第12話 かき氷
夏の暑さが肌にまとわりつく。
蝉の声が校舎の裏庭から響き、家庭科室の窓から吹き込む風は生ぬるい。
今日は月2回の家庭科部の活動日。
部室にはミシンの軽やかな音と、布を切るハサミの音、楽しそうな話し声が聞こえる。
ロマは少し緊張しながら、部室の隅で自分の裁縫キットを広げていた。
目の前では、いつものように制服を独自にアレンジして着ているソルティ先輩が編み物をしていた。
前と制服のデザインが変わっていた。
紺のセーラー服の襟に細かな刺繍が施され、スカートの裾にはさりげなくレースが縫い付けられている。
長い黒髪はゆるく編み込まれ、陽光に揺れるたびにきらめく。
パルフェ学園はセーラー服じゃない。
ロマにとって、とても自由そうに見えるソルティ先輩はまさに憧れの存在だ。自分のスタイルを貫く姿は、どこか遠い星のようで、眩しくて、少し近寄りがたい。
ロマは裁縫の手を止め、意を決して口を開いた。
「あの、ソルティ先輩……ちょっと聞いてもいいですか?」
ソルティ先輩は編み棒を動かす手を少し緩め、穏やかな目でロマを見た。
「何でしょう、ロマ君?」
「俺、前に女子にからかわれたことがあって……それ以来、女子がちょっと苦手で。ソルティ先輩って、見た目とか服のアレンジとか、色々言われたりしませんでしたか? 嫌なこととか言われたり……。答えづらかったらいいんですけど!」
ソルティ先輩は編み物を続けながら、静かに微笑んだ。
「ふふ。それはもう、散々言われてきましたよ。『派手すぎる』だの、『校則違反じゃない?』とかですね。でも、わたくしは自分が心地よくて面白いと思うように生きていたいだけ。何か言いたいなら、言わせておけばいい。わたくしは雑音だと思って聞き流すことが多いですが、たまには受け入れることもありますよ」
ロマは目を丸くした。「雑音……ですか。なんか、ソルティ先輩ってほんとすごいな」
ソルティ先輩は編み棒の手を止めることなく、穏やかに続けた。
「ロマ君、貴方はとても優しい。でも、優しすぎて、つい他人の目や評価を気にして自分の選択を決めてしまうのではありませんか?」
ロマはハッとした。この前、無理して部活に参加したことを思い出したのだ。
「そういえば……しんどかったのに、『休んだら迷惑かな』って思って、無理して来たことがあったんです。結局、友達に心配かけちゃって……」
ソルティ先輩は小さく頷いた。「人間、生きていれば誰かに迷惑をかけるものです。それを恐れすぎると、自分が本当にしたいことが見えなくなります。ロマ君が本当に望むことは何でしょうか? そこを考えてみるといいかもしれません」
その言葉が、ロマの胸にずしんと響いた。ソルティ先輩は編み物を一旦止め、ロマの顔をじっと見つめた。すると、ロマの目からぽろりと涙がこぼれた。
嫌われたくないからって頼みを断れずに無理をしちゃったけどあの時……本当は休みたかった。
「え……なんで、涙が?」 ロマは慌てて袖で目を拭ったが、涙は次から次へと溢れてくる。
おかしいな、なんで止まらないんだろう。
自分の本当に望むことって……考えたこともなかった。
やりたいことやってきたつもりだったけど……。
他人の目を気にしないってちょっと難しい。
無視されたり嫌われるのが怖いから、他人の意見にどうしても流されやすいし。
ソルティ先輩が珍しく少し慌てたように声を上げた。
「わたくしの考えをロマ君に押し付けるつもりでは……」
その瞬間、家庭科室のドアが開いてエリザベス先輩が入ってきた。
「ロマ君どうして泣いてるの?まさかソルティがロマ君を泣かせたの!?」 エリザベス先輩が大きな声で詰め寄ってきた。
彼女はポニーテールに結んだウェーブのかかった髪を揺らし、両手を腰に当ててソルティ先輩を睨んでいる。
「エリザベス先輩、違うんです! ソルティ先輩は何も悪くないんです!ごめんなさい!今涙を止めます!!」
ロマは慌てて弁解したが、声は涙で震えていた。
ソルティ先輩は大きなため息をつき、編み物を丁寧に畳んで机に置いた。
「ふぅ……エリザベス、誤解ですよ。さて、ロマ君、今日は暑いですから、気分を変えて皆でオリジナルかき氷コンテストを開催しましょう。冷凍庫に農業科の友達から頂いたマンゴーやイチゴ、ブルーベリーを凍らせてありますから」
エリザベス先輩の目がキラリと光った。
「もう、急に話題を変えたわね! でも、めっちゃ楽しそうじゃない! ロマ君、ほら、涙拭いて! 調理室に移動よ!」
彼女はロマの手をぐいっと引っ張り、元気いっぱいに調理室へ向かった。
家庭科部の調理室は、いつもどこか甘い香りが漂っている。今日は特に、冷凍庫から取り出したフルーツの爽やかな香りが広がっていた。エリザベス先輩は早速かき氷機を引っ張り出し、ソルティ先輩はフルーツをスライスしながら
「ロマ君はどんなかき氷を作りたいですか?」
と穏やかに尋ねてきた。
ロマは鼻をすすりながら笑った。
「えっと……ブルーベリーとヨーグルトで、爽やかな感じにしたいです!」
「いい選択ですね。ではわたくしはマンゴーとココナッツミルクでトロピカルにしましょう」
ソルティ先輩が微笑むと、エリザベス先輩が
「私はイチゴ多めフルーツスペシャル練乳かき氷!……ってかソルティ、なんでかき氷に塩かけまくってるのよ!」
エリザベス先輩が信じられないという表情をしながらも、笑いが込み上げているようだ。
「暑いので塩分も摂ったほうが良いかと思いまして……」
「ちょっと目を離すとこうなるんだから!」
ロマも思わず笑ってしまった。
ソルティ先輩がお料理苦手ってこういうことだったんだ……!
部員たちは楽しそうに氷を削り、シロップやトッピングを工夫し始めた。
ロマは皆の笑い声を聞きながら、胸の奥が温かくなるのを感じた。
家庭科部に入って、ソルティ先輩やエリザベス先輩に出会えて本当によかった。
嫌われるのが怖くて、いつも誰かの顔色を伺ってしまう癖。すぐに変えるのは難しいかもしれない。
でもソルティ先輩の言葉を思い出すたび、ほんの少しずつでも、本当にしたいこと、自分の心の声を無視しないことができるようになりたい。
「ロマ君、ほら、できた! 食べてみて!」
エリザベス先輩が自分の作ったイチゴ多めフルーツスペシャル練乳かき氷をスプーンですくって差し出してきた。
ロマは笑って受け取り、冷たい甘さに目を細めた。
「めーっちゃ美味しいです!エリザベス先輩!」
夏の暑さも、涙の後味も、なんだか少し軽くなった気がした。
ソルティ先輩のかき氷はちょっとしょっぱくてまずかった。
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