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『元イージス艦長(50歳)、異世界で最高裁判官になる。〜背中の仁王が火を吹くぜ! 遊び人シンさんが裁く、太郎国・大江戸捜査網〜』  作者: 月神世一


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EP 3

運び屋の涙

 ドォン!!

 腐りかけた木の扉が、蝶番ごと内側に弾け飛んだ。

 狭いアパートの室内に、土足で踏み込んでいた二人の男たちが、驚愕に振り返る。

「あァん!? なんだテメェ……」

 言いかけた男の顔面に、濡れた革靴の底がめり込んだ。

「グベッ!?」

 鼻骨が砕ける鈍い音。男がのけぞり、安っぽいテーブルをなぎ倒して転がる。

 もう一人の男が、腰のナイフを抜こうとした。

「ヒッ……!?」

 だが、それより速く、冷たい金属の塊が男の眉間に押し当てられていた。

 Korth NXS。その重厚な銃口が、男の思考を停止させる。

「動くな。……公務執行妨害で風穴が開くぞ」

 地獄の底から響くような低音。

 鮫島の目は、雨に濡れた前髪の奥で、氷のように冷たく光っていた。

 それは、ロスの裏路地で数多の凶悪犯を制圧してきた、本物の「SWAT」の目だった。

「け、警察……!? チッ、覚えてろよ!」

 男たちは捨て台詞を吐き、仲間を引きずって逃げ出した。彼らは弱い者しか虐げられないハイエナだ。本物の捕食者を前にしては、逃げることしかできない。

 静寂が戻った部屋に、雨音だけが響く。

 エレナは、弟のベッドの前でへたり込み、震えていた。

「……大丈夫か」

 鮫島が銃をホルスターに戻し、声をかける。

 エレナがゆっくりと顔を上げ、息を呑んだ。

「あ……貴方は、昨日の……」

「ああ。……落とし物だ」

 鮫島はポケットから、あのレースのハンカチを取り出し、彼女の前に放った。

 ハンカチは、床に散乱した「紫色の粉末」の横に落ちた。

 男たちが暴れたせいで、エレナが隠し持っていた魔薬の包みが破れていたのだ。

「…………」

 エレナの顔から、血の気が引いた。

 言い逃れはできない。現行犯だ。

「……『パープル・ヘイズ』。末端価格で金貨三十枚ってところか」

「ち、違います……これは、預かっただけで……」

「嘘をつくな」

 鮫島が短く遮る。

「その臭い。昨日、アンタから漂っていたのと同じだ。……アンタが運びミュールか」

 エレナは唇を噛み締め、俯いた。否定はしなかった。

 ベッドの上で、弟のリュカが苦しげな呼吸を繰り返している。

「……この子の、ためか」

「……リュカは、『魔石病』なんです」

 消え入りそうな声で、エレナが語り始めた。

 体内に魔力が過剰に蓄積し、内臓を蝕む奇病。治療には、高純度のポーションと、専門の魔導師による施術が必要だ。莫大な金がかかる。

「両親は早くに亡くなって……私しかいないんです。普通の仕事じゃ、薬代も稼げなくて……そんな時に、あの人たちが……」

「……高額な報酬で釣ったか。よくある手口だ」

 鮫島は懐からタバコを取り出しかけ、病人がいることに気づいて舌打ちし、そのまま箱に戻した。

「アンタが運んでるその粉で、街じゃ何人もが廃人になってる。……分かってるのか」

「分かってます! ……でも!」

 エレナが顔を上げ、叫んだ。その目には涙が溢れていた。

「私が地獄に落ちてもいい! この子が助かるなら、悪魔にだって魂を売ります!」

「…………」

「お願いです、見逃してください……! 今、私が捕まったら、リュカは……!」

 彼女は床に額を擦り付け、懇願した。

 プライドも、良心も、全てを投げ捨てた姿。

 それは、あまりにも痛々しく、そして強かった。

 鮫島は、胸ポケットに入っていたコーヒーキャンディの包み紙を、指先で弄んだ。

 法を犯した者を捕らえるのが警察の仕事だ。情状酌量の余地はあれど、彼女は犯罪者だ。

 だが。

(……クソッ)

 鮫島は踵を返した。

「……今回は、見なかったことにしてやる」

「え……?」

「だが、次はねぇぞ。……足を洗え」

 背中越しに告げ、鮫島は壊れた扉から雨の路地へと出て行った。

 甘い。甘すぎる判断だ。始末書どころでは済まない職務放棄。

 だが、あの姉弟をこのまま引き裂くことは、彼の中の「正義」が許さなかった。

 冷たい雨が、熱くなった頭を冷やしていく。

 鮫島は、ようやくタバコに火をつけ、深く吸い込んだ。

「……俺一人じゃ、手が足りねぇな」

 彼女を救うには、元凶を断つしかない。

 魔薬をばら撒き、弱者を食い物にする組織そのものを。

 鮫島はスマホを取り出し、本部の坂上シンさんにコールした。

「……爺さん。デカい『山』だ。……全員、招集してくれ」

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