第16話 レモネード
夏の朝のそよ風が、教室の窓を抜けてカーテンを揺らしていた。
日差しが強いがまだ朝は涼しい。
気が重いままロマは教室の席についた。
ノートに鉛筆で落書きしながら居心地の悪さをまぎらわす。
「ロマ君、おはよ……。ちょっと話してもいい?」
ココナの声に、ロマは驚いて顔を上げた。
彼女は少し緊張した様子で立ち、淡い栗色の髪を指でいじっていた。
ためらいがちな瞳に、後ろめたさが混ざっているようだった。
「うん……ココナちゃん、どうしたの?」
ロマは手に持っていた鉛筆を置き、ぎこちない笑顔で彼女を見つめた。
ココナは深呼吸し、勇気を振り絞るように言った。
「あの……私、ロマ君を無視したり、冷たくしたりして、本当にごめんなさい……。お詫びっていうか、今日か明日の部活終わりでも、一緒に街に行かない? カフェとか寄っていろいろ話したいなって」
彼女の声は震え、言葉の端に罪悪感が滲んでいた。
ロマは一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐに戸惑いながらも笑顔を浮かべた。
「えっ……!? ……いいよ、じゃあ今日行こう。俺も……なんかココナちゃんの気に障ることしちゃったのかなって、ずっと気になってた。どうしてだったのか、聞かせてほしいな」
ロマの純粋な笑顔に、ココナの緊張がほぐれる。
ココナは小さく頷き、安堵したように微笑んだ。
放課後の部活動の時間があっという間に終わり、学校は夕暮れの柔らかなオレンジ色に染まっていた。
「ココナちゃんが謝ってくれたんだ、部活終わりに話そうって言ってくれて……すごく嬉しい」
ロマがシキとルキにほっとした様子で言った。
「良かったな」
ルキの口角が上がる。
「ロマ……ココナちゃんが話をすると思うけど、今回の事は僕のせいでもあるんだ……。本当にごめん……」
「シキ君……俺、そんなふうにシキ君やココナちゃんが謝ってくれるだけでも奇跡みたいだって思ってて……うまく言えないんだけど、もう大丈夫だから!」
シキはまだ思い詰めたような顔をしている。
ロマは元気に笑って
「じゃあ行ってくるね、また明日!」
と2人に手を振って部室を後にした。
そしてロマとココナは街へ繰り出した。
夏の熱気が残る通りは、人々のざわめきや遠くの車の音で活気づいていた。
街灯が点り始め、夕陽がビルのガラスに映り込んでキラキラと輝く。
ココナは小さな紙袋をロマに差し出した。
「これ…お詫びの気持ち。受け取って?」
彼女の声には、恥ずかしさと謝罪の気持ちが混じっていた。ロマが紙袋を開けると、中にはパステルカラーのリボンで包まれた手作りのクッキーが入っていた。
小さな花や星の形にデコレーションされたクッキーに、ロマの目が輝いた。
「わぁ、ココナちゃん、これ作ったの? 可愛い! めっちゃ凝ってるね、ありがとう!」
ロマの無垢な喜びに、ココナの心が軽くなったように、頬がほのかに赤くなった。
「うん、喜んでもらいたくて、すごく頑張ったよ」
彼女は髪を耳にかけ、照れくさそうに笑った。
ロマの笑顔が、彼女の罪悪感を少しずつ溶かしていくようだった。
二人は街を歩き、色とりどりの画材が並ぶ雑貨店でぶらぶらしたり、アクセサリーのディスプレイを眺めたりした。
路地裏の小さなカフェに落ち着き、木のテーブルに座った。ココナはロマに「好きなもの頼んでね」と言い、ロマはレモネードをごちそうしてもらった。
窓際の席で、ガラス越しに夕陽が街を染める中、グラスの水
滴が光を反射していた。
ココナはレモネードを飲みながら、ふと真剣な表情になった。
グラスの水滴を指でなぞりながら、彼女は呟いた。
「ロマ君本当にごめんなさい。私、シキ君のことが好きで……シキ君がロマ君に向ける眼差しや接し方が、なんだか特別に見えて、勝手に嫉妬して……ひどいことしちゃった。すごく後悔してるの」
ロマは首を振って、温かい笑顔を見せた。
「こうやって一緒に話して、謝ってくれて、俺、めっちゃ嬉しいよ。ココナちゃんの気持ち、ちゃんとわかったから。もう大丈夫だよ」
ロマの声は、まるで夕陽の光のように柔らかく、ココナの胸に響いたみたいだった。
「ありがとう……」
ココナは思い切ったようにロマに聞いた。
「ねえ、ロマ君……気になってたんだけど、シキ君やルキ君のこと、どう思ってるの?」
ロマのストローがピタッと止まり、グラスに映る自分の顔が少し赤くなっているのに気づいた。
「シキ君とルキ君?どうって……」
ロマは少し慌てて答えた。
「二人とも、すっごく大事な友達だよ。シキ君はいつも優しくて、絵が上手くて一緒にいると心が温かくなるし……ルキ君は、最初ちょっと怖かったけど、俺が辛い時いつも気にかけてくれて、頼りになるんだ」
どう思うかなんて『大事な友達』以外にあるのか?
シキがカフェでパフェを食べながら見せた無防備な紫の瞳の笑顔、ルキがガゼボで励ましてくれた時のラベンダー色の瞳の柔らかな表情が、頭の中でぐるぐるした。
なんだか胸がドキドキして、落ち着かない。
「大事な友達……でもシキ君やルキ君のこと考えると、胸がざわざわするっていうか…これって、もしかして恋愛感情なのかな? そんなの男なのに変だよね? よくわかんないよ……」
ココナは首をかしげ、温かい笑顔で答えた。
「……変じゃないと思うよ。 ロマ君の気になる人がたまたまシキ君やルキ君だったってだけだよ」
「なんかすごく恥ずかしくなってきた……」
ロマは思わず顔を手で隠した。
ココナの視線が柔らかくなる。
「ロマ君の真っ直ぐなとこ、きっとシキ君やルキ君が惹かれてる理由だよ。私、シキ君のこと大好きだったけど…ロマ君見てたら、なんか応援したくなっちゃった。ルキ君も、ロマ君のことすっごく大事に思ってるよ」
ロマはゆっくり顔を上げ、驚いたように目を丸くした。
「ほんとかな……?」
「うん、絶対」
ココナは頷き、笑顔が明るくなった。
「でも2人も気になるなんてロマ君って案外欲張りね。ロマ君のこれからが楽しみ!」
「ココナちゃん、もう!からかわないでよ!!……ねぇ、ココナちゃんはシキ君のこと諦めちゃうの?」
ココナは少し遠くを見ながら考えた様子で言う。
「やっぱりまだ好きな気持ちはあるけど、いったん気持ちの区切りはつけたつもり……!」
気持ちを伝えられて、本当にすごいな。
カフェを出ると、空は深い藍色に変わり、星がちらほら輝き始めていた。
街の明かりが点在する中、ロマはクッキーの紙袋を手に、シキとルキのことを考えていた。
シキの優しい声、ルキの不器用な気遣い――胸のざわつきは、友情なのか、恋なのか、まだわからない。
でも、この気持ちを大切にしたいと思った。
駅で別れ際、ココナは明るく叫んだ。
「また一緒にお茶しようね、ロマ君!」
ロマは振り返り、いつもの無垢な笑顔で答えた。
「うん! ありがとう!またね」
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