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色彩のきずな  作者: 潮騒めもそ


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第39話 文化祭 ライブペイントパフォーマンス

 文化祭当日の朝。

 連日の練習で疲れていたのか、久しぶりによく眠れた。


「ロマ! シキ君とルキ君が迎えに来てくれてるよ! 降りておいで」

 母に呼ばれ、ロマは急いで身支度を整え、一階のカフェ・白猫に降りた。


「もう? 朝ごはんもまだだよ」

 窓の向こう、店の前にシキとルキの姿が見える。

 二人はだんだん朝来るのが早くなってきている。

 扉を開けて二人を店に招き入れた。

 金木犀の香りがふわっと香る。


「おはよう。結構寒くなってきたね。二人とも朝ごはん食べた? 俺まだで、良かったらどう?」

「良いのか? 俺、今日あんまり食べられなくて……」

「ありがとう。僕は食べてきたから大丈夫。ルキ、緊張してるの?」

「そりゃ多少はするだろ」

「俺も緊張してる!」


 テーブルの上に朝食を並べる。

 サラダ、卵焼きとチーズが乗ったトースト、そして野菜スープ。

 シキには紅茶を淹れた。


「次早く来る時はメッセージしてね。朝ごはん準備するよ。……次はみんなで食べよ?」

「分かったよ。ロマと過ごす時間が少しでも欲しくて早く来過ぎちゃった。ごめんね」

 シキは度々勘違いさせるような事を言うんだから困る。

 パンの香ばしい匂いと金木犀の甘さが混ざって、季節が胸の奥まで満ちていくようだった。

 ルキが口元を拭って笑う。

「ロマん家の卵焼きうまー」

「やっぱり僕も頂いて良い?」

 シキが悔しそうな目でルキを見る。

 ロマは笑いながら皿を差し出した。

「はい、どうぞ」

 外の光がカフェの床に広がり、金木犀の香りが朝を満たす。

 ――今日が、特別な一日になる。


* * *


 ――今日はいよいよ文化祭。

 午前中は、美術部のライブペイント。

 胸の奥で、期待と緊張が静かに混ざり合っていた。

 まるでまだ見ぬ光の色を、心の中で探しているように。


 講堂地下のホログラムフィールドは、朝の空気に包まれていた。

 天井から落ちる光は柔らかく、苔むした石柱や木々のホログラムを照らしている。

 観客席には生徒たちや子供連れの家族が集まり、ざわめきが波のように広がっていく。


 ロマは筆型ツールを見つめた。

 ソルティ先輩と作った白いリボンを、指先でそっと揺らす。――それだけで、勇気が湧いてきた。

 

 ――大丈夫。今日はみんなと、最高の絵を描こう。


 ヴェルテのピアノ曲『色彩』が始まる。録音ではない、生演奏だ。

 「ロマ君たちの絵に、直に私の音を重ねたい」

 その言葉が、今も耳の奥で響いている。


 ヴェルテが鍵盤の前に座り、ルキとシキがホログラムの筆を構える。

 ロマ、ココナ、アレン、他の美術部員たちはキャンバス側で準備を整える。

「描くことを楽しもう!」

 ミカソ先輩が声を上げた。


 観客のざわめきが遠のき、光が――落ちる。




 春。


 ピアノの音が柔らかく広がり、桜色の風が吹く。

 ホログラムの空が淡い水色と桃色に染まり、桜の花びらが舞った。

 この映像も、事前に美術部で描いたものだ。

 それだけでも歓声が上がる。


 ルキとシキが光の筆で春の花を描き、ロマ、ココナ、アレンたちが大きなキャンバスに現実の絵を重ねていく。

 シキの筆さばきはまるで剣舞のようで、風そのものを描いているようだった。

 

