第42話 告白
文化祭後の週初め。
クラスのみんなからロマやルキ、アレン、ココナに注目が集まった。
リディたちのバンド演奏と美術部のコラボの様子は動画サイトにアップされ、かなりの反響を呼んでいた。
「ロマたち! ありがとう! ボクたちの名前がどんどん知れ渡ってるよ!」
昼休み、リディが駆け寄ってきた時、教室中の視線がこちらに集まった。
ロマは思わず身を縮める。
「本当!? 良かったね! リディたちの歌、最高だったもんね」
ロマは素直に喜びを伝えた。
「それだけじゃないよ! キミたちが描いてくれたホログラム映像があったから、曲の世界観が何倍にも広がったんだよ!」
リディの隣にいるヴェルテが静かに頷く。
「リディの言う通りです。音だけでは表現しきれなかった情景を、あなたたちが可視化してくれた。あれは最高の共演でした」
教室の後ろの方から声が飛んだ。
「ライブペイントはロマのアイデアなんだって? めっちゃすごかったな!」
「アレンの筆さばきやばかった! あの金色の火花みたいなやつ!」
「ココナちゃんの描く花、めっちゃ綺麗だった〜」
「シキ君とルキ君も格好良すぎて……死ぬかと思った」
次々に飛んでくる言葉に、ロマは戸惑いながらも頬が緩んでしまう。
隣の席でルキが照れくさそうに頭を掻いていた。
文化祭の夜、部室でのキス……。
あの柔らかくて、でも震えていた唇の感触が、ふとした瞬間に蘇って恥ずかしくなる。
ついぼーっとルキを見つめていたら、
「ロマ? どうした?」
ルキが不思議そうに覗き込んできて、ロマは慌てて首を振った。
「な、なんでもないよ!」
ルキはいつも通りに接してくれて、気を遣ってくれてる。
教室の外でシキが佇んでいるところと目が合った。
でもすぐ目を逸らされて行ってしまった。
なんだか様子が変だ。
* * *
美術部の活動が終わり、部員たちが片付けを始める中、シキがロマに声をかけた。
「ロマ、ちょっと話せるかな?」
穏やかな声だったが、どこかいつもと違う緊張が滲んでいた。
「……うん」
ロマは絵の具の蓋を閉めながら答える。胸の奥で、ざわめく予感が大きくなった。
二人は部室を出て、夕陽が差し込む空き教室へ向かった。
窓から見える校庭では、部活動に励む生徒たちの声が遠く響いている。
「ここなら、静かに話せるね」
シキは窓辺に寄りかかり、桜色の髪が夕陽に透けて輝く。紫色の瞳がロマを捉えたが、すぐに視線を逸らした。
「ルキがロマに告白したって……ルキから聞いたよ」
ロマの心臓が跳ね上がる。息が少し詰まった。
「うん……」
「ロマは……その時僕のことも好きだって、ルキに伝えたんだよね」
シキの声は穏やかだったが、わずかに震えていた。
「ごめん……シキを困らせたよね」
「違うよ、謝らないで」
シキは小さく笑った。
「最初、ルキから聞いた時……正直、驚いた。ロマが僕のことを、そんな風に思ってくれてたなんて」
夕陽が二人の影を長く伸ばす。
「でも、それ以上に驚いたのは……」
シキは言葉を探すように、一度息を吸って続けた。
「僕自身の気持ちだった」
「えっ?」
ロマは思わず身を乗り出していた。
「ルキがロマのことを好きだって聞いた時、僕は……素直に応援できなかった。それよりも、ロマとルキを一度に失うんじゃないかって」
シキの紫色の瞳が揺れる。
「胸が、苦しくて。ルキがロマと一緒にいるところを想像すると、なんだかモヤモヤして……」
シキは自嘲するように笑った。
「最初は、『弟のことを心配してるだけだ』って思ってた。……そう言い聞かせてた」
ロマは息を呑んだ。シキの言葉が、自分の胸に突き刺さるように響く。
「でも、違ったんだ」
シキはロマをまっすぐ見つめた。
「僕は……ロマのことが大切だって、ルキに取られるのが嫌だって思ってる自分に、ようやく気づいたんだ」
