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空に咲く蓮と謎  作者: Futahiro Tada


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第二章 カセットテープの囁き

第二章 カセットテープの囁き


     一


 ゴールデンウィークが終わり、再び僕の高校生活が戻ってくる。若干のだるさを感じながらも、僕は通学路を歩いていた。季節は春も終盤に差し掛かり、日中は暑いくらいだ。あと少しで夏が始まると思いながら、僕は蓮明高校の校門をくぐった。

 いつも通りの授業を終えると、いつも通り僕は文芸部の部室へ向かう。文芸部は月末は部誌を発行しなければならないから忙しい日々を送るのだけど、月の初めは大抵暇だったりする。だから、文芸部員の多くは自由に活動している。例えば、本を読んだり、部室のパソコンで調べ物をしたり、あとはスマホをいじっている人間もいる。

 しかし、真咲だけは違っていた。彼女は指定席である後部座席に座り、音楽を聴きながら、窓の外の風景を眺めていた。恐らく、聴いているのは普通の音楽ではない。きっとお経か何かだろう。

 僕は彼女に友達がいるのかどうかは、詳しく知らない。第一、クラスが違うし、文芸部以外では、あまり顔を合わせない。仏教にハマっているくらいだから、話が合う人間はきっといないだろう。それでも、僕は彼女の日常が少しだけ気になっていた。

 僕は買ったばかりの西尾維新先生の新作小説を読みながら、それとなく真咲を観察していた。真咲は僕のチラ見する視線には気づいていないようだった。しかし、時折時代錯誤も甚だしい大きな黒いカセットテープを動かしていた。どうやら、巻き戻しているようだ。

 いちいちテープを巻き戻さなければ同じ場所を聞けないというのは面倒なことだ。デジタル音楽だったらクリック一つで完結するのに。彼女はなぜここまでアナログな機器にこだわるのだろう?

 真咲の表情が一層困惑したものに変わる。そして何を思ったのか、すっくと立ち上がり、あろうことか僕の目の前にやって来た。

「ねぇ。ちょっといい?」

 と、真咲。

 僕は読んでいた本にしおりを挟みながら答えた。

「何か用?」

「あのさ、ちょっとこのテープ聞いて欲しいんだけど」

「まさかお経じゃないよね?」

「お経も入っているんだけど、聞いて欲しいのはそこじゃないの?」

 言っている意味がよく掴めない。

 テープにはお経が入っているけど、それ以外の音声も含まれているみたいだ。とりあえず僕はOKを出し、真咲からカセットテープを受け取り、イヤホンを耳に入れた。

「ザーザー」

 誰かが録音したのか、始めは耳障りな雑音が聞こえた。しかし、その後、不気味な声が囁かれたのだ。

「本当は僕じゃない……」

 声の主は、男性。それも若い。恐らく、僕と同じ高校生くらいだろう。

「これは何?」

 と、僕は真咲に向かって尋ねる。

 すると真咲は困惑したように目を細めながら、

「アタシにもよくわからない。でも、今日テープを聞いたらその声が録音されていたのよ。ねぇ、誰の声だと思う?」

「それは僕にもわからない。声質から若い男だと思うけど。それだけじゃ誰なのか絞るのは難しいよ」

「確かに。でもその声は確かに『……本当は……僕じゃない……』と言っているわ。断片的だけどね」

「それは僕にも聞き取れたよ。だけど、なんで君のテープに吹き込まれたんだろう?」

「きっと仏の導きね」

「は?」

「だから、仏がアタシに試練を与えているのよ。この声の主を探し、その人を救いなさいと」

 なんという超絶的な思考回路だろう。

 何をどう考えたらそんな思考に辿り着くのかさっぱりわからない。けれど、声の主は助けを求めているようにも感じられる。声は若いけど、切羽詰まっているというか、追い詰められているような響きがあるからだ。

