夕立とシキの心
初夏の夕暮れ、美術部の活動を終えたロマ、シキ、ルキは、校門を出たところで突然の豪雨に襲われた。
大粒の雨が容赦無く叩きつけられる。
「うわっ、めっちゃ降ってきた!」
ロマが鞄を頭に掲げて叫ぶ。
「傘忘れた」
ルキが面倒そうに呟いた。
シキは紫がかった桜色の髪を濡らしながら、落ち着いた声で言う。
「僕も傘無いや。とりあえず近くの屋根で雨宿りしよう!」
ルキは長い前髪から滴る水を払い、無言で頷く。
ちょうどバス停の屋根があったので急いで三人は駆け込んだ。
バス停の小さな屋根の下、三人は既にびしょ濡れだ。
シキ君とこんなに近いなんて…ちょっと緊張する。
シキの素肌に張りついた服が上腕二頭筋をくっきり見せていた。
結構身体鍛えてるのかな。
ルキは少し離れて立ち、濡れた眼鏡を外して拭く。
ラベンダー色の瞳が一瞬見えたが、すぐに前髪で隠れた。
「僕の家、近いんだけど良かったら来ない?服も乾かせるし」
シキが穏やかに提案すると、ロマの顔がぱっと明るくなる。
「え、シキ君のお家?行く!」
ルキは一瞬シキを見て、目を逸らす。
「……俺は用事あるからいい」
「ルキ君、こんな雨の中帰るの?」
ロマが心配そうに言うが、ルキは小さく首を振る。
「平気。じゃあな」
ルキは傘もささずに雨の中へ走り去る。
シキの紫色の瞳が、ルキの背中をせつなそうに見つめていた。
やっぱり、シキ君とルキ君の間には何かある… 。
雨が小降りになるまで待って移動した。
シキの家は、雨宿りしたバス停から歩いて五分ほどの静かな住宅街にあった。
白い壁が美しい一軒家は、まるでシキの気品を映すようだ。
花が咲いている庭もある。雨に打たれてなければ綺麗に咲き誇っていただろうな。
シキ君は花の絵もよく描いていたなと思い出す。
「タオル持ってくるね」
「ありがとう」
シキに促され、ロマはドキドキしながら玄関をくぐる。
リビングはシンプルだが温かみがあり、窓辺には小さなキャンバスや画材が並んでいる。
「ご両親は今日はいないの?」
「母さんはもう少しで帰ってくると思う。父さんは絵の講師とかアトリエに籠ったりでいつ帰ってくるか分からないな」
シキ君のお父さん芸術家なんだ、すごいな。
「どうぞ、上がって。ロマ君、僕の服で良ければ貸すからこれに着替えて。風邪くよ。服は洗濯して乾かすね」
「何から何までありがとう。お邪魔します」
シキが髪をタオルで拭きながら柔らかく微笑む。
ロマは頬を赤らめながらお礼を言った。
案内されてバスルームの脱衣所へ向かう。
ロマはシキの優しさに胸が熱くなる。
シキ君のプライベートな部分を見てしまって良いのかなとそわそわする。
服を借りて着替え、シキの部屋で待つ。
綺麗に整頓された部屋は完璧なシキそのものを映している様だ。
少し華奢なシキのイメージとは違って意外だったのはダンベルや筋トレの道具があった。
そういえば上腕二頭筋が立派だった!
ロマはふと部屋の隅にその場所だけ乱雑に積まれたスケッチブックに目を奪われる。
シキがたくさん描いて上達してきた軌跡が垣間見れるのでは?
「シキ君の絵…見ちゃダメかな」
好奇心に負け、そっとページをめくる。
そこにはいつも穏やかなシキの絵とは別人のような作品があった。
黒と赤が渦巻く荒々しい筆致、まるで叫びが聞こえてくるような線。
穏やかな風景画とは真逆の、感情が爆発したような絵に、ロマは息を飲む。
これ……シキ君の心の内側?
さらにページをめくると、幼い頃の写真が挟まっていた。
幼い笑顔のシキと、見た事も無い笑顔のルキ。
背景には白い砂浜と綺麗な青の海。
優しそうな女性と男性―おそらくシキの母と父だろうか。
だがルキの隣には誰もいない。
ルキの両親は…?と考えていると
「ロマ君、待たせたね」
シキの声に、ロマは慌ててスケッチブックを閉じる。
髪を濡らしたままのシキがタオルを首にかけている。
両手にはお茶を淹れたトレーを持って来てくれていた。
「ごめん!勝手に見ちゃって…シキ君の絵上手だから気になって…」
ロマがしどろもどろに言うと、シキは一瞬驚いた顔をし、すぐに苦笑する。
「……あの酷い絵も見たかな?早く処分しとけば良かったよ」
ロマは首を横に振る。
「いつも穏やかで優しいシキ君とは全く違う雰囲気で驚いたけど、何かあった?言いたくなかったら別に良いんだけど」
ロマの言葉に、シキの紫色の瞳が揺れる。
「そうだな……ロマ君には、なんだか隠せないな」
シキが小さく笑う。
その笑顔は、いつもより少し無防備で、ロマの心を強く揺さぶる。
「ねぇ、ロマ君。ルキのこと……どう思う?」
突然の質問に、ロマはドキリとする。
「ルキ君?えっと……絵に情熱がこもってるし、優しい人だと思う。ちょっと無愛想だけど、放っておけないっていうか」
シキは静かに頷き、窓の外の雨を見つめる。
「ルキは……昔、僕と一緒に笑って遊んでた。でも、ある時から心を閉ざしたんだ。僕があの時ルキに寄り添ってあげられてたら……もっとルキの力になりたかった」
シキの声には、初めて見せる弱さが滲む。
ロマは思わず言う。
「シキ君のせいじゃないよ!ルキ君、シキ君のこと…本当は大好きだと思う。」
「えっ?」
「だって、絵見てると分かるんだ。ほぼ全ての絵のルキ君の色使い、シキ君の髪色の桜色や瞳の紫の色を必ず使ってるんだよ」
シキが驚いたようにロマを見る。
「…そうなんだ。ルキの絵をちゃんと見てたつもりだけど、気がつかなかった」
シキが力無く笑う。その笑顔に、ロマの胸は温かさと切なさでいっぱいになる。
「ロマ君の方がルキのことよく分かってるね、ちょっと妬けるな」
「シキ君それどう言う意味?」
「さあね」
シキは含みのある笑顔ではぐらかした。