第37話 ソルティ先輩の失態
次の日の放課後、ロマは月二回の活動の家庭科部に顔を出した。
すると何故かソルティ先輩がミシンの前で服を縫っていた。
「ソルティ先輩!? 引退されたはずじゃ?」
長い黒髪をいじりながら、ソルティ先輩が困ったように微笑む。
「ロマ君、わたくしは……留年が決定してしまいました……。夏ごろから服やアクセサリー作りの仕事が立て込みまして、課題の提出や授業の単位不足です。失態です」
ソルティ先輩ってもうお仕事してるんだ……!
「そんな……でもソルティ先輩とまた一緒に作れるって事ですよね!不謹慎かもですが、めっちゃ嬉しいです」
ロマが笑顔で言うと、ソルティ先輩は静かに笑った。
中性的な顔立ちに、どこかかげりを含んだ優しい光が宿る。
「ロマ君は、文化祭でライブペイントパフォーマンスをするらしいですね。軽音学部ともコラボするとか」
「はい。実はステージ衣装作ってみたかったんですけど……時間や材料、技術もないので、アクセサリーを作りたいなぁって。どうですか?」
ソルティ先輩は糸を切りながら頷いた。
「ええ。いい発想です。お揃いのアクセサリーを身につけると団結力も上がりそうです」
ミシンの針がリズムを刻む。
布と糸の香りの中で、ロマはゆっくり息を整える。
「どんなものを考えているんです?」
ロマはイメージを描いたスケッチブックを取り出して見せた。
「美術部は筆に小さなリボンを。軽音学部は、男の子のリディ君とヴェルテ君にはスカーフのようなリボン。女の子たちは髪飾りのリボンが良いかなーなんて思ってます。選んでもらうのも良いかも!」
「なるほど。統一感がありつつ、個性も出せそうですね」
ソルティ先輩の指先が糸を拾い上げ、針に通す。
その動きは流れるようで、まるで一筆の絵を描いているようだった。
「色はどうしますか?」
「キャンバスの色っぽく基本は白で統一しようかなと。細いリボンやレースで可愛さをプラスしたり、レジンで作った宝石をあしらってみたり……」
持ってきた白いリボンを見せる。
「……ロマ君!想像しただけで早く製作に取り掛かりたくなって来ます」
ソルティ先輩が眼を輝かせて微笑む。
「わたくしも協力します。軽音学部と美術部の皆さんのことを教えてください。イメージに合わせながら作りましょう。レジンの飾りなどは任せてください。あなたたちの舞台が、少しでも輝くように」
その言葉に、ロマは胸の奥がきゅっと熱くなった。
“作る”という気持ちが、血の中で脈を打つように広がっていく。
「ありがとうございます……! ソルティ先輩」
「いいんですよ。こうして何かを作る時間が一番好きなんです」
夕陽が窓から差し込み、糸が金色に光った。
ソルティ先輩のトランクの中は、手芸道具の魔法の鞄みたいだった。
糸やリボン、ボタン、ビーズの小瓶、レジンのボトルまで勢揃いだ。
「ソルティ先輩、見てください。このパールビーズ、白すぎず優しい色でいいですよね」
ロマが手のひらの上で光る小さな珠を見せる。
ソルティ先輩は黒髪を耳にかけながら微笑んだ。
「ええ、とても綺麗です」
「パールの控えめだけど上品な輝き、シキ君に合いそう。こっちはルキ君かな」
ロマは頷きながら、透明なリボンをそっと広げた。
オーロラの反射が天井に揺れ、七色の波が静かに踊る。
その光は、ロマの胸の奥にも波打つように広がっていった。
「このリボン、ステージのホログラムに映えそうですよね」
「ええ。光に溶けるようでいて、存在感もあります」
ミシンの音が再び鳴り始める。
布と糸の香り、レジンが硬化するときの薬品のような匂い。
ソルティ先輩の手際は素早く丁寧だ。
見ているだけで勉強になる。
「男子用のスカーフリボンは細身にして、スパンコールとレジンの宝石を縫い込みたいです」
「いいですね。ライトを浴びたらきらめいてアクセントになります」
「女の子たちの髪飾りには、パールとレースを。軽やかで、少し夢のある感じに!」
ロマは針を通しながら小さく笑った。
「なんか、作ってるうちにどんどんイメージが湧いてきます」
「それが一番大事ですよ。作ることは、想うことと同じです」
その言葉に、ロマの胸がさらに熱くなった。
筆や絵の具を扱うときと同じ、“ものづくりの熱”がここにも流れている。
「みんな、喜んでくれるといいな」
「心配要らないですよ。絶対ロマ君の想いは伝わります」
夕陽が沈む。
白を基調とした様々なデザインのリボンたちが机の上で並び、まるでまだ見ぬ音と絵を待っているようだった。
「先輩も観に来てください!」
「はい。楽しみにしていますね」
ソルティ先輩の笑みは穏やかで、どこか遠くを見ている気がした。
ロマはその理由を訊けずに、ただ微笑みを返した。
「ロマ君、暗くなったのでお家まで送りましょう」
「先輩ありがとうございます。……もし良ければ、お礼にうちの喫茶店でご飯、食べて行きませんか?」
針と糸の間に流れていた静かな時間が、ふっと温度を変える。
ソルティ先輩は少し驚いたように瞬き、それから柔らかく微笑んだ。
「……いいですね。せっかくですから、お言葉に甘えます」
お読みくださってありがとうございます!
誤字、脱字、感想などお気軽にお寄せいただければ本当にありがたく、励みになります。