「ちょっとこのテープ借りるよ」

 と、僕。それに対し、真咲は、

「いいけど何をするの?」

「ノイズが酷いから除去できそうなのは除去してみるよ。スマホにノイズを除去できるアプリがあるから、それを使ってノイズを消してみよう」

「あんた、そんなことできるの?」

「僕じゃない、スマホのアプリがするんだ」

 神様でも見るような瞳で、真咲は僕は見つめた。僕はスマホでカセットテープの音声を録音し、その後ノイズ除去のアプリでできる限りのことはやってみた。その結果、声は確かに『違う、本当は僕じゃない』と言っていたのだ。

 ただ、これだけでは誰の声なのかイマイチよくわからない。けれど僕は、この声に聞き覚えがあるような気がした。

「このテープに声が録音されているのに気づいたのはいつ?」

 と、僕は真咲に聞いた。

 真咲は、フンと鼻を鳴らすと、静かに答えた。

「今日だけど。文芸部に置いてあるカセットテープを整理していたのよ。そしたらこのテープだけ再生された跡があったから気になって聞いてみたの。そしたらこの声が吹き込まれていたってわけ」

「声の主に心当たりはある?」

「ないかな。でもあんたも言う通り、アタシもこの声をどっかで聞いたような気がするの」

「となると、僕らの身近な人である可能性が高いね。でも誰だろう?」

「カセットテープに音声を吹き込める人ね。つまり、カセットデッキを持っている可能性が高い」

「そんなレトロな趣味を持っているのは誰だろう?」

「まぁいいわ。これから調べればいい。あんた、アタシに付き合いなさい!」

 真咲の稲妻のような声の一撃で、僕はこの一件を調べるハメになってしまった。


     二


 テープを何度か聞いてみてわかったのは、音声は明らかに高校生くらいの男の声であるということ。また、カセットテープに音声を録音できるのだから、当然カセットテープについて知っていなければならない。

 ここから導き出されるのは、もしかするとこの男性の声は、真咲のカセットテープを知っていたのかも知れないということだ。そうでなければ、彼女のカセットテープに謎の声を録音したりはしないだろう。

 しかし、不可解なのは録音された声だ。声は確かに「本当は……僕じゃない……」と言っている。ノイズを消去し、まずまずクリアな音声で聴いた結果だから、これは間違いではないだろう。本当は僕じゃないと言うというのは、どういう意味だろう?

 何か責められているのだろうか?

 それとも、無実の罪を着せられているのだろうか?

 いずれにしても、全く答えは出なかった。だけど、僕と真咲はこの声に聞き覚えがあった。それも、つい最近まで聞いていたような気がするのだ。

 翌日の部室で、僕と真咲は向かい合わせに座り、テープの声について話し合っていた。

「この声、どこかで聞いたことあるんだよなぁ……」

 と、僕はあくびをしながらそう言った。

 すると、真咲は、

「それはアタシも同感。あんたとアタシの共通点といえば、この文芸部。となると、この声の主は文芸部員か、もしくはそれに近い誰かよ」

「文芸部員じゃないでしょ。だってそれなら確実に誰だかわかるよ」

「なら、文芸部だったけど、今は文芸部じゃない人とか」

「OBってこと? 去年卒業した先輩にこんな声の人いたかなぁ?」

「多分先輩じゃないわ」

「じゃあ文芸部を辞めた人ってこと?」

「そう。ねぇ覚えてる? 半年くらい前、文芸部を辞めた人間がいるじゃない」

「半年前ってことは、僕らがまだ一年生だった頃か」

「うん」

 僕らがそんな会話をしていると、真咲の横に座っていた女子文芸部員が声を出した。

「いきなり話に入ってごめんね。でも、半年前に辞めた文芸部員って藤井くんじゃないかしら?」

 藤井……

 僕は記憶を巻き戻す。確かにそんな名前の文芸部員がいたような気がする。しかし、あまり思い出せない。なぜかというと、この文芸部には、毎回コンスタントに活動に参加する部員と、半ば幽霊部員になっているあまり活動に参加しない人間がいるのだ。藤井くんというのは後者で、あまり部活に来ない学生だったはずだ。だからこそ、僕の記憶にほとんど残っていないのだろう。

