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空に咲く蓮と謎  作者: Futahiro Tada


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第四章 蓮華の約束

第四章 蓮華の約束


     一


 蓮明高校は決して繁華街に建っている都会的な学校ではない。地方都市の片田舎にあるようなそれほど規模の大きくない学校だ。学校の周りには意外と自然が多くあったりする。大きな公園や川、川の周りは土手が作られ、野球やサッカーなどができるスペースもある。

 また、この河川敷一帯には、サイクリングロードやランニングロードなどがあり、近隣の人間たちの憩いの場所となっている。それに以外にも、地域の小さな寺がある。その寺の名前を「香蓮寺コウレンジ」といい、これは地元に昔からある古寺だ。

 ただ、今この香蓮寺である事件が起きている。同時に、その事件に僕と真咲が巻き込まれつつあったのだ。巻き込まれたというよりかは、真咲が勝手に事件に突っ込み、一緒に僕も連れていったという感じだ。

 そして、その香蓮寺を賑わせている事件というのが、奉納されていた木造の阿弥陀如来像が、ある日忽然と姿を消したというものだ。寺の住職は高齢であり、事件に気づいたのは翌日だったらしい。また、寺には防犯設備などが一切ないため、警察もお手上げ状態であったのだ。

 警察でも調べようがない事件を、僕のような普通の高校生が解けるわけがない。少なくとも、僕はそう思っていたのだけど、真咲は違うようだった。彼女は、仏教に命をかけているところがあるから、香蓮寺の阿弥陀如来像が盗まれたと聞くなり、僕を引き連れて寺に向かったのだった。

 香蓮寺は小高い丘の上にある古寺で、町の住民もそんなに頻繁に行くわけではない。大したものもないし、軽くお参りに行く人が数人いる程度で、いつもひっそりとしている。

 僕と真咲が香蓮寺に行った時、すでに警察の捜査が終わった後だったためか、閑散としており、寺の前で住職らしき高齢の男性が竹箒を使って、落ち葉を掃除しているところだった。

 真咲は一目散に住職に駆け寄ると、すぐに阿弥陀如来が盗まれた件を聞き出そうとした。

「住職さん、アタシ、盗まれた阿弥陀如来像を見つける手伝いがしたいんですけど……」

 その言葉を聞いた住職は、最初驚いた表情を浮かべていたけど、すぐににっこりと柔和な笑みを浮かべた。

「それはありがたい。しかし無理じゃろう」

「どうしてそう思うんですか?」

「この寺には防犯設備が一切なかったんじゃ。だから誰がいつ盗んだのか全くわからないんじゃよ」

「でも、盗まれたのは九月八日となっていました。新聞で見ましたから」

「まぁ、そうなんじゃが……、確かに九月七日にわしが寺の中で阿弥陀如来像を見ているから、それは間違いないとは思うんじゃが、わかるのはそのくらいなんじゃよ。翌日気づいたらなくなっていた。だから全くわからない」

「心当たりはないんですか? 例えば仏像を盗みそうな人とか」

「それは警察の人にもしつこつ聞かれたんじゃが、全くわからん。というよりも、盗まれた阿弥陀如来像は、決して貴重なものというわけではないのじゃよ」

「どういうことです?」

「あれはねぇ、わしの祖父が手彫りで作ったものなんじゃ。わしの祖父は檜で仏像などを作っていたからねぇ。それで、わしがお坊さんになった時、記念にもらったんじゃよ。でも、決して文化財とかそんなものではないんじゃ」

「でもおじいさんが作ったということは貴重なものですよ。アタシ、探す手伝いをします。何かヒントはありませんか?」

「これは警察の人にも言ったんじゃが、実はね、仏像には台座があったんじゃが、この台座は盗まれなかったんじゃよ。そして、台座に白い紙が残されていた」

「白い紙ですか? 何か書いてあったんですか?」

「うむ……『蓮華の約束』とだけ書かれていた。しかし、わしにはさっぱり意味がわからない」

 結局その日わかったのはそれくらいだった。果たして、台座に残されていた「蓮華の約束」とはいったいどういう意味なのか? 僕も住職と一緒で全くわからない。真咲はわかっているのだろうか?

