第六話「疑い」
コンテナの中で、俺はずっと目を閉じていた。
鼓動はもう静まり返り、体の震えも、ようやく収まりつつある。
……柊 天音は、もういない。
あの目。最後の瞬間まで俺を見ていた、あの視線は――何を伝えたかったのか。
後悔だったのか、それとも、理解だったのか。
いや、もう関係ない。
彼女は“任務”で俺を殺そうとした。
そして俺は――それに抗っただけだ。
「……俺は、生きるために殺した」
そう、自分に言い聞かせる。
誰にも知られず、誰にも気づかれず、彼女は屋上から姿を消した。
あの夜、俺は能力を使って痕跡を消した。映像記録も、セキュリティもすべて改ざんした。
“情報表示”と“コピー能力”の組み合わせは、いまや俺の最大の武器だ。
天音の死は“事故”として処理された。上層部も動いているようだが、決定的な証拠は――もう無い。
そして、学校は、まるで何事もなかったかのように、次の段階へと進み始めていた。
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翌日。
「――全校生徒に通達する」
朝のホームルームで、生徒会長・神楽坂 咲の声が響いた。
「来週から、実技試験が行われる。能力の適正評価および戦術運用の実地演習。全生徒、例外なく参加義務がある」
教室の空気が一気に緊張する。
咲の言葉には、いつも“意味”がある。表と裏、両方の。
「D組においても、今年度は“特例枠”を設ける。任意の対戦形式で、1対1の模擬戦が行われる」
視線が、一斉に俺の方へ向いた。
「……悠真、お前もだってさ」
隣で天野が肩をすくめる。
「逃げられねえな。まあ、予想はしてたけどよ」
「……ああ。俺も、やるしかない」
頭のどこかでは、分かっていた。
柊 天音がいなくなった今――次に俺を“見る”のは、生徒会そのものだ。
咲、そして理央。彼女たちが俺を試すために、仕掛けてくるのは当然の流れだった。
実技試験。それは“選別”の始まりだ。
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放課後、理科室の裏に呼び出された。
現れたのは、咲――ではなく、神楽坂 理央だった。
「……元気そうね、悠真くん」
「何の用だ」
「ちょっと確認したいことがあって。……柊 天音の件、何か知ってる?」
一瞬、心臓が跳ねた。
だが、顔には出さない。いや、出せない。
「事故だったんだろ? そう聞いたけど」
「ええ。でも、“あなたが関わっている”という匿名報告があった」
「……誰からだ」
「それはまだ不明。でも、私はまだ疑ってるわけじゃない。ただ――天音の死の“タイミング”が都合よすぎる」
「都合……?」
「彼女がいなくなって、あなたは“自由”になった。組織からも、監視網からも。今、あなたはこの学園で最も“制御できない存在”になった」
その言葉に、俺は薄く笑った。
「制御できない? それが“危険”ってことか」
「ええ。だから、試験を通じて証明してもらう。あなたがどこまで“敵”かどうか――私たちの脅威になり得るかどうか」
「……そうか」
彼女は踵を返して去っていく。
「“殺し”に来るなら、俺も“殺される覚悟”はしておけ」
そう背中に言い放つと、理央は振り返らずに手を振った。
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夜。
再びコンテナに戻った俺は、手のひらを見つめていた。
“殺してしまった”手。
でも今は、その手で――何かを守らなきゃいけない。
「……実技試験。悪くない機会だ」
自分の力を、知らしめる。
この学園に、自分の存在を“記録”として刻みつける。
そのための舞台だ。
俺の情報表示能力とコピー能力は、ただ“見抜く”だけじゃない。
その構造や挙動を深く解析し、再現できる。
今までコピーした能力だけでなく、実技試験で“さらなる力”を手にする可能性がある。
“異能を集め、理解し、制圧する”
それこそが、俺がこの世界で生き延びる唯一の手段。
そしてもし――
「もし、また裏切る奴が現れたら……」
俺は、その時も迷わない。
「……殺す」
そう誓って、夜の帳に目を閉じた。
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一週間後。
実技試験の初日。
校庭には、無数の結界と監視カメラが設置され、全クラスが順番に呼ばれていく。
「D組、前へ」
俺と天野、そして数人の男子と女子が列を作って並ぶ。
「お前、初戦の相手……見たか?」
天野が肩をぶつけてくる。
「いや、まだ――」
その瞬間、モニターに映し出された名前が目に飛び込んできた。
【一戦目:悠真 vs 神楽坂 理央】
「……は?」
周囲がざわめく。
だが、俺はただ無言でその名前を見つめていた。
“この学園で最も危険な女”が、俺を試しにきた。
だが、いいだろう。
天音の死を疑うなら――
ここで、全部見せてやる。
「来いよ、理央。今の俺は――もう、誰にも縛られねえ」
始まる。
“何か”が確実に動き始めていた。