第35話 もう迷いはない
秋のひんやりした空気の中、カフェ・白猫の前にルキが立っていた。
朝陽を受けたラベンダー色の瞳がきらりと光り、紫がかった水色の前髪が風に揺れる。
「あれ? おはよう、ルキ君! どうしたの? 迎えに来てくれたの?」
まさかと思いながら、ロマの胸がじんわり熱くなる。
「ロマといる時間、最近少ねーからさ。文化祭の準備でバタバタしてたし」
ルキが照れくさそうに頬をかいた。その言葉に、ロマの心がふわりと跳ねる。
「えっ……ルキ君が、わざわざ……?」
頭がぽわんとする。
「ほら、早く行こうぜ」
ルキが軽く肩を叩き、ロマは慌てて歩き出した。
また、何考えてるんだ俺……!
途中でシキと合流した。
紫がかった桜色の髪が朝陽に艶めき、紫の瞳がやわらかく微笑む。
「おはよう、ロマ、ルキ。ルキは方向違うのに、どうして?」
いつものシキの優しい笑顔なのに、空気がひやっとしたような気がした。
「ロマに話したいこと、いっぱいあるのに時間足りねぇんだよ」
ルキが腕を組んで堂々と言う。
「じゃあ僕も明日からロマを迎えに行くよ」
シキの微笑みが朝の光を受けてきらめいた。その瞬間、ロマの胸の奥がふっと熱を帯びる。
悟られまいと、慌てて目を逸らした。
「え、迎えに来てくれるのは嬉しいけど……朝って忙しいよね? 大丈夫?」
ロマが申し訳なさそうに言うと、ルキが得意げに笑う。
「全然余裕」
シキも頷く。
「ロマのために使う時間なら、いくらでも作るよ」
二人のまっすぐな視線に、ロマの頬が熱くなる。
ルキ君もシキ君も……なんか、いつもより眩しい!
* * *
学園に着くと、校門前が小さなざわめきに包まれていた。
リディが女の子たちに囲まれている。
「リディ君、今日も最高!」
「文化祭のライブ、めっちゃ楽しみにしてる!」
弾む声に笑顔で応えるリディ。朝の光まで華やいで見えた。
そのとき、リディがロマたちに気づいて手を振る。
「ロマたち! おはよう!」
その瞬間、女の子たちの視線が一斉にロマたちへ――。
「え、シキ君もいる!」
「ルキ君も!?」
「美術部良いなあ」
ざわめく空気の中、ロマは苦笑した。
こんなふうに女の子たちが騒ぐのは少し苦手だ。
「お、おはよう、リディ君!」
声が少し裏返る。
「ロマ! “君”は要らない、リディでいいよ!」
「え、いいの? 俺、呼び捨てって慣れてなくて……」
ロマが照れると、シキが柔らかく笑う。
「僕もずっと気になってた。ロマ、僕のこともシキって呼んでよ」
「ずるいぞ! 俺もルキでいいからな、ロマ!」
ロマは心がくすぐったくて、たまらない気持ちになった。
* * *
お昼休み。中庭のベンチでロマ、シキ、ルキは昼食を取っていた。
秋の陽射しが柔らかく差し込み、木々の影が風に揺れる。
ロマの作った唐揚げを頬張りながら、他愛もない話をしていたとき――ふと、中庭の隅にリディの姿が見えた。
テーブルに肘をつき、端末を見つめるリディ。
いつもは誰かに囲まれているのに、今日は一人。
その横顔は遠い空のどこかを見ているようで、指先がわずかに震えていた。
「……リディ君、ひとりだね」
ロマがつぶやくと、シキが目を細める。
「珍しいね。いつも誰かと一緒にいるのに」
「声、かけてみようか?」
ロマの提案に、二人が頷いた。
「リディく……リディ、ここいい?」
ロマが声をかけると、リディがはっと顔を上げた。
「……ロマか。別にいいけど、ボク、今ちょっと忙しいんだ」
その声は少し硬く、強がっているように聞こえた。
「曲のこと、考えてたの?」
ロマがそっと尋ねると、リディは端末を閉じ、指先でその縁をなぞった。
「うん。どうやったら想いがちゃんと届くのか……ずっと考えてんだ」
風が吹き、リディの髪が揺れる。指先がまた、かすかに震えた。
「リディの曲、すっごく良かったよ。ライブ、最高だった」
ロマが笑顔で言うと、リディが小さく笑った。
「ありがと。でも、“良かった”だけじゃ足りないんだよ」
その声は、思っていたよりずっと真剣だった。
少し沈黙が落ちた。秋の風が木の葉を揺らす。
「……ボクの親、音楽なんてやめろって言うんだ」
リディは笑うように言ったが、その声は乾いていた。
「やるなら結果を出せ、数字で示せって。この学園にいる間にできなきゃ、ボクの音楽は終わりだ」
三人は息をのむ。
いつも明るいリディの裏に、こんな苦しさがあったなんて。
「……だから、焦ってるんだね」
ロマが静かに言うと、リディが苦笑した。
「まぁね。デビュー後の数字、知名度……できなきゃ、全部無駄になる。ボクは音楽がやりたいだけなのに……」
「リディ」
シキが静かに口を開く。その瞳には、優しさが宿っていた。
「それなら、僕たちが手伝うよ。美術部のホログラム演出で、君たちの音をたくさんの人に届けよう」
「そんな簡単じゃないよ……」
リディが呟くが、その瞳は少し揺れている。
「簡単じゃねえけど、面白そうじゃん」
ルキの口角が上がる。
「リディの曲に俺たちの絵が加われば、無敵だぜ」
ロマはリディをまっすぐ見つめた。
「リディの音楽への想い、俺もたくさんの人に届いてほしい。一緒に、すごい舞台を作ろうよ!」
リディがゆっくり息を吐く。
その横顔が、ほんの少し柔らかくなった。
「……ほんと、変なやつらだな。でも、なんか……頼もしいよ、キミたち」
リディの笑みが、風に溶けていく。ほんの少しだけ、涙のように見えた。
「ボクにはもうこんなに素敵な仲間たちがいるんだ……もう迷いはない」
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