 香蓮寺からの帰り道、僕と真咲は河川敷に転々と設置されたベンチに座り、川の流れを見つめていた。沈黙が痛かったので、僕は彼女に向かって声をかけた。

「蓮華の約束ってなんだろうね?」

 すると真咲は、真っ直ぐに川辺を見つめたまま答えた。

「わからないわ」

「誰が盗んだろう?」

「他人のために何かを与えるのは美徳よ。でも奪って与えるというのは、本来の布施ではない」

「何か意味があるから奪ったってこと?」

「うん。恐らくだけど。でも、何とかして取り戻したい」

「どうして? 大した価値はないんでしょ?」

「重要なのは、ものとしての価値ではない。盗まれた仏像は、心の拠り所としての仏様なのよ」

「ちょっとよくわからないな」

「つまり、普通の人にとってはただの木像でも、あの住職さんにとっては、命を繋いで作られたもの。あの人は決して言わなかったけど、重要な価値のあるものなのよ」

「なるほど。でも防犯設備もないし、怪しい人間もいないみたいだし、見つけるのは困難だよね」

「そうね。でもヒントはあるわ」

「ヒントって?」

「――人は、形にこだわるわ。でも仏の心は形を超えた場所にある。だからこそ、形を大切にする気持ちも決して無駄ではない。となると、あの仏像は、何かしら必要とされる人間がいるから盗まれたということになる。だって価値がないんだから、仏像の価値として盗んだのではなく、あの仏像を必要としている人がいたから盗人は盗んだのよ」

「悪人が盗んだわけではない可能性があるってことか」

「まだわからないけど、その可能性もあると思う」

 犯人は、確かに仏像を盗んだ。しかし、この盗みの行為というものは、単なる悪ではなく、信仰上のズレのような気がしてきた。僕は、真咲の仏教観を間近で見るようになってから、今回の事件をそんなに風に考えたのだ。

 ものではなく心を尊ぶ。仏教の価値観を自然と教えられたような気がした……


     二


 翌日から僕と真咲は、盗まれた阿弥陀如来像を探すために、作戦を練ることにした。授業が終わった後、文芸部の部室に行くのではなく、二人で屋上に行って話し合ったのだ。

 真咲は律儀なところがあるのか、小さなノートに盗まれた像についての情報を書いてきていた。それをまとめるとこんな感じだ。


◉仏像の種類

 檜材の手彫りの阿弥陀如来

 全高約三十センチ


◉美術的価値

 特になし

 素人の手による制作

 ただし、風合いがあり、温もりを感じる


◉歴史的背景

 戦後、地域の住民が再建した寺の象徴として作られた


◉宗教的意味

 地域共同体の『祈りの象徴』『再生の証』

 災害や病気の慰霊にも使われてきた


◉盗難の重み

 単なる物理的な損失ではない

『共同体の心の柱』を失ったような喪失感 


 この手作りのノートを見ると、昨日にはなかった情報がいくつかある。いつの間に彼女は、こんなにも綿密に調べたのだろうか? お坊さんになるのではなく、探偵になった方が才能を発揮できるのではないかと感じられた。

「いつ調べたの?」

 と、僕は漠然と尋ねた。

 すると真咲は、ニコッとドヤ顔を作りながら、

「昨日、あんたと別れた後、気になって香蓮寺に戻ったの。そこで、住職さんから詳しく話を聞いてメモを取ったのよ」

「まるで探偵だな。すごいよ」

「アタシを褒めるのは、仏像が見つかってからにして」

「まぁ、そうだけど……確かに情報は集まりつつあるけど、これだけじゃ仏像を見つけるのは難しいよね。何か手掛かりというかヒントがないと……」

「何とかして見つけたいの。だって、香蓮寺はアタシが小さい時から慣れ親しんだお寺だもの。だからショックを受けているわ」

「そうだったのか……ヒントになるかわからないけど、確かメッセージが残されていたよね? え〜と、蓮華の約束だっけ?」

「うん。蓮華っていうのは、仏教で悟りの象徴を意味するわ。これは誰かに仏の慈悲を届けるという意味なのかもしれない。それに、あの仏様は、地域の人にとって『祈り』そのもの。だから、それがなくなるというのは、ただの盗難ではない。つまり『祈りの居場所』を失ったということなのよ」