「藤井……確か下の名前は翔太よね?」

 と、真咲が女子生徒に向かって言う。

 それに対して女子生徒は、

「そうだと思う。でも、藤井くんって部活を辞めた後も何度か文芸部に来たのよ。知ってる?」

「ううん、なんで?」

「文芸部にある機材を借りに来たの。ほら、この部室ってパソコンとかマイクとかカメラとか色々あるでしょ? だから何度か部室に来たのよ。彼はあまり文芸部の活動には参加しなかったけれど、放送部の活動には積極的だったみたいだから」

「へぇ。何組の生徒?」

「藤井くんはB組だったけど」

「だった……なんで過去形なの?」

「だって藤井くん、もう学校を辞めているもの」

 藤井翔太は学校を辞めていた。その言葉を聞いた真咲は、静かに何度か頷いた。恐らく、何か引っ掛かるものがあるのだろう。しかし、僕は何も聞かず、ただただ考え込む真咲の表情を見つめていた。

 翌日。この一件に進展が訪れた。藤井翔太が退学した理由がはっきりしたのだ。実は藤井くんは、学校で起きた盗難事件の犯人扱いを受けていて、それが原因なのか、しばらくしたら学校を辞めてしまったらしい。

 盗難事件というのは、学校の放送室で使用されていた高価なコンデンサーマイクと録音機器(十万円相当)が紛失したのだ。そして、この盗難事件が発生した翌日に、生徒の誰かが匿名で「昨日、藤井が放送室に出入りしていた」と、報告し、そこから藤井くんは容疑者として疑われることになってしまったらしい。

 また、藤井くんは機械に詳しく、部活動外でも放送部と文芸部を自由に出入りしていたため「怪しい……」という印象がついてしまったのだ。

「そんなことがあったんだねぇ」

 と、僕は夕暮れの屋上で真咲に向かってそう言った。

 すると、真咲は静かに空を見上げながら答えた。

「えぇ。今日ね、部活に行く前に調べたの。先生や、後はB組の生徒たちから話を聞いたわ。先生はあまり教えてくれなかったけどね」

「結局藤井くんが犯人だったの?」

「それはまだわからない。でも、犯人じゃないと思う」

「誰か彼を庇う人はいなかったのかな?」

「藤井くんは友人が少なかったみたい。だから誰も庇ってくれなかったんだと思う。その結果、彼がやったという十分な証拠は出なかったのだけど、状況証拠として藤井くんが疑われて、その結果、両親と学校側が話し合い、自主退学という形で学校を去ることになったみたいなのよね」

「ふ〜ん。よく調べたね、探偵みたいだ」

「テープの音声覚えているでしょ?」

「あぁ、僕じゃないみたいな声でしょ」

「あれはきっと、藤井くんの真実の声よ。そして、アタシは仏の教えを説く者として、この事件を解決する義務があるわ。いいえ、藤井くんの無実を晴らすの」

「そりゃ立派なことだね」

「アンタも手伝うのよ」

「は?」

 結局、今回の一件も僕が手伝うことになってしまった……


     三


 翌日から僕と真咲は、藤井くんの情報について調べて回った。その結果、一人の男子生徒の姿が浮かび上がる。その生徒は、高田創タカダソウ。僕らと同じ高校二年生。でもクラスが違う。彼はB組で、学校を自主退学した藤井くんと同じクラスだった。

 なぜ高田くんが捜査上に浮かび上がったのかというと、彼は放送部員であり、さらに自身でも動画配信を行う根っからの放送マニアだったからだ。そして、彼のクラスメイトの話では、高田くんと藤井くんが一緒に話している姿を見たことがあるという声が多かったのだ。

