EP 10
自販機前のコーヒーブレイク
熱狂の法廷から一時間後。
夕焼けがタローポリスの空を茜色に染める頃、裁判所の裏手にある人気のない休憩スペースに、二人の男の姿があった。
そこには、異世界には似つかわしくない無骨な鉄の箱――太郎のスキルで設置された自動販売機が、ブーンという低い駆動音を立てて鎮座している。
「……ふぅ」
着流し姿のままの坂上真一は、小銭を投入し、迷わず『微糖』のボタンを押した。
ガコン、という重い音と共に、冷えた缶コーヒーが落ちてくる。
「アンタも飲むか?」
「ああ。……俺はブラックだ」
隣に立つT-SWAT隊長、鮫島勇護が答える。
彼もまた、慣れた手付きでボタンを押し、黒い缶を取り出した。
プシュッ。カシュッ。
二つの乾いた音が、夕暮れの静寂に響く。
坂上は缶を煽り、甘味と苦味が混ざり合った液体を喉に流し込んだ。法廷で声を張り上げた喉に、冷たさが染み渡る。
「……生き返るな」
「全くだ」
鮫島は一口飲むと、懐から愛用の『赤マル』を取り出し、ジッポーで火をつけた。
紫煙がゆらりと立ち昇り、夕焼け空に溶けていく。
硝煙とタバコの入り混じったその匂いは、ここが剣と魔法の世界であることを忘れさせるほどに、男臭く、そして懐かしい。
「派手にやりすぎだ、爺さん。……後の始末書、誰が書くと思ってる」
「ハハハ、すまんの。だが、膿は出し切らんと再発するからな」
「……違いない」
鮫島は苦笑し、深く煙を吸い込んだ。
言葉は多くない。だが、死線をくぐり抜けた男同士にしか分からない、奇妙な連帯感がそこにはあった。
そこへ、カツカツというヒールの音が近づいてきた。
「……ここにいらしたのね」
現れたのは、法廷での敗北など微塵も感じさせない、優雅なスーツ姿のリベラだった。
彼女は二人の男の間をすり抜け、自販機の前に立つと、電子マネー(カード)をかざして『無糖紅茶』のボタンをピッ、と押した。
「お疲れ様、野蛮な紳士たち」
「おう、嬢ちゃん。……恨んでるか?」
坂上が尋ねると、リベラは紅茶のボトルを開けながら、フッと笑った。
「まさか。依頼人が嘘をついていた以上、あれは私の敗北ですわ。それに……」
彼女はハンドバッグから、コンビニ袋を取り出し、二人に放り投げた。
「あの悪党たちが裁かれて、少しだけスッキリしましたもの。……これ、差し入れですわ」
坂上が受け取った袋の中には、タローマート特製の『プレミアム・ロールケーキ』が入っていた。
「甘い物は脳の疲れを取りますの。……次はもっとスマートにやりなさいよ? 私の仕事を増やさないでくださいね」
「善処しよう」
坂上が肩をすくめると、三人の間に柔らかな空気が流れた。
裁判官、警察官、弁護士。
立場は違えど、この街を守りたいという芯の部分では、どこか通じ合うものがあるのかもしれない。
坂上は空を見上げた。
一番星が輝き始めている。
「……悪くないな」
艦を降り、一度は死んだ身だ。
だが、この騒がしくも人間臭い街で、再び背負うべきものができた。
「さて、と。一仕事終えたが、休んでる暇はないぞ」
坂上は空になった缶をゴミ箱に投げ入れ、ニヤリと笑った。
「太郎陛下から、次の無茶振りが来ている」
「……次はなんだ? まさか、宇宙軍でも作る気か?」
「いや、俺の本職だ」
坂上は、遠くに見える海の方角を指差した。
「海軍を作る。……この世界に、『イージス艦』を浮かべるぞ」
その言葉に、鮫島は呆れたように煙を吐き出し、リベラは面白そうに眼鏡を光らせた。
元イージス艦長・坂上真一の、第二の人生はまだ始まったばかりだ。
背中の仁王が、次は大海原で暴れ回る日も近い――かもしれない。
(第一章 完)