 僕は当初、仏像なんて重いし、大した価値もないのなら、ただの悪戯なのではないか? と考えていた。だけど、真咲はそうではなく、普通の盗みではないと考えている。確かに、ただ仏像を盗むだけなら、わざわざ台座に手紙なんて残さないだろうし。

 手紙を残したのには、きっと意味があるのだ。何かあって持ち出したのだろうけど。今のところ、手掛かりとなるのは、手紙に書かれた『蓮華の約束』という言葉だけなのだ。

 同時に、真咲はこの『蓮華』という言葉に強く反応しているようだった。

「蓮華って仏教では大切な意味を持つ言葉なんだよね?」

 と、僕はおもむろに尋ねた。

 それを聞いた真咲はゆっくりと頷くと、

「その通り。仏教で蓮華は、泥の中に咲く悟りの花として扱われている。つまり、苦しみの中でこそ、慈悲が花開くという象徴なのよ」

「それを台座に残したってことは、一体何が目的だったんだろう?」

「恐らく、盗んだという行為自体に慈悲のつもりがあると伝えたかったのかもしれないわね」

「つまり、誰かを救うために盗んだってこと?」

「その可能性が高いわ」

 真咲はそう言うと、深く頷いた。何かこう、確信を持っているようにも見えた。

 彼女の話では、幼い頃から香蓮寺に親しんでいたらしい。だからこそ、あのお寺に対する熱情が強いのだろう。僕は香蓮寺というお寺自体は知っていたけど、大して行ったことがあるわけではない。恐らく生まれから数回行ったか行かないかくらいだろう。

「香蓮寺は……」真咲は静かに言った。「アタシが幼い頃、おばあちゃんと手を合わせた場所でもあるの。そして、初めて読経を聞いた場所でもある」

「そうだったのか……君にとっては思い出の場所なんだね」

「そうね。同時に、あのお寺があったからこそ、アタシは僧侶になりたいと思うようになったのよ。つまり、アタシに僧侶になるきっかけを与えてくれた大切な場所なの。そして、そのお寺にあった大切な仏像が盗まれた。これはただ事ではないわ。直感的にそう思うの」

 その言葉には、強い決意が現れているような気がした。

 真咲は、小さなノートをカバンの中にしまうと、もう一度香蓮寺に行き、住職に話を聞いてくると言い出した。僕はどうせ暇なのだから、付き合ってもいいかなと思えた。というよりも、真咲の人を救おうとする真剣さに心を打たれたのだ。

「僕も付き合うよ。一緒に行こう、香蓮寺に」

「あ、ありがとう。悠真……この事件、必ずアタシたちの手で解くわよ」

「僕はそこまで協力できるかわからないけど、手伝えることはするよ」

「それじゃ行くわよ、香蓮寺に!」

 真咲の掛け声と共に、僕らは屋上を飛び出し、学校から少し離れた香蓮寺に向かって出発した。


     三


 僕と真咲が香蓮寺に着いたのは、夕焼けで空が赤く染まる午後五時過ぎだった。僕らが境内に入っていくと、日課の掃除をしていた住職さんがニコリと出迎えてくれた。

「また来たのかい?」

 と、住職さん。

 それを受け、真咲が答える。

「はい。例の仏像の調査をしたくて」

「見つかるといいだけどねぇ。それで君たちは何をしに来たいんだい?」

「ええと、仏像が置かれていた安置台を見せてもらえませんか? 何かわかるかもしれませんし」

「それは構わないんじゃが、大して手がかりになりそうなものはないと思うよ」

「それでも構いません。アタシは協力したいんです」

「よろしい。着いてきなさい」

 住職さんはそう言うと、僕らを盗まれた仏像が安置されていた場所まで導いて行った。それは、お経を唱える本堂だった。そこには盗まれた仏像以外にも、黄金色に光る仏像たちがいくつかあった。

