第二十七話「どういうプレイ?」
◆俺(悠真)視点
「おっ……これは……なんだ?」
――甘い香り。
ほんのり温かい。
ルカが差し出した、手作りの紅茶。オリジナルブレンドらしい。
「ふふっ、先輩のために調合したんですよ? もちろん、毒なんか入ってませんからねっ♪」
「そんなこと言われたら疑うしかないだろ」
ルカはにこにこしながら、まったく同じカップを自分でも飲んでみせた。
(……あれ? でも、それ“別のカップ”じゃね?)
俺の警戒心は、いまいち働かなかった。
理由は――たぶん、もう、意識が揺らいでたから。
「あれ……なんか、眠……い……」
「……はい、おやすみなさい、先輩」
その声が耳に届いた瞬間、世界がゆっくりと闇に沈んでいった。
◆天峰ルカ視点
私は、彼を寝かせたまま、その顔を見つめる。
机に突っ伏すように眠る悠真。
周囲はルカが確保した「個人用演習棟の空き教室」。外部との通信も遮断済み。
(……なんで、こんな方法を選んだんだろう)
最初は任務だった。
対象を勧誘し、組織に引き込む。
それだけのはずだった。
けれど――
「ほんと、バカですね……あんたは……」
私は、眠っている彼の頬にそっと触れる。
乱れた前髪を指で梳いて。
微かに開いた唇に、息がかかる距離まで顔を近づけて――
「ほんとに……可愛い顔、してるじゃないですか……」
――でも、これは仕事。これは“演技”。
私は、ポケットから小さな注射器を取り出した。
《神経インタフェース式記憶抽出プローブ》。
彼の“表示能力”と、その奥にある“真の力”を解析するためのツール。
でも。
(このままやれば、彼は……)
もし彼が“適応型意識同調能力者”なら、この注射は強烈な精神的ショックを伴う。
場合によっては、人格破綻すら――
「……くそっ、ふざけんな……っ!!」
私は床に向かってその注射器を叩きつけた。
ガラスの破片が散り、透明な液体が床に染み込む。
(違う……それじゃ、まるで……私が“彼を壊す側”になる)
「選ばせるって、言ったじゃん……」
彼に、道を。立場を。世界を。
自分で選ばせるって。
でも――そんな偉そうなこと言っておいて、
裏で薬盛って、記憶を抜く?
それ、ただの加害者じゃん。
「最低なのは……私のほうだったんだ」
◆俺(悠真)視点
目が覚めたとき、俺は――
「……何だこの状況」
上半身裸だった。
しかも、ルカが真顔で俺の上に跨っていた。
「え、え、えええええええ!?!?!?」
「ちがうんです!! これは事故!! いや違うけど!! 違うけど違わないことも……あっ!? ややこしい!?!?!?」
「おい落ち着け! 説明しろ! 説明してお願い!! 心拍数が地獄なんだが!!!」
「うぅぅぅ~~うそぉ~~!?!?! なんで、なんであたし、注射器投げ捨てたのにこのポーズなのぉ~~!!?」
ドタバタの中で、教室の扉が爆音で開いた。
「――貴様、妹をたぶらかす色ボケ野郎ッッ!!!」
「姉じゃねぇか!! ってか妹連れてる!!」
「おにーちゃああああん!! これどういうプレイ!?!?」
「プレイじゃねぇよ!!!!!」
咲が俺に飛び蹴り、澪奈はルカを羽交い絞め、俺はなぜか床に磔状態。
教室内は完全に修羅場。というか、地獄絵図。
咲「いやまじで悠真、ルカの誘惑に負けるとか正気かお前? 見損なったわわりと本気で」
悠真「俺も見損なわれたことにショックを隠せねぇよ……!!」
ルカ「いやだから違うんですってば! 未遂未遂!! 未遂ですってばぁぁぁぁぁ!!」
◆天峰ルカ 視点(後)
その夜、私はひとり端末を起動した。
《コードネーム:クロノス》
「……失敗しました。実行に移せなかった。対象の意識データも取得できていません」
《理由は?》
「……“自分の意思で選ばせたい”と思ってしまったからです」
《くだらん感情だ。破棄しろ。》
「できません。……だって、あの人が――」
少しだけ、涙が滲んだ。
それがなぜかは、わからない。わかりたくもない。
《次の段階に移行する。今度は“敵”として彼と対峙してもらう》
「……了解」
(それでも私は、きっと――)
(彼に、“私を壊して”ほしいのかもしれない)