第41話 告白
美術部室の窓から、後夜祭の喧騒が遠く聞こえてくる。
校庭では花火の打ち上げが始まり、光と爆音が夜の空気を揺らしていた。
リディたちのバンド演奏が更に場を盛り上げている。
ロマたち美術部は、ライブペイント成功の打ち上げでみんなと笑い合っていた。
盛り上がりの最中、不意にルキの耳打ちで心臓が跳ね上がった。
「ちょっといい? 部室で待ってる」
その一言で、なんだろうかと抜け出してきた。
部室のドアを開けると、キャンバスの匂いと絵の具の香りが混じった空気。
壁には、今日のライブペイントの大きな作品が飾られている。
その前に佇む、深紅の長い髪が揺れた。
「……ルキ、だよね?」
ロマの声に振り返ったのは、いつも端末の動画でしか見たことのなかった憧れの人。
ライブ配信者の”キール”だ。
でも、瞳はラベンダー色に輝いていて、間違いない。
「なんだ、驚かせようと思ったのに。気づいてたのか」
ルキは頰を赤らめて、ウィッグの先を指で弄ぶ。
恥ずかしそうに笑う顔が、いつもより幼く見える。
「今日のライブペイント見て、はじめて気づいたんだ。俺、キール本人に『尊敬してる』とか言っちゃって……なんか恥ずかしいよ」
ルキは真剣な眼差しで言った。
「俺は嬉しかった」
ルキの声が低くなる。
いつもはクールでぶっきらぼうなのに、今は素直なルキ。
ラベンダーの瞳がロマをまっすぐ捉える。
「俺……ロマが好きなんだ」
顔を赤くして切ない表情で伝えてくれた。
胸が熱くなった。
でも――心の奥で、もうひとり別の名前が浮かんでしまう。
シキ……。
俺は臆病でこの気持ちを伝えられなかったのに、ルキはすごいな。
「俺も……ルキが好きだよ」
ルキの表情がぱっと明るくなった瞬間、ロマは続けた。
「でも……正直に言わなきゃいけないことがあるんだ」
ルキの笑顔が、わずかに固まる。
「俺……シキのことも、好きなんだ」
静寂が部室を満たした。
遠くで花火が弾ける音だけが、やけに大きく響く。
ルキのラベンダー色の瞳が揺れる。
傷ついた表情が一瞬浮かんで、ロマの胸がぎゅっと締め付けられた。
「……そっか」
ルキの声は小さく、震えていた。
「ごめん……ルキに告白してもらったのに、こんなこと言って……俺ほんとに嬉しいんだ」
ロマは俯いた。涙が出そうになるのを必死で堪える。
「でも、嘘はつきたくなかった。ルキが正直に気持ちを伝えてくれたから……俺も、ちゃんと」
しばらくの沈黙の後、ルキがゆっくりと口を開いた。
「……ロマは、本当に馬鹿正直だな」
その声には、怒りではなく、どこか諦めたような優しさが混じっていた。
「知ってたよ」
「えっ?」
ロマが顔を上げると、ルキは苦笑していた。
「ロマがシキのこと好きなの、とっくに気づいてた。シキの寝癖直してもらった時とか、喫茶店に誘われた時とか……他にもたくさん。お前の顔、めっちゃ赤かったから」
ルキはウィッグを外し、水色の髪がふわりと落ちる。
「シキにも聞いた。お前のこと、どう思ってるのか」
ロマの心臓が激しく跳ねる。
「シキは……何て?」
「『ロマは大切な友達だ』って。『でも、ルキのことが好きなロマの気持ちを、僕が邪魔するわけにはいかない』って言ってた」
ルキの声が少し震える。
「あいつも、お人好しだよな。自分の気持ちより、俺のことを優先しようとして……」
花火が大きく打ち上がり、部室が一瞬オレンジ色に染まる。
ルキはロマの目をまっすぐ見つめた。
「ロマ、お前は誰を選ぶんだ?」
「えっ……」
「シキか、俺か。どっちかを選ばなきゃいけないなら……」
ロマは首を横に振った。
「選べないよ……。ルキも、シキも、どっちも大切で……。どっちも好きなんだ」
「……そうか」
ルキは静かに笑った。どこか寂しげな笑顔。
「俺だけを見て欲しいって思うのは、わがままなのかな」
「ルキ……」
「でも、ロマがそういう奴だって知ってて、好きになったんだ。お前の優しいところも、誰にでも平等なところも……全部ひっくるめて、好きになった」
ルキはゆっくりとロマに近づき、その手を取った。
「だから、俺は諦めない。シキもああ言ってるけど諦めないと思う。……お前が、どっちかを選ぶまで」
ロマの目から、ぽろりと涙が零れた。
「ごめん……ごめんね、ルキ……」
「謝るなよ。お前が悪いわけじゃない」
ルキはそっとロマの涙を指で拭った。
「今日、俺から告白したのは……ロマの答えを急かすためじゃない。俺の気持ちを、ちゃんと伝えたかっただけ」
「ルキ……うん」
「だから、ゆっくり考えろ。俺とシキ、どっちが良いのか。それとも……」
ルキは言葉を濁した。
部室の外では、後夜祭の歓声が続いている。
でも、この部室の空気は重く、切なさに満ちていた。
「キスしたい。いい?」
ルキの言葉に、ロマは戸惑いながらも頷いた。
「うん……」
目を閉じた。心臓の音が耳に響く。
ルキの息が近づいて、柔らかい唇がそっと重なる。
優しく触れるだけのキス。
でも、その唇は震えていた。
唇が離れた瞬間、ルキがロマの額に顔を押し当てる。
「……好きだよ、ロマ」
「俺も……好き」
そしてしばらく、二人は黙って抱き合っていた。
ルキの腕に力がぎゅっとこもっている。
ルキの心臓の音が、ロマの胸に響く。
「シキのことも?」
「……うん」
ルキは小さく笑った。
「だから、ほんとに正直すぎるんだよ、お前は」
ロマはルキの手を握り返す。
指を絡めて、ぎゅっと。
「明日から……どうする?」
「どうって?」
「俺たち……このまま、友達でいるのか?」
ロマは首を横に振った。
「友達じゃ……もう、いられない」
「だよな」
ルキは苦笑する。
「じゃあ、こうしよう。お前が答えを出すまで……俺もシキも、お前のこと諦めない。お前を取り合う」
「取り合うって……そんなの嫌だよ。せっかく兄弟仲直りできたのに」
「俺だって……でもこの気持ちは抑えられない」
ルキの声には、どこか自嘲的な響きがあった。
窓の外、後夜祭が終わりを迎えていく。
校庭の明かりが消えて、静けさが戻り始める。
「ロマ、そろそろ戻らないと……みんな心配するぞ」
「……うん」
立ち上がりかけたロマの手を、ルキがもう一度握った。
二人は部室を出て、後夜祭の残り火の中へと戻っていく。
ロマの心は、二つの名前の間で揺れ続けていた。
ルキとシキ。
二人とも、かけがえのない大切な存在。
この答えを出すのは、きっと簡単じゃない。
ロマは自分の胸に手を当てた。
でもいつか、ちゃんと向き合わなきゃいけない。
自分の本当の気持ちと。
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