 真咲は住職さんから盗まれた仏像が置かれていた位置を教えてもらい、その台座を丁寧に調べ始めた。そして、彼女の目がピクリと動く。僕はその一瞬の仕草を見逃さなかった。

「何かわかったの?」

 と、僕が尋ねると、真咲は眉根を寄せながら静かに答えた。

「これ見て」

 彼女はそう言うと、台座の裏側を僕に見せた。そこには、一枚の紙切れが貼ってあり、何やら書いてあるようだった。それを読み上げると、次のような文章が書かれていた。


『母の手の中に、どうか光を』


 その言葉を見た僕は、真咲に向かって尋ねた。

「母……? 家族のために盗んだってことかな?」

 それを受け、真咲はじっくりと品定めするように紙切れの文字を見つめながら、

「う〜ん。仏を奪ったのではなく、誰かの命を守ろうとした……そんな印象ね」

 しかし、わかったのはそれだけだった。台座にはそれ以外のメッセージはなかったし、この文字以外、大して手掛かりになりそうなものは全くなかったのだ。

 住職さんにお礼を言い、僕らは香蓮寺を後にする。でも、これで調査が終わったわけではない。唐突に真咲は、この辺りを聞き込みすると言い出し、まず向かったのは、香蓮寺の近くにある小さな駄菓子屋だった。

 この駄菓子屋なら知っている。昔からあるし、僕も小学生くらいの時に何度か行ってお菓子を買った経験がある。

 駄菓子屋は夕暮れだというのに、まだ営業をしていた。そして、店の前でぼんやりと掃除をしている初老の男性がいるのに僕らは気がついた。

「あの、ちょっといいですか?」

 と、真咲が店の前にいる男性に声をかけた。

 どうやらこの店の主人らしかった。

「何か用かい?」

 店の主人は、ニコリと笑う。

「香蓮寺で仏像が盗まれた事件を知っていますか?」

「もちろん知ってるよ。この辺りじゃ有名だからね。でも大して価値のないものなんだろ。警察の人も言っていたよ」

「警察の人、ここにきたんですか?」

「そうだね。仏像が盗まれてから何日か経った後だったかな。調査のために来たみたいなんだけど、私としても、そんなに寺に詳しいわけではないからね。ちょっと話をして終わった感じだよ」

「何の話をしたんですか?」

「世間話だよ。君たち、あの事件を調べているの?」

「まぁ、そんな感じです」

「なら、とっておきの情報を教えてあげるよ。これは警察にも言っていない。私は警察がどうも信用ならんので嫌いなんだ。だから言わなかった。それで、例の情報だけど、実は、あの寺をよく手伝っていた若い男がいたんだ」

 若い男……

 そのフレーズを聞いた真咲の目がキラリと光った。

「若い男って誰ですか?」

 真咲はやや食い気味に尋ねた。

 当の主人は、話好きなのかわからないけど、快くその男について教えてくれた。

 香蓮寺に関係していると思われる若い男の情報は、左記の通りだ。


◉氏名

 広瀬圭吾ヒロセケイゴ

◉年齢

 二十代半ば

◉性格

 口数が少なく真面目

◉それ以外の情報

 母親が難病で入院中、金銭的にも精神的にも追い詰められていた


「広瀬って男性は、どのくらいの頻度で香蓮寺に行っていたんですか?」

 真咲が尋ねると、主人は静かに答えた。

「週に一回くらいかな。住職も可愛がっていたみたいだし」

「その人のお母さんが入院していた病院はどこですか?」

青蓮ショウレン総合病院。この辺りの総合病院だよ。君たちも一回くらいは行ったことあるだろ?」

 青蓮総合病院なら、学校からも近いぞ。どうやら僕らは、事件解決につながる重要な情報を手に入れたのかもしれない。


     四


 駄菓子屋で貴重な情報を聞いた僕らは、すぐにでも青蓮総合病院に行きたかった。しかし、すでに時刻が午後六時を回っていたため、その日に病院に行くのは断念した。ただ、駄菓子屋からの帰り道、ボソリと真咲が呟いた。