ロマの息が止まる。頭の中で、シキとケーキを食べた日、海で三人で笑い合った日の記憶が、次々と蘇っていた。
「僕は、ずっとルキのことを一番に考えてきた。小さい頃、ルキを守れなくて……それがずっと心に引っかかってて」
シキの声が少し震える。
「だから、今度こそルキの幸せを邪魔しちゃいけないって思ってた。ルキがロマを好きなら、僕は身を引くべきだって」
「でも……」
シキの拳がぎゅっと握られる。
「ロマといると、楽しくて。笑顔を見ると嬉しくて。ロマの家で一緒にケーキを食べた時も、海に行った時も、ずっと……側にいたいって思ってた」
夕陽がさらに傾き、オレンジ色が濃くなっていく。
「ルキに昨日相談したんだ。『僕、ロマのことが好きかもしれない』って」
「ルキに……?」
「うん。そしたらルキは笑って言ったよ。『やっと気づいたのか』って」
シキは苦笑する。
「ルキの方が、僕より先に気づいてたみたい。僕がロマを見る目が、特別だって」
ロマの胸が熱くなった。ルキの優しさと、シキの葛藤が重なり、涙がにじむ。
「ルキは言ってくれた。『シキの気持ちも大事にしろ。俺のために我慢するな』って」
「ルキが……」
ルキはどんな気持ちで……。
「だから、僕も正直に言うことにした」
シキは一歩近づき、ロマの手を取った。
温かくて、少し震えている。
「ロマのことが好きなんだ」
真っ直ぐな紫色の眼差しが、ロマを捉えて離さない。
「弟のように大切、とかじゃなくて……恋愛の好き」
ロマの目から、涙が零れた。
「シキ……」
「泣かないで」
シキは優しく微笑んで、ロマの涙を親指で拭った。
「ゆっくり考えてほしい」
「でも……」
ロマは言葉を詰まらせた。喉が熱い。
「僕とルキ、どっちを選んでも、僕は君の味方だよ。ロマが幸せなら、それでいい」
シキの声は穏やかだったが、目には強い決意が宿っていた。
「どれだけ時間がかかっても」
「えっ?」
「君を、諦めない」
シキの笑顔には、いつもの穏やかさと、初めて見せる闘志が混ざっていた。
「僕は、ロマが好きだ。何度でも言うよ」
ロマは声を震わせながら、ようやく言葉を絞り出した。
「俺も……シキが好き。でもルキのことも好きで、正直選ぶなんてとても……できないよ」
シキは優しく笑った。
「だから、僕は待つ。ロマが答えを出すまで……でも、その間にもっと君のことを知りたいし、一緒にいたい」
空き教室に、静かな時間が流れる。
「ロマは優しすぎるから、すごく悩むよね。誰かを傷つけるのが怖いって」
シキの言葉が、ロマの心に深く染み込む。
「でも、君自身の気持ちを一番大切にしてほしい。誰のためでもなく、ロマ自身が幸せになる選択を」
ロマは小さく頷いた。胸が締めつけられる。
「僕もルキも、それを望んでるから」
シキはそっとロマの頬に手を置いた。温もりが伝わってくる。
「でもごめん。僕はちょっと焦ってる」
二人の距離が自然に縮まる。
シキの視線がロマの唇に落ち、わずかに息を呑む音が聞こえた。
シキはカーテンをひらりと引いて、二人だけの狭い空間を作った。
そして、ゆっくりと顔を近づけ、唇に優しくキスを落とす。
ロマの心臓が激しく跳ねた。シキの唇は温かくて、優しくて。
ゆっくり唇が離れると、名残惜しそうな瞳で互いを見つめ合う。
その奥にある想いの強さが、確かに伝わってきた。
ロマは制服が皺くちゃになるくらいぎゅっと胸を握りしめた。
心臓がうるさいくらいに鳴っている。
二人とも、本気で自分のことを想ってくれている。
どちらも大切で、どちらも失いたくない。
でも――自分の本当の気持ちは?
ルキといる時の安心感。シキといる時のときめき。
どちらが「恋」なのか、自分でもわからない。
「どうしよう……」
夕陽が沈み始め、校舎が薄暗くなっていく。
ロマの心は、二つの告白の間で揺れ続けていた。




