第四十話「中国本土走りますね」
二時間。次のレースまで、たったの二時間。
俺は《NSF-Ω(オメガ)》を見つめていた。
地球超速戦を完走したこのマシンは、正直、今にも壊れそうだった。
外装はボロボロ、タイヤはほぼ溶け、フレームは熱変形を起こしている。エンジンは量子化の副作用で、たまに時空のノイズが漏れている。
「こりゃあ、整備ってレベルじゃねぇな……」
そんな俺の肩を、誰かがぽんと叩いた。
「任せな、弟。姉がやってやらぁ」
咲だった。
目の下にクマを作り、既に三つくらい衛星を墜落させたような顔で笑っている。
「何したの!?」
「衛星軌道から資材降ろしたら衛星ごと落ちた☆」
「その☆じゃねぇよ!地球に優しくないな!」
その間に、澪奈がヘリから爆弾を降ろしてきた。
「兄貴ー!この爆薬でボディ吹っ飛ばして、フレームから再構築しよう!」
「いや、もっと工学的なアプローチしようよ!?」
ルカは手元のタブレットで、エネルギーリアクターの再設計を行っていた。
「今回は本気。エネルギー効率30倍、人格AIにはメンタルサポート追加、マフラーは六本出し!」
「いやマフラー多くね!?」
そして母。
「バイクの魂には、やっぱり愛情よ!」
そう言って渡されたのは――
「……煮物?」
「うん、バイクの燃料口に入れてあげて♡」
「絶対やだ」
結局、家族総出で《NSF-Ω》は再構築された。
ボディは超高分子合金の流体金属へ。
パネルは空力可変式。タービンには超電磁ブースト。
マフラーは左右3本ずつ計6本、最大時には炎が交互に交錯するように噴射する。
そしてAIには新たなモジュールが加わった。
《ネコナビ:♡メンタルケアモード搭載♡マスター、心が荒れたら撫でてニャ♡》
「言ってて悲しくならない!?」
整備が完了したのは、スタート30分前。
◆【スタート:万里のゲート】
場所は――中国。
広大な大地に、コースが浮かび上がる。
天安門、長江、黄土高原、チベット、桂林、そして万里の長城。
すべてが一本の道で繋がる。
「もうこれ、レースっていうか歴史観光だろ……」
しかし、敵も手強い。
中華四千年の力を結集した"兵馬俑ライダー"。
高級電動チャリに乗る"白髪仙人系女子高生"。
アヒル型水上バイクに乗る"謎の将軍"。
そして再び現れた――農家の爺さん。
「たんぼ一号Mk-2。飛行モード付きじゃ」
「何で進化してんだよ!!」
◆【ローンチ:地鳴り】
スタートの合図は――鳴り響くドラの音だった。
《ネコナビ:♡ローンチモード、起動♡》
バイクが低く唸る。
エンジンが赤く発光し、車体が地面を軋ませる。
「行くぜ、《Ω》!!!」
――ズギャァァアアアアアアッ!!
六本のマフラーから爆炎が吹き上がり、俺は一瞬で視界から消えた。
速度、1000km/h、2000km/h、3000km/h。
《Ω》が地形に合わせて変形していく。
山間部では低空飛行、都市部では垂直登坂、平原では地面ごと持ち上げながら疾走する。
◆【中盤:万里の混沌】
万里の長城。
そこは、もはや戦場だった。
剣を構える兵馬俑。
空から奇襲してくる紙鳶ライダー。
壁面を駆け上がるチーズ屋の派生型《豆腐マスター》が襲いかかる。
「ブレーキどこ行ったああああ!!」
《ネコナビ:♡メンタルケア:深呼吸して♡》
「深呼吸してもぶつかるんだよ!!」
だが、俺は止まらなかった。
「走る……走るって決めたからだ!!」
エネルギーが限界を超え、ボディが金色に輝く。
Ωの魂が、咆哮する。
◆【終盤:光速の地平】
ラストセクションは、チベット高原から黄海へと抜ける一本道。
澪奈が空から叫ぶ。
「兄貴ぃ!!ファイナルギア、差し込めェェ!!」
14速目。音速を超え、光速に迫る。
視界が反転し、時間が歪む。
《ネコナビ:♡もうこれレースじゃないニャ♡》
「俺もそう思ってる!!」
そして――最後の直線。
またしても横にいたのは、農家の爺さんだった。
「若造。農業の力、舐めるでねぇぞ」
たんぼ一号Mk-2が羽を広げ、空を切り裂く。
「何で俺、毎回軽トラと戦ってんの!?」
だが、Ωが叫んだ。
《ネコナビ:♡魂、リンク♡》
Ωと俺が完全に同期。
意志と速度が一致した瞬間、空間が砕けた。
――ゴール。
◆【ゴール後:風の向こう】
目の前には、終わりのない地平。
「走ったな……」
そして、主催者がまた笑う。
「おめでとうございます。」
そして家族全員で叫ぶ。
「ブレイクダンス!!!」