「妙ね……」

 それを受け、僕は答える。

「妙って何が?」

「住職さんがよ」

「なんでそう思うの?」

「だって、盗まれた仏像は、貴重なものではなかったとはいえ、あの住職さんにとっては重要なものだった。なにしろ、自分のおじいさんが作ってくれたものだもの。つまり、他人にとっては、それほど貴重なものではなくても、住職さんにとっては命みたいなものだったはず。なのに、今の住職さんの態度を見ていると、全く動じていない……これは不可解よ」

「まぁそうかもしれないけど。諦めてるのかな?」

「いいえ。多分違うわ。恐らくだけど、あの住職さんは仏像の在処を知っているのかもしれない」

「在処を知っているのなら、わざわざ警察に届ける必要はないよね? なぜそれをしたんだろう?」

「考えられるのは、仏像が盗まれたことを通報したのは、住職さんではなく、他の誰か……それで事件が大きくなってしまったから、住職さんは慌てて対応した」

「わからないな。でも気がかりなのは、広瀬さんっていう男の人だよ。僕はこの人が仏像を持ち出したと思うけど……」

「そうね。アタシもそう思う。というか、彼しか持ち出せれるような人間はいなかった。消去法で、もはや彼しかいない」

「広瀬さんは、どうして仏像を盗んだんだろう? だって住職さんとは仲がよかったみたいな話だったし。盗むような人には見えないんだけど」

「アタシに考えがある」

「考え?」

「ええ。でも、それは明日話すわ。今日はもう遅いし。明日、青蓮総合病院に行くわよ」

「わかった……乗りかかった船だ。最後まで付き合うよ」

 こうして僕らは別れ、翌日学校が終わった後に青蓮総合病院に行く約束をした。


 翌日――

 授業を終えると、いつもなら部室に行くのだが、今日は違う。なにしろ盗まれた仏像の調査の続きをするのだから。僕は真咲のクラスの前まで行き、廊下で彼女が出てくるのを待った。

 どうやら、僕らのクラスの方が先にホームルームが終わったようで、真咲が教室から出てきたのは、僕が彼女の教室の前に来て五分経ってからだった。

 真咲は廊下で立っている僕の姿を確認し、スタスタと近寄ってきた。

「準備はいい? 青蓮総合病院はここから近いし、そんなに遅くならないと思う」

 真咲の言葉を聞いた僕はゆっくりと答える。

「それは大丈夫だよ。とにかく病院に行ってみよう」

 僕らは蓮明高校を出て、青蓮総合病院へと向かう。この病院は学校のちょうど裏側に位置し、距離にすると一キロくらいだ。だから歩いて十五分ほどでたどり着く。僕らの住む街は決して大きくないため、総合病院といっても規模は小さい。

 地方都市に佇む、小さな総合病院という感じだ。行く道中、真咲が青蓮総合病院についての思い出を語ってくれた。どうやら、彼女のおばあさんは、その病院で亡くなったらしい。だからこそ、彼女は奇妙な縁を感じていたのかもしれない。

 病院に到着すると、真咲は一目散に受付の方へ歩いて行った。そして、受付で座っている女性スタッフに向けて、

「あの、広瀬圭吾さんって知っていますか?」

 その言葉を聞いた女性スタッフは顔を曇らせた。

「あなたたち、広瀬さんの知り合い?」

「そんな感じです」

「残念だけど、もう会えないわ」

「なぜですか?」

「広瀬圭吾さんっていうのは、この病院の患者ではないの。患者なのは、彼のお母様。でも、昨日の夜、そのお母様が亡くなられたの。今日の午前中に病室から荷物などを全て整理して持ち帰ったから、もうこの病院にはいないのよ」

