第三十六話「レースやるわ」
朝の風が心地よい。
だが、俺の心は、どこか――渇いていた。
二週間前に完成した、俺の愛機《NSF-∞(ナイトストームファング・インフィニティ)》は、確かに傑作だった。
チタン合金フレーム、V6エンジンとハイパワー電動モーターのハイブリッドシステム、謎の猫耳AIナビ、異次元電池、空間すら歪めるパワー。
でも……まだ何かが足りない。
「俺、もっと……速くなれる気がする」
「またそれぇ!?」
ルカが台所からツッコんできた。バナナ食べながら。
「でもレースで勝たなきゃ証明できないだろ? “男でも速い”ってことを」
「え?また性差別されてんの?」
姉・咲がトイレから出てきて、バスタオル一枚で参加してきた。
「Cクラス女尊男卑問題、バイク界にも波及してるからな」
澪奈は冷蔵庫からチョコを取り出しながら呟く。
「まあ、レースとか……燃えるね!」
「よし、出よう。全員女。俺だけ男」
「逆ハーレムか?」
「違ぇよ!!」
◆【レース会場──“風斬杯(スカイ・スラッシュGP)”】
会場に入った瞬間、視線が突き刺さる。
「え?男?」
「また観光で来たのかな?」
「マシンはかっこいいけど……なんか中身弱そう~」
はい出ました!偏見!!
女尊バイク界の実態は、華麗な外見と爆走性能の裏で、男子排斥が深刻である。レギュレーション上は問題ないはずなのに、なぜか事前ブリーフィングで俺の名前が「ユウマ子」になってた。誰だよ勝手に“子”つけたやつ。
「まあいい。見せてやるよ、“俺の走り”を」
マシンにまたがる。隣のブロンドの女がクスクス笑ってきた。
「ふふ、坊や。エンジン音だけはイイじゃない。オモチャにしては」
「フラグ立てんなよ?」
◆【スタート】
レース開始の号砲と共に、全員が一斉に“ブースト”──
空間が震える。火花が飛ぶ。超加速、超反応。
だが、俺は──しなかった。
「……“ハイブリッド・モード、カット”」
モーターOFF。エンジン単独起動。
そう、ここからが俺の戦略。
V6エンジンの重厚な咆哮が響く。
モーターを切ることで加速レスポンスは下がるが、トルク制御は圧倒的に安定。
皆がコーナーでアウトに飛んでいく中、俺だけがラインをなめるように通過する。
「加速だけが速さじゃねぇんだよ……!」
《YUMAverse:Gフォース分析完了。最適ラインを提示します。》
《ネコナビ:♡バリアブルシフト入るよぉ〜♡》
「入るな!!」
途中で“モーター単独モード”に切り替え。
静寂。だが速い。風を斬る刃のような滑走音。
V6の振動がないぶん、路面の状態を正確に感じ取れる。
そして最後のストレート。
「両方使う!!“ハイブリッド・モード、最大出力ッ!!”」
ブワアアアアアアアアアアアア!!!!
火が出る。
いや火どころじゃない、マフラーから雷と炎と謎の桜吹雪まで出てる。
近くの観客が失神した。大丈夫か?
そのまま──ゴール。
俺の《NSF-∞》は、誰よりも速く、誰よりも正確に、そのゴールラインを貫いた。
◆【レース後】
「……勝った。けど……」
不思議と、満足感はなかった。
「お兄ちゃんすごい!」
「さすが!」
「まあまあね」
家族が駆け寄ってくる。
「……違う。これじゃないんだ」
風は感じた。世界も震えた。だがまだ足りない。
もっと……もっと俺は──速くなれる気がする。
「……V8だな」
「また始まったぁああああ!?」
全員で同時に叫ばれた。
◆【深夜・開発室】
「V型8気筒。夢だろ、これは」
白紙の設計図にペンを走らせる。
モーターは四基に増設、タービンも二重化。排熱システムを一新、AIも複数人格搭載予定。
《ご主人様ぁ、マフラーは4本出しでお願い♡》
「了解した、ネコナビ」
「おい、それVM◯Xじゃね?」
ルカが背後から顔を出す。笑顔が若干引きつってる。
「どうせならターボも積む?てか宇宙行けるようにしない?」
「それはその次のプロジェクトだ」
俺はそう言って、設計図のタイトルを書き込んだ。
《PROJECT:NSF-Z∞ “Overdrive Edition”》
「地球じゃ終われねえんだよ……この魂はな」