「高田創。怪しいわね」

 と、放課後の屋上で真咲がそう言った。

 僕らは今は、春の夕焼けが差し込む、ひっそりとした屋上に二人でいる。僕は捜査なんてしたくなかったけど、半ば強制的に真咲の言いなりになり、巻き込まれてしまった形だ。

「怪しいって、彼が犯人だと思うの?」

 と、僕はため息をつきながら答える。

 すると真咲は、

「まだ、わからない。でも、調べた限りでは、藤井くんと唯一接点を持っているのが高田くんなのよ」

「そうかもしれないけど、それだけで疑うのは悪いよ」

「それをこれから調べるのよ。でも、その藤井くんの声が吹き込まれたテープ、何かおかしいのよね……」

「何がおかしいの?」

 僕がそう言うと、真咲は制服のポケットから大きなウォークマンを取り出し、それを僕に渡した。

「いいから聞いてみなさい」

 対して僕は、言われるままにイヤホンを耳にはめ、例の音声を再確認する。

「……やってないんだ、本当に……でも……どうすれば……誰か、わかってくれないかな……」

 ノイズを消去したとはいえ、この音声はかなり録音環境が悪い。所々音声が途切れている。僕が音声を聴き終わったのを見るなり、真咲が声をかけた。

「何か思うことは?」

「思うことって、これは藤井くんの無実を願う切実な声だと思う」

「それはそうね。でもおかしいと思わない?」

「何が?」

「録音の方法よ。無実を訴えるための録音なら、もっとしっかりした声で言うはずでしょ? なのにそのテープの声は、どこか独り言に聞こえるわ」

「まぁ確かにそうかもしれないけど。それだけ切羽詰まっていたってことじゃないの?」

「あんたバカァ……独り言をテープに吹き込む人間がどこにいるのよ。それは故意に吹き込まれたわけじゃない。きっと偶然に吹き込まれたのよ」

「つまり、藤井くんが独り言で濡れ衣を着せられると呟いた時の音声が吹き込まれたってこと?」

「その通り……その可能性が高いわ」

 果たしてそんなことがあるのだろうか? 本人と意思とは別に音声だけが偶然録音された。普通、音声を録音する場合、人はそれを自覚する。例えば、英語学習などで自分の英語を録音し、後から振り返って発音の矯正をするとか、使い方は色々ある。それに、自分の歌声を録音してそれを音楽関係者に聞かせることだってできるだろう。

 しかし、今回録音されたのは、スマホの音声アプリではなく、カセットテープなのだ。百歩譲ってスマホを利用している人間が、何らかの誤操作により、録音アプリが起動し、知らぬ間に自分の声が録音されるというケースはあるかもしれない。

 でもテープではあるのだろうか? テープは自分で録音する意思を見せて、いろいろ準備しないとい録音自体出来ないのではなかろうか?

「言葉には心が宿るの」

 と、おもむろに真咲が言った。

 僕は何も答えられなかった。しばしの間があった後、真咲が言葉を継いだ。

「仏教の教えに『ゴウ』というものがある。あんた知ってる?」

「よく知らないよ」

「なら教えてあげる。これは過去の行いが今に影響を与えるけど、誤解された業は他人に苦を与えるという逆説なのよ」

「何が言いたいのかさっぱりだよ」

「つまり、藤井くんは自分の声だけでも誰かに届いて欲しいと願ったのよ」

「でも、テープは故意に吹き込まれたものじゃないって、君が言ったじゃないか」

「そうなの。そこがわからないのよ」

 真咲はそう言うと、ガックリと肩を落とした。そして、

「とりあえず、放送部に行きましょう。そこに高田くんがいるはずだから」

「仕方ない、付き合うよ」

 僕らは放課後の放送室に向かった。

 放送室には、数名の部員と高田くんがいた。合計三名。次の日のお昼に放送する内容を考えるために、会議していたところのようだ。真咲と僕が放送室に入ると、全員が怪訝な表情を浮かべたが、事情を話した結果、高田くんだけが外に出て、僕らの話を聞いてくれることになった。