「そうですか。では一つ教えてください。彼が病室に持ち込んだ物の中に、仏像がありませんでしたか?」

 仏像……そのセリフを聞いた女性スタッフの表情が驚いたものに変わった。どうやら、何か心当たりがあるらしい。

「どうしてそれを?」

 と、目を見開いた女性スタッフは告げる。

 すると、それを聞いた真咲が、

「アタシたち、その仏像を探しているんです。広瀬さんの家を知りませんか?」

「個人情報だからね、あなたたちに教えるわけにはいかないの。ごめんなさいね」

 結局、それ以上情報を教えてもらえなかった。しかしわかったことがある。それは、広瀬さんは確かに病室に仏像を持ち込んでいたということだ。恐らく、この仏像が香蓮寺かから盗まれた阿弥陀如来像なのだろう。それは、勘の鈍い僕でもわかった。

 僕がそんなふうに考えを巡らしていると、真咲が静かに僕に向かって言った。

「これから香蓮寺に行く。恐らく、仏像はそこに戻っているわ」


     五


 真咲の推理通り、盗まれたとされる阿弥陀如来像は、元の位置に戻っていた。同時に、住職さんはそれを予期していたようにも見える。僕らが、香蓮寺に行くと、住職さんはいつも通り、にこやかな笑みを浮かべて、僕らを迎え入れてくれた。

 彼は僕らを本堂まで連れて行き、戻ってきた阿弥陀如来像を見せてくれた。そこには、年季の入った木彫りの仏像が静かに置かれていた。

「犯人は……つまり仏像を盗んだ……いいえ、仏像を持ち出したのは、広瀬さんだったのですね。そうでしょう、住職さん?」

 真咲はゆっくりとした口調でそう言った。

 対する住職さんは、相変わらずの笑顔を崩さないまま答えた。

「うむ。君の言う通りだよ」

「あなたはわかっていたんですね。阿弥陀如来像を盗んだ犯人が、広瀬さんだということを……」

 その言葉を聞いた住職さんは、静かに目を閉じた。これから念仏でも唱えるのではないかと思えるくらいの沈黙と間が、辺りを覆い尽くしていく。

 住職さんはしばし黙り込んでいたが、やがて目を開くと、言葉を選ぶように語り始めた。

「その通り。わしは仏像を持ち出した犯人が最初からわかっておった。だから本当は何も言わず、そのまま帰ってくるのを待とうと思っていたんじゃよ。じゃが、わしの妻が最初に持ち出されたことに気づいてしまったんだ。彼女はあの仏像がわしにとって重要なものであると知っておったから、慌てて警察に連絡してしまい、結果的に騒ぎが大きくなってしまったんじゃよ」

「だから……」真咲は頷きながら、「あなたは警察に広瀬さんのことを言わなかった。恐らくあなたは防犯設備のない環境で持ち出されたのだから、警察に何も情報を与えなければ発見はできないと思ったのでしょう。もしも、あなたが本格的に仏像を探すつもりなら、もっと積極的に警察を利用したでしょうし、律儀に庭の掃除なんてしていられなかったはずです」

「君は鋭いね。まさにその通りだよ」

「広瀬さんは恐らく、お母さんのために仏像を持ち出した……そうですね?」

「うむ。わしは昔、広瀬くんに『人を救えるような蓮になりなさい』と、仏教の教えを説いたことがある。恐らく彼はそれを覚えていたのだろう。だから仏像の台座に『蓮華の約束』というメッセージを残したんだ。わしはそれを見てすぐに仏像を持ち出した犯人が広瀬くんだと見抜いた。そして、必ず彼は役目を終えたら仏像を返しにくると確信していたんじゃよ」

