第三十話「OSより、彼女の機嫌を最適化したい」
◆深夜──俺(悠真)視点
「よし、LI◯Nを落とした」
PCの電源を落とし、深く息を吐いた。
数年間お世話になった商用OS。だが、もう用済みだ。
理由は単純明快──俺の方が強いからだ。
机の上には、自作PCのタワーケース。
冷却ファンの音はまるで野獣の吐息。中には最新世代のCPUとGPU。メモリは64GB、ストレージは超高速N◯Me SSDでRAID構成。
OS? それは俺が作ったやつ。コードネーム《GOD.EXE》。
「さあ……いくぞ、俺の最終OS」
電源を入れる。
──シュウゥゥウウ……
電源ファンが静かに回り出し、液晶に黒背景の文字列が走る。
「OSコア:起動完了」「セキュリティモジュール:展開」「自己修復AI:稼働開始」
そして──
《ようこそ、ご主人様。今日は彼女に何をしてあげますか?》
「うるせえ、黙ってろ」
思わずPCにツッコむ。なんでこんなホスピタリティ重視にしたんだ俺……。
だがここからが本番。
付き合って一日──
この世界で女子と付き合うことは、命をかけたバグとの共存だ。
「付き合ったら……なにすりゃいいんだよ」
PCの前で俺は真顔だった。
考えうる限りのカップル行動を、すべてコード化。自作OSのサジェストAIに突っ込む。
デートプラン生成モジュール
お弁当最適化スクリプト
スキンシップ確率統計学モデル
咲の襲撃タイミング予測アルゴリズム(ver3.2)
「……問題は、咲だよな……」
妹という名の公安機関。そして、俺とルカの間に立ちはだかる鉄壁の法務省。
と、そのとき。
《ピロリリリ》
「……ルカから?」
ディス◯ードを通じて、メッセージが届いた。
“明日、例の施設に潜入。準備よろしくです。あと……朝、学校で会えるの、楽しみにしてます。”
「……はぁ、可愛いかよ」
画面に顔を伏せてから、再び姿勢を正す。
彼女が待ってる──
なら、俺のすることは一つだ。
《OSアップデート中……バージョン1.0.3『カノジョ優先モード』》
「よし、完璧」
◆翌朝──
寝不足で死んだ魚の目をしながらも、俺は学校に向かった。
「……やべ、寝てねえ。つかOSに気を取られて、カップルらしい行動の正解わかんねえまま朝が来た」
そのまま登校した俺を、校門前で待っていたのは──
「おはようございます、彼氏さん♡」
ふわり、と風に乗って現れる天峰ルカ。
制服姿に、少しだけ赤いリボン。昨日までのルカじゃない。彼女、って感じがする。
「お、おう……おはよう」
俺の返事は、コンピューターエラー音のように引きつっていた。
(落ち着け、何もしなくていい。付き合ったからって、特別なことをする必要は──)
「で、朝のキスはどこでしますか?」
「スリープ!スリープモード突入!!」
「冗談ですよぉ」
ルカはくすくす笑って、俺の腕にそっと自分の腕を絡めてきた。
──教室に入った瞬間。
「ギルティィィィィィイイイ!!!!!!!!」
モニター越しに咲の絶叫が聞こえた気がした。
いや気のせいじゃない。校内放送で流れてるこれ。合法? 非合法?
「お姉ちゃん暴走してるってば!放送止めてってば!バグってるのOSじゃなくて姉ちゃんの方!!」
「このままじゃ教育委員会に吊るされる……でも見過ごせない……妹を取られた姉の復讐、ここに始まる……」
いや咲って俺の姉だろ
◆放課後、屋上──悠真&ルカ
夕焼けの中、風が心地いい。
「ねぇ……今日、ちょっとだけ楽しかったです」
「お、おう」
「学校で、誰かと普通に笑って歩いたの……初めてだったかもしれません」
ルカはそう言って、ちょっと照れくさそうに笑う。
「……ありがとな」
「いえ。こっちこそ」
風に揺れるルカの髪。その横顔を見て思った。
俺が守りたいのは、この平穏なのかもしれない。
でも──それを守るためには、また“戦う”必要がある。
◆深夜──PC前
《セキュリティレベル:ミリタリー超級に設定完了》
《計画潜入:タイムスケジュール構築完了》
《彼女満足度:不明 ※データ不足》
(それは俺もだ……)
モニター越しのルカの写真を見ながら、俺は呟いた。
──まだわからないことだらけ。
でも、それでも一歩ずつ進んでいく。
「俺がそばにいる。だから、やれるとこまでやってやろうぜ」
再度そう呟いて、俺は自作OSをスタンバイモードにした。
明日は、潜入任務だ。
愛と、自作OSと、戦闘服を抱えて──
世界のバグに、立ち向かう。