誰だッ!?」

 崩れ落ちそうになったリュカを、黒いコートの影が受け止める。

 鮫島勇護だ。

 その手には、硝煙を上げるKorth NXS。

「……その汚ぇ手で、ガキに触るんじゃねぇ」

「鮫島さん……!」

 エレナが目を見開く。

 その後ろから、着流し姿の坂上が、扇子をパチリと鳴らして現れた。

「寄ってたかって、か弱い姉弟をいじめるとは感心せんな。……教育が必要か?」

 T-SWATの介入。

 傭兵たちが武器を構え、殺気立つ。

 これで助かる――エレナはそう思うはずだった。

 だが。

「……やめて!!」

 エレナの口から出たのは、感謝ではなく拒絶の叫びだった。

 彼女は鮫島の前に立ちはだかり、両手を広げたのだ。

「手出ししないで! 帰って!」

「……は?」

 鮫島が眉をひそめる。

「何を言ってる。こいつらはアンタらを……」

「分かってる! でも、この人たちを捕まえたら、リュカの薬が手に入らなくなるの!」

 エレナは涙ながらに訴えた。

「バロン様しか……あの組織しか、リュカの病気を治す特効薬を持っていないの! 警察が介入したら、供給を止められる……そう言われてるの!」

 それは、暴力よりも深い支配だった。

 命の手綱を握られている以上、彼女は組織に従うしかない。たとえそれが、地獄への道だとしても。

 傭兵のリーダーが、下卑た笑い声を上げた。

「ハハハ! 聞いたかポリ公! 被害者様が『帰れ』と言ってるぜぇ? ここで俺たちを撃てば、ガキを殺すのはテメェってことにならァ!」

「…………ッ!」

 鮫島は歯噛みした。

 銃口が下がる。正義感だけでは、この呪縛は断ち切れない。

 膠着状態。

 その時、坂上が静かに前に進み出た。

「……なるほど。薬がないと死ぬ、か」

 彼は懐から一枚の名刺を取り出し、エレナに見せた。

 そこには、黄金の天秤のマーク――『リベラ法律事務所』の紋章が刻まれていた。

「ならば、取引といこうか。お嬢さん」

 坂上の瞳が、鋭く光った。

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