 ――やっぱり、シキは印象的だ。


 時おり場所を入れ替え、ホログラムと現実の筆跡が交錯する。

 観客の子供が手を伸ばすと、ホログラムの花びらが掌で弾けた。

 笑い声が広がり、春が会場を包み込んだ。



 夏。


 旋律が跳ね、光が強くなる。

 アレンの筆が火花のようにきらめきながら、大きなキャンバスに金色を散りばめた。


 シキとルキが再び空中のホログラムを描き、ロマはその後ろで筆を構える。

「夏の海!」

「波、もっと広げて!」

 互いの声が交錯し、交代しながら筆を走らせる。

 ホログラムの青が揺れ、キャンバスの群青が重なる。

 現実の絵が、映像と同じリズムで息をしていた。

 魚が空中を自由に泳ぎまわり、フィールドが海の底に沈んだようになった。


 観客の誰かが呟いた。「生きてるみたい……!」


 ルキの筆の軌跡を見て、ロマは息をのむ。

 その力強くも繊細な筆遣い――何度も見た線だ。


「まさか……やっぱりルキが……キールなの?」


 胸が熱くなる。ファンだから“似せてる”と本人は言っていたけど、違う。これは、キールの線だ。

 

 ――でも今は、描くことに集中しなくちゃ。




 秋。


 ピアノが静まり、赤と橙の光が滲む。

 ホログラムの空が黄金に染まり、モミジとイチョウが風に舞った。


 今度はロマとルキがホログラムを担当し、アレンとココナが大きなキャンバスに色を置く。

 時折視線を交わし、色が連鎖していく。

「ロマ! 羽の描き込み頼む!」

 ルキが大きな不死鳥の輪郭を素早く描く。

「了解!」

 ロマが筆を走らせ、光の鳥が飛ぶ。

 ミカソ先輩が低く呟く。「素晴らしいわ……今、全員が繋がってる」


 観客が息をのむ。鳥たちはキャンバスをまたぎ、ホログラムの空へと溶けていった。



 冬。


 シンセサイザーの音が氷の粒のように鳴る。空気がひんやりと澄み、光が白に変わる。

 雪が舞い、世界が結晶のように透きとおる。

 再びピアノの音が重なっていく。

 今度は全員が交代しながら、ホログラムとキャンバスの両方を描いた。

 

 雪雲が晴れ、夜空一面に星が瞬いた。


 ルキが夜空を広げ、ココナが雪の結晶を描き、アレンが銀の軌跡を重ねる。

 シキの桃色とロマの群青が混ざり、星雲のように輝く。

 誰の線がどこから始まり、どこで終わるのか、もう誰にも分からない。

 

 ロマが星々を繋ぎ、宇宙が生まれる。


「……きれい」

 観客の呟きが、雪の中に溶けていった。



 ヴェルテの旋律が一度途切れ、静寂が満ちる。

 ホログラムの空には地球が映る。

 青い球体がゆっくりと回り、観客の瞳にもその青が宿った。


 ミカソ先輩が筆を掲げる。

「――さあ、みんなで虹を描こう!」


 観客のペンライトが一斉に光る。

 子供や保護者、生徒たちが歓声を上げ、七色の光が空を渡る。

 春夏秋冬の景色を横断して、残光と混ざり合い――虹の橋が生まれた。


 歓声が溢れ、拍手が波のように広がる。

 ホログラムはゆっくりと消え、

 残った大きなキャンバスには、確かに描かれた四季と虹が残っていた。


 ルキが筆を置き、笑う。

「やったな」

「うん……本当に、やったね」

 ロマも笑った。

 観客席の母親が涙をぬぐい、子供が「また見たい!」と手を振る。


 ――ホログラムは消えても、想いは残る。


 ロマは空を見上げた。

 虹の残光が胸の奥に溶けていく。

 確かに感じた。

 今、自分たちは心の中で生きる絵を描いたのだ。




 モニタールームにて。

 グレゴリーがデータを見つめ、小さく呟く。

「感情の共鳴率……完璧だ。これが“調和”か」

 リアムが隣で腕を組み、笑った。

「なんと素晴らしい青春……」


お読みくださってありがとうございます!

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