「それで事実、仏像は戻ってきた。あなたの読み通り……」

「そうだね。その通りじゃよ」

「あの、住職さん、アタシたち広瀬さんに会いたいんですけど……」

「広瀬くんに? どうして?」

「会って話が聞きたいのです。もちろん、罪を認めろとか警察に自首しろとか、そんなことを言うつもりはありません。ただ、彼の口から仏像を持ち出した理由を聞きたいんです」

「……よろしい、彼の居場所を教えてあげよう。ここから近くのアパートに住んでいる。だからすぐに行けるだろう。だが、今彼は母親を亡くなって傷心しておる。それに今日と明日はお通夜や葬儀があり、忙しいはずじゃから、一週間後、彼に会いに行きなさい。その頃なら、きっと気持ちの整理もついているはずじゃから」

 住職はそう言うと、メモ用紙にサラサラとボールペンで広瀬さんのアパートの住所を書いてくれた。それは確かに、香蓮寺から近い場所だった。


 一週間後、僕と真咲は、メモの住所を頼りに広瀬さんのアパートへ向かった。アパートは築十年ほどくらいの比較的新しい建物だった。二階建ての小さなアパートだが、手入れがよく行き届いており、キレイな庭が特徴なアパートだった。

 広瀬さんの家は二〇四号室。僕らはその部屋の前まで行き、インターフォンを鳴らした。しばらく待っていると、ドアが開いた。目の前に、壮年男性が立っていた。髪の毛は短く整えられており清潔感がある。そして、背がやや高めの痩身の男性だ。

 彼は僕らを見るなり、何かを察したようだった。

「君たちが僕に話を聞きたいって言う高校生か……話は香蓮寺の住職から聞いている。僕の家は狭いから、少し歩こうか、歩きながら話を聞くよ」

 そう言い、彼は靴を履き、僕らと一緒に夕暮れの住宅地を歩いた。

 僕は何を言っていいのかわからず黙り込んでいたけど、最初に真咲が口を開いた。

「誰かを想って祈るのは素晴らしいことです」

 彼女の言葉を聞いた後、広瀬さんが答えた。

「君たちは、僕が香蓮寺の仏像を盗んだ犯人だと見抜いたって話だよね。その話が聞きたいの?」

「いいえ。アタシはただ、あなたに確認したかっただけです」

「確認?」

「はい。あなたは昔、住職にこう言われたはずです。『人を救えるような蓮になりなさい』と……」

 その言葉を聞いた広瀬さんはハッとして俯いた。

「……覚えているよ。でも僕には無理だった。母一人、救うことができない」

「いいえ。あなたは立派に役目を果たしました。あなたが仏像を持ち出した理由は、亡くなったお母さんが関係しているんでしょう?」

「その通りだよ。僕の母は、仏様を見ながら最期を迎えたいって言っていたんだ。あの仏像には祈りが宿っている。そう思っていたから、僕は住職に内緒で持ち出した。悪いとは思ったよ。でもあの時は必要だったんだ。だからメッセージも残した。住職だけが気づくように……」

 そう言った広瀬さんの表情は曇り始めていた。恐らく彼自身も自分の無力さから逃げていたのを少しずつ自覚し始めたのだろう。また、真咲は『蓮華の約束』という言葉が、かつて住職が広瀬さんに語った言葉であると突き止め、ここまで推理したはずだ。

 すべてを悟った真咲は、最後に俯く広瀬さんに向かって声をかけた。

「広瀬さん……あなたは今苦しみの中にいます。でも、その苦しみを抱きしめることが慈悲なんです。あなたは確かに仏像を勝手に持ち出しました。それはいけないことかもしれない。罪かもしれない……でも、あなたは善意で……お母さんのためにやったんです。だからアタシたちはこれ以上、この事件を掻き回し、警察に言うような真似はしません。ただ、あなたには、慈悲の心を知ってもらいたかった。だからこそ、住職にあなたの居場所を教えてもらい、話を聞いたんです」

 真咲の仏教的な教えで、今回の事件の全容を明らかにした。広瀬さんも真咲の言葉に胸を打たれたのか、涙まじりの表情を浮かべ、最後は笑顔で別れた。

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