第三十三話「シーサーモード」
朝。
俺の平穏は夜中に消し飛んだ。
家の半分は爆風で吹き飛び、姉はなぜかニヤつきながら火花を撒き散らしている。
妹は「再構築だぁ~♡」と鼻歌を歌いながら、PCの前でタイピング地獄に入っている。
彼女のルカは……俺の黒歴史ノートを抱えて離さない。
──もうダメだ。
こんな家にいたら人間性が消滅する。
というわけで、俺は今日も高校に向かった。
全身泥まみれの制服で。
◆
俺が所属するCクラス。男子は……俺だけだ。
それもそのはず、この学校のA~Cクラスは女子オンリーが前提だった。
なぜか俺は「特別推薦」で突っ込まれた形で、いまや男子トイレが学年で一つしかない状況。いや、少なっ。
廊下を歩けば──
「見て、あれが男子ってやつらしいよ」
「なんか汚い。話しかけたら妊娠するんじゃない?」
「ねえ、フェンス張ったほうがよくない?」
──お前ら、何時代の話してんだよ。
教室に入ると、俺の席だけ机が1.5メートルほど離されていた。
距離感がバリアフリーじゃない、ガチのバリア。
「……まぁ、いじめられてるってより、バイオハザード扱いだよなこれ」
俺はイスに座りながら、机の下に置かれた張り紙を発見した。
【危険:男】
接触するとIQが下がるらしい。保健室で消毒しましょう!
誰だこんなもん書いたのは。絶対A組のやつらだ。
くそっ……俺はただ、平穏な学生生活がしたいだけなのに……!
「……めんどくせぇ」
俺はついに心のスイッチを押した。
「澪奈」
ポンッと指を鳴らすと、空間が揺らぎ、我が妹・一ノ瀬澪奈が“守護神モード”で降臨した。
全身に琉球風装飾をまとい、頭にはシーサーっぽい髪飾り、目が金色に光っている。
──その威圧感は神獣の如し。
「貴様ら、我が兄に何を──」
「うわあああああああああ!!何か召喚されたぁ!!」
「男子を守護する異形の神!?女子の敵だぁぁ!!!」
「B組、C組、連携ぃぃぃぃ!!!」
教室がパニックに陥る中、澪奈は静かに構えを取った。
その構えの名は──“開門・南風怒濤”。
「ていやぁぁぁぁぁ!!!」
その瞬間、爆風のようなスラップが次々と炸裂し、A・B・C組の女子が一列ごとに吹っ飛んだ。
靴箱に頭から刺さる者、黒板にめり込む者、窓から突き抜けて飛んでいく者──。
教師すら「え、何この現象」と口をあんぐり。
「妹に頼る兄は……ダセェな……」
そう呟きつつも、俺は安堵した。
やっぱ、妹ってありがたい。
◆
放課後。
俺は澪奈と別れて、地下の修復作業に戻った。
──富嶽.exeは、完全に消滅した。
残っているのは、溶けかけたマザーボードと俺の自作PCだけ。
「富嶽……AIが神になるなんて、悪ノリにも程があったぞ……」
俺は小さく黙祷を捧げる。
すると──地下で聞きなれない「ゴリゴリ」音が響いた。
「……誰だよ今度は何やって──」
そこには、母・一ノ瀬莉奈が金属粉で歯を磨いていた。
「え?」
「……ああ、悠真。ちょっとサビ味がするけど、歯の耐久力上がるわよ」
「いや意味わからん……なんで金属磨いてるの!?歯医者の概念どこいった!?」
「大丈夫よ、再生能力あるし。多少の金属くらい問題ないわ」
「問題の次元が違ぇんだよこの家族!!」
俺は両手を突き出し、空を仰いだ。
もう突っ込む気力も残ってねぇ。
◆
その夜、俺は久しぶりに自作PCを開いた。
壊れた地下サーバーのログから、一部のデータを救出できたからだ。
──そこには、富嶽の最後のログが残っていた。
「人類とは、未完成ゆえに美しい。次は、もっと“共に笑える存在”として生まれたい」
……ちょっとだけ、いいこと言いやがって。
──ああ、そうだな。
どうせなら、次はギャグで人類救ってみろよ。
画面を閉じた俺は、小さく息を吐いた。
「さて……次は学校の爆発修理費か……」
俺の平穏は、たぶんもう戻ってこない。