 放課後の廊下はひっそりとしている。日中の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

「高田くん、あなたに話を聞きたい」

 と、初対面にもかかわらず、高圧的な態度で真咲が言った。

 高田くんは、ショートヘアが清々しい男子生徒で、制服のネクタイを緩く結んでいた。背はあんまり高くないけど、整った顔立ちをしている。

「何だよ急に」

 と、高田くん。

 それを受け、真咲が答える。

「藤井翔太について聞きたいの」

「!」

 藤井翔太という名前が出て、明らかに高田くんの表情が変わった。それは僕にもわかったけど、真咲も見逃さなかったようだった。


     四


 録音機器が盗まれたのは、半年前。今が二〇二五年の五月だから、半年前は二〇二四年の十一月。そして、明らかに高田くんは何かを知っている。しかし、彼は何も言わなかった。ただ一言「俺は何も知らない」だけだった。

 僕と真咲は放課後の屋上でテープをひたすら聴いてみた。今のところ、事件解決の手掛かりとなるのはこのテープだけだから、調べるとしたらこのテープしかない。そして、何度か聞くにつれて左記の情報がわかった。


◉午後四時に鳴るチャイムらしき音が混じっている

◉野球部の掛け声、鳥の鳴き声、雨音


 これらの情報がわかったのだ。今の時代、スマホがあれば大抵のことは調べられる。僕はスマホで過去の天気を調べてみた。未来の天気を予測するのは難しくても、過去は事実しか載っていない。だからすんなりと十一月の天気がわかったのだ。

 二〇二四年十一月で雨だった日は九日。録音機器が盗まれた正確な日時は、十一月十二日火曜日。でもこの日は雨が降っていない。記録では晴れの日だった。そして、雨だったのは、翌日の十三日。この日は、午前中が曇りで午後から雨となっている。

 また、雨の日はグラウンドが使えないから、野球部は校内で活動している。主に、階段を使ったダッシュや、空き教室で筋トレをしたりしていたのだ。野球部員に聞いたところ、階段ダッシュで使う階段は、部室棟であり、ちょうど放送部の部室がある脇の階段だった。

 だからこそ、藤井くんの声が入った音声に、野球部の掛け声が混じっていたのだろう。同時に、午後四時に鳴る長めのチャイムが録音されている。蓮明高校は、授業中のチャイムは少し短縮されて短くて、四時の帰宅を合図するチャイムは長めに設定されている。

 ここから導き出されるのは、藤井くんが例の音声を録音した日時が、二〇二四年の十一月十三日だったということ。と、まぁここまで一気に語ったのだけど、これを導き出したのは、僕ではなく真咲だった。彼女は夕暮れが差し込む屋上で、静かに僕の方を見て語り始め、今の推理を述べたのだ。そして、彼女はさらに続け、

「放送室、今空いているかしら?」

「わからない。行ってみる?」

「うん。調べたいことがあるの」

 僕らは放送室へ向かった。

 幸いなことに放送室は鍵がかかっておらず開いていた。恐らく、誰かが閉め忘れたのだろう。運がよかったのだ。真咲は放送室に入るなり、放送用具を調べるのではなく、反対側にある棚を調べ始めた。そこには、放送室の器具を使用した時に書かれる「使用ログノート」があったのだ。

 そこの記録には『藤井翔太 マイクテスト』と書かれていた。また、そのノートを見る限り、二〇二四年の十一月十一日と、十三日に器具を利用したのは藤井くんだったのだ。

「このノートがどこまで正しいかはわからないけど」真咲は言う。「藤井くんはテープが盗まれた前日に放送室に入り、器具を使っていた。そして、カセットテープで録音のテストをしたのよ」

