第10話 ルキの心
図書室から庭園への道のりは、気まずさに包まれていた。
ルキとロマは一言も交わさず、沈黙の中で足音だけが響く。
木漏れ日が揺れる林を抜けると、学園の裏手にひっそりと佇む庭園が姿を現した。
湧き水が絶えず溢れる小さな泉は、透明で底まで見通せる。水草の影で小さな魚がきらめくように泳いでいる。
赤や桃色、などの色とりどりの花々が咲き乱れ、丁寧に手入れされた花壇は生命の息吹に満ちていた。
空気には甘く清々しい花の香りが漂い、風が葉を揺らす音が心地よい静寂を彩る。
この前、ルキとロマが唐揚げのお弁当を分け合った場所。
あの時は陽気な時間が流れていたのに、今は重い空気だ。
白いガゼボの中の椅子にルキとロマは座る。
「ごめんねルキ君、さっきは気になってつい質問攻めにして。色々理由があるんだよね、気になるけど話したい時に話してくれたら嬉しいな」
「ありがとう……でもロマには聞いてほしい」
ルキは少しずつ話し始めた。
「顔が綺麗でも俺には良い事なんか一つもなかった。女の人に付きまとわれたり…怖いこともあった」
ルキの声は小さく、震えていた。夕陽が泉に反射し、ルキの水色の髪を柔らかく照らす。
「それに……父さんにも愛してもらえなかった……」
ロマは、ルキの言葉に胸が締め付けられるのを感じた。
「俺の父さん…レキさんは、シキの母さん、アリアさんを愛してた。俺の母さん、ルイーゼは…レキさんに片想いしてた」
ルキが言い辛そうに続けた。
「どうしても諦められなかった母さんはレキさんを眠らせて強引に関係を持った。それで俺が生まれた」
「えっ…」
ロマの心臓が強く脈打つ。
衝撃的な告白に、言葉が喉に詰まった。
ルキの声はさらに小さくなり、自分自身に言い聞かせるように続けた。
「父さんは、母さんのせいでアリアさんを傷つけたことを怒ってた。俺なんか愛してもらえるはずないよ…アリアさんに申し訳ないから……。そりゃそうだよな……」
ロマは言葉を失った。ルキの美貌が、彼にどれほどの傷を与えてきたのか。
ルキの頬を一筋の涙が滑り落ち、夕陽の光にきらめいた。
その涙は、彼がどれほどの孤独と痛みを抱えてきたかを物語っていた。
ロマは胸の奥で熱いものがこみ上げるのを感じ、ルキの美貌が彼にどれほどの傷を刻んできたのかを初めて理解した。
シキとルキが同じ父親を持つ兄弟……。
そしてその複雑な過去がルキの心を閉ざし、眼鏡と前髪で顔を隠す理由だった。
「シキとは……昔は仲良かったんだ。絵を描くのが楽しくて、俺はシキもレキさんのことも尊敬してた。レキさんが俺の父さんだって知った時は嬉しかった……」
ルキの眼に涙が溢れているのを見てロマも胸が締め付けられる。
「でも、父さんがそれを知った途端もう会えないって言って……だんだん疎遠になって……」
スケッチブックを握る手が、かすかに震えていた。
ロマはルキの隣にそっと手を置いた。
「ルキ君、すごく辛かった事なのに話してくれてありがとう」
ロマの声は優しく、でも力強く言った。
「ルキ君の絵を見てると、なんとなく悲しい気持ち伝わってきたんだ。何かあったのかなって……。気持ちを絵で表現して、絵を見ている人に伝えることが出来るなんてすごいと思う。ルキ君の絵、俺はすごく好きだ」
ロマはハンカチでルキの涙を優しく拭った。
「俺はルキ君がここにいてくれて、友達になれて本当に嬉しいよ」
ルキの瞳が一瞬揺れた。眼鏡の奥で、感情がちらりと覗く。
「ロマ、俺も……」
ルキの声は震えていたが、ほんの少しだけ温かかった。
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