第二十五話「すごい」
――翌日、俺の学園生活は再び揺れ動く。
始業チャイムと同時に、教室の扉がバンッと開いた。
「はじめましてッ!! 本日よりCクラスに転入してきました! 天峰ルカです! よろしくお願いしますッ!!!」
……うるさい。
教室中が軽くどよめいた。
それもそのはず、声量が完全に拡声器。あと、語尾の“ッ”が強すぎて鼓膜に刺さる。
前に出てきた彼女は、ぱっと見「ザ・健康優良女子」だった。
セミロングの黒髪をポニーテールにまとめ、身長は160cm台後半。体育会系の立ち振る舞いに、どことなく天然オーラが漂っている。
しかも――
(……でけぇ)
つい目がいってしまった。胸が主張しすぎて制服が悲鳴をあげている。
だが俺は冷静に見極めた。
(……咲には、勝てんな)
姉の圧倒的装甲には及ばない。そこだけは断言できる。
「よし、ルカさん。空いてる席に座ってくれ」
担任が促し、ルカは俺の斜め前の席にドサッと腰を下ろす。
一瞬、ちらりとこちらを見て――
「……お、お兄さんだ!」
「は?」
「え、あ、違うか! 似てた! すみませんでした!」
何がどう似てたんだ。俺はお兄さんじゃねぇ。しかもそのテンションで謝られると逆に怖い。
◆
昼休み。
ルカは弁当箱を開けるなり、うめき声を上げた。
「うっ……うぐっ……」
「どうした?」
「おかず全部、昨日の残り物です……」
「……それ、普通じゃない?」
「違うんですぅ……昨日って、カレー三日目なんですぅ……もうルゥが固体化してるぅ……」
女子にしてはだいぶワイルドな弁当だった。
なのに、彼女は本気で泣きそうになっていた。
「まあ、栄養はあるだろ。食え」
「兄貴かよ……」
「誰に言ってんだお前」
だがそんな彼女には、もうひとつ大きな特徴がある。
――能力。
授業後の実技演習、ルカはその実力を見せつけた。
対戦相手はBクラスの推薦組。
男子であればトップ層に入る実力者、いや実力バカだ。
「……いきます!」
彼女が構えた瞬間、空気がビリビリと震えた。
次の瞬間。
――ドゴオォォォォォォォン!!
地面が砕け、模擬戦フィールドに深さ3メートルのクレーターが生まれた。
煙の中からルカがひとり立ち、相手は――埋まっていた。
(えぐ……)
能力名:《圧縮打撃》
空気を一点に圧縮し、拳や足に“重力質量”をまとわせるタイプの近接特化型異能。しかも彼女の場合、コントロール精度が異常に高い。
「やべぇ……」
「いや、あいつ何者だよ……」
周囲の女子たちも、若干引き気味。
だが、それでもルカはまっすぐこちらに近づいてきて――
「先輩! 今の、見てくれましたか!?」
「いや、なんで俺に言う