「でも、なんでテープなんだろう? 今の放送部はほとんどデジタルだよね?」

「う〜ん、謎ね。ちょっと放送部員に聞いてみましょう」

 僕らは放送室から放送部の部室に移動した。そこには、ちょうど帰り支度をしていた高田くんがいた。彼は僕らを見るなり、バツの悪そうな顔をした。

「高田くん、ちょっと教えて」

 真咲の声に、高田くんは面倒くさそうに答えた。

「何だよ?」

「放送室にカセットデッキってある?」

「カセットデッキ? あぁ、あったよ。今は使わないけど、去年だったかな、デジタル機器の調子が悪くなった時に、一時的にアナログなカセットデッキを練習用に使ったんだ。今も放送室の奥にしまってあると思うけど」

「あなた、動画配信してるんでしょ? アタシも見てみたいんだけど、どうやったら見れるか教えてくれない?」

「いいけど、お前スマホあるのかよ?」

「この人がなんとかするわ」

 と、真咲は僕を指差し、高田くんから僕のスマホに向けて、彼の動画配信のURLをメモさせた。

「そう。ありがとう。ねぇ、あともう一つ聞きたいんだけど、去年盗まれた録音機器ってどんなヤツなの?」

「しらねぇよ。俺を疑ってるのか? あれは藤井がやったんだよ」

 すると、僕らの様子を見ていた他の放送部員が話に入ってきた。

「あれは別に盗まれてもよかったんだよ。あの録音機材、たまに変なノイズが入るんだ。だから先生も変えようかって言っていたしね。でもあれが盗まれて藤井が辞めて、後味が悪い結果になったんだけど」

「ノイズねぇ……」

 真咲はそう言うと、僕を連れて文芸部の部室へと戻った。

 部室に戻るなり、真咲は僕に鬼のような顔で迫った。

「ねぇあんたスマホあるでしょ?」

 それを受け、僕は答える。

「あるけど、どうしたんだよ」

「ちょっと調べて欲しいことがあるの。高田くんの作った動画を見せてほしいの」

「ギガ使うから動画嫌なんだよな」

「いいから、早く見せなさい」

 調べた限り、かなりたくさんの動画があった。しかし、真咲は二〇二四年の十二月あたりの動画がいいと言い、僕は検索して、ヒットした動画を見せた。その動画をまじまじと見つめていた真咲は、ある一点を聞いた後、不気味な笑みを浮かべた。

「犯人がわかったわ」

 と、真咲。驚いた僕は、

「誰なんだよ?」

「明日、また高田くんに会う。あんたもついてきなさい」


     五


 翌日。僕と真咲は授業を終えると、一旦文芸部の部室で落ち合い、その後、放送部の部室へと移動した。真咲の話では、放送部の録音機器を盗んだ犯人がわかったらしかったが、当の僕は犯人がわからずにいた。

 けれど、なんとなくではあるけれど察しはついている。恐らく犯人は……

「録音機器を盗んだのはあなたね、高田くん!」

 放送部室へ行き、真咲は高田くんを呼んだ後、僕らは無人の放送室へ向かった。そして、部屋に入るなり、真咲がそう言ったのだ。

「お、俺じゃねぇよ。証拠はあるのかよ?」

 いきなり名指しで犯人と言われた高田くんは、やや震えた声を出した。

「証拠はあるわ。まず、録音機器が盗まれたとされたのは、二〇二四年の十一月十二日。だけど、この放送室のログを見た結果、十二日に藤井くんはいない。彼がいたのはその前日、十一日と盗まれた翌日の十三日なの。その時のテープがここにあるわ」

 真咲はそう言うと、放送室にある古いカセットデッキにテープを入れて、音声を再生した。するとそこには、十六時のチャイムと雨の音と、野球部がダッシュする際の掛け声がはっきりと録音されていた。

