第24話 サバイバルゲーム④
遺跡の森を模したホログラムフィールドは苔むした石柱が不規則に立ち並び、遠くで小川のせせらぎが響く。ホログラムの草木が風に揺れ、陽光を模した光が木々の隙間からまだらに差し込む。
だがその美しさは偽りだ。
ロマ、シキ、ルキの3人は、ホログラムの敵を倒しながら順調に体力ポイントを稼いでいた。
それなのにロマの胸には常に小さな不安が宿っていた。
面白いゲームだけど友達をホログラムの塗料弾とはいえ撃たなきゃいけないなんて……。
でもこれはチーム戦だからシキ君やルキ君に迷惑をかけたくない……何より俺だって役に立ちたい。
森の奥、ひび割れた石柱の影で、ロマの視線が突然止まった。小さな赤い薔薇の刺繍と赤いラインが施された黒い戦闘服の女の子、ココナが地面に座り込んでいる。
苦しげに足首を押さえていた。彼女の表情はどこか暗くて、額には汗が光っていた。
「ココナちゃん!? 怪我してる……?」
助けなきゃと思わず足が動こうとした時、
「ロマ、待って」
シキの低い声が、落ち着いた響きでロマを制した。彼の鋭い眼差しは、ココナの姿を一瞬たりとも見逃さない。シキの声には、ロマを包むような優しさと、ココナへの警戒が共存していた。その声に、ロマの心は一瞬だけ落ち着きを取り戻す。
「罠の可能性が高い。あんなに分かりやすいところにいるのは不自然だよ」
シキの言葉に、ルキが鋭くココナを睨みつけた。
「俺もシキに同感だ。どう見ても怪しい」
ルキの声には苛立ちが滲むが、ロマを心配するあまりの言葉なのだと思えた。
ロマは唇を噛んだ。頭では分かっている。
シキの冷静な分析も、ルキの直感も正しいのだろう。
ココナの辛そうな顔が目に焼き付いて離れない。
その姿はなぜか過去に虐められていた自分の孤独な姿に重なって見えた。
もしあの時誰かが手を差し伸べてくれていたら……。
そう思ったら口に出していた。
「……もし本当に怪我だったら、放っておけないよ」
ロマの声は小さく、だが決意に満ちていた。懐から防御アイテムを取り出し、胸に装着する。光沢のあるデバイスがぱあっと光り、淡い桜色のバリアが一瞬だけロマの体を包んだ。
「体力ポイントと防御アイテムもあるから耐えられると思う……罠だったらすぐ逃げるよ」
わずかな沈黙の後、シキはロマの決意が堅いのだと悟ったように小さく息を吐いた。
「……君らしいね、分かった。ただし、危なくなったら僕たちが必ず援護するから無茶はしないで」
その声は柔らかく、だがどこか切なげだった。
「仕方ねぇな。ココナが撃とうとしたら俺が先に撃つ」
ルキのロマを見る眼差しは優しかった。
「ありがと、2人とも」
2人に深く礼をし、草むらのざわめきに耳を澄ませながら、慎重にココナへ歩み寄った。
「ココナちゃん、大丈夫? 」
ココナに近づき、膝をついて様子を伺った。
彼女の顔は汗で濡れ、弱々しい笑みが浮かんでいた。
でもその瞳はどこかシキの姿を探しているみたいだった。
ロマの胸に、微かな違和感が走る。
「……やっぱりロマ君が来ちゃったか」
ココナの声は掠れ、まるで力を失ったようだった。だが、その言葉の裏に、ほのかな後悔のようなものが滲む。
ココナの瞳を見てかつての彼女のシキに対する淡い想いが一瞬だけよぎった。
ココナちゃんはシキ君のことを今も……。
「足を怪我したの……?」
ロマが心配そうに尋ねると、ココナは頷いた。
「……うん。少しひねっちゃって」
その声には、諦めと悔しさが混じる。彼女は目を伏せ、唇を噛んだ。
「だから……囮役しかできなかったの」
「囮……?」
怪我は本当だけどやっぱり罠だった……!
そう思った瞬間、
バシュン!
赤い光の弾が飛んできた。
ロマは反射的に身をすくめる。
桜色のバリアが弾を弾き返した。
バリアの衝撃音が森に響き、ロマの耳にキンと突き刺さる。
「わっ!!」
たまらず耳を塞ぐ。
そして光の壁が桜の花びらのエフェクトとともに砕けて光の塵になって儚く消えていった。
ココナもクロマブラスターを構えるが何故か撃ってこなかった。
逃げなきゃと思うが足が固まってすぐに動けなかった。
それにココナの泣きそうな瞳がロマを捕らえた。
「こんなの、撃てない……」
ココナがクロマブラスターを地面に手放した。
「ロマを守る!」
ほぼ同時に、ルキがココナを桃色の塗料弾で染めた。
「ううっ」
戦闘服のセンサーによる疑似衝撃に驚いて呻いた。
「何だあの壁!? くそっ!こっちに気づかれた!」
茂みから飛び出したアレンの声が響く。彼の戦闘服の赤いラインが揺れ、クロマブラスターを構えた手が苛立ちに震えているようだ。
「ココナは……!?」
ダリオの焦った声が続くが、シキとルキの援護射撃が即座に彼らの進路を遮った。シキの正確な射撃がダリオの背中に当たり、ホログラム塗料が派手に飛び散る。
「仕方ない!退こう!」
アレンとダリオがココナを心配するように何度か振り返りながら逃げていった。
ココナは地面に座したまま、小さく息を吐いた。彼女はロマを見上げ、複雑な笑みを浮かべる。
「……ごめんね、ロマ君。私……こうすることしか思いつかなくて」
その声は、悔しさと諦め、そしてほのかな安堵に満ちていた。
「……ロマ君にはほんと、敵わないなぁ」
ロマは何も言えず、ただ拳を握りしめた。ココナの瞳には、恋を完全に諦めてしまったかのような、切ない光があった。
ココナちゃん、俺のこと撃てたはずなのに……。
やがて、ココナの頭上に【戦線離脱】の赤いホログラムが浮かぶ。無機質な文字が、彼女の敗北を告げる。
数分後、カリーヤ先生が駆けつけた。先生の動きは手慣れており、応急処置キットを手にココナの足首を素早く包帯で固定する。
「立てるか? 」
カリーヤ先生の声はいつも厳格だけど、この時はとても優しい響きだった。
「……はい」
ココナは支えられながら立ち上がり、悔しさと安堵を滲ませた表情で、色塗り対決の場へと歩いていった。彼女の背中は、ホログラムの木々の間にゆっくりと消えていく。
ロマはココナを見送りながら、シキとルキの方を振り返った。シキの冷静な眼差しと、ルキの少し気まずそうな笑みがそこにあった。
「やっぱり罠だった……わがままに付き合わせてごめん」
「謝るなよ。本当に怪我してたみたいだし」
「そうだよ。何より、ロマが無事で良かった」
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