「このテープには……」再び真咲が告げる。「雨の音が録音されている。十一月十三日は雨だったらしいから、藤井くんは十三日にこの放送室にいたことになる」

 その言葉を聞いた高田は

「前日に藤井が盗んだかもしれないだろ。それにログだって手書きだ。いくらでも改竄できるよ」

「そうね。でも、行いには因があり、因には時がある。時を見極めれば、真実もまた現れるのよ」

「何が言いたい?」

「決定的な証拠はコレ。悠真、スマホで昨日見せてくれた高田くんの撮った動画を流しなさい」

 そう言われた僕は、スマホを取り出し、昨日の動画をみんなの前で見せた。しばらく動画を見つめていると、真咲が声を出した。

「何か聞こえるでしょ?」

「何って何がだよ」と、高田くん。

「この動画には、ノイズが入っている。そしてそのノイズは、盗まれた録音機器の特徴でもある。普通の人は気づかないかもしれないけど、アタシはテープの音声に慣れているから、雑音とかすぐに気づくの。あなたは、十一月十二日に録音機器を盗み、過去ログを見て、偶然その前の日に藤井くんが放送室にいた事実を知り、彼に罪をなすりつけた」

「バカな! そんなの誰が信じる? もう半年も前の話だぞ。時効だ時効!」

「因果は起きたことの責任を問うものではないわ。その行為とどう向き合うかを問うものよ。あなたには悪意がなかったかもしれない。でも、自分が見て見ぬ振りをしたことから逃げられない。その心は一生静まらないわ。いつまでも影が差したまま」

 その言葉を聞いた高田くんは、ガクッとうなだれた。そして、

「オレ、ただちょっと借りたつもりだったんだよ。ちゃんと返したしな。でもあいつが学校を辞めるとは思わなかった。辞めちまったから言い出せなくなったんだよ」

「このテープ、実を言うと、放送室で撮られたものじゃないの。放送室で撮ったものなら、いくらカセットテープでも音声はもっとクリアになる。でも、このテープの音声は雑音だらけ。十一月十三日、アタシは放送室の前でカセットテープの録音テストをしていたの。色々な声を録音したかったから、野球部が練習している階段の脇にある放送室の前でテストをしたのよ。そしたら、その時、放送室にいた藤井くんの声なんかが同時に取り込まれたのよね。でもアタシはそれを知らなかった。アタシの目的は、録音できるか試しただけだから、中身の音声はどうでもよかった。その後、このテープを文芸部の部室にしまっておいた。恐らく、藤井くんはカセットの中身を知らず、このテープに後から自分の罪が冤罪であると吹き込まれたとはわからなかった。でも、誰かに知ってもらいたかったのよね。それが半年経ち、偶然テープの整理をしていた私の手に戻り、録音された音声が再生された。その結果、アタシは事件を解いたのよ」

「先生に言うのか?」

「いいえ。言うつもりはない。ただ、あなたには知ってもらいたい。真実の声を聞くことは、相手の心を尊ぶ行為であり、それこそが慈悲ってことを。第一、藤井くんはもう新しい学校で次なる人生を歩み始めている。今更、蓮明高校には戻ってこないでしょうね」

「俺、藤井に謝りに行くよ」

「因果応報……行動の結果は必ず返ってくる。あなたもよく覚えておきなさい」

 これで事件は執着したーー

 真咲は事件を解いたが、本当にこの件を先生に言ったりはしなかった。彼女は、最後まで、因果応報の教えを説き、さらに業についても僕に熱弁した。僕は眠くてかなわなかったけど、今回の事件を見て、仏教の教えも人の過ちを改めさせる効果があると知り、勉強になった。

 その中心に真咲がいる。

 前回の事件が「死者との別れ(供養)」がテーマなら、今回の一件は、「生きている者の誤解と許し」がテーマになるだろう。僕も真咲も、仏教は死者のためだけではなく、生者の心も救うということに気づき始めた重要な事件だったと言えるだろう。


「因果応報」

ゴウ

「真実は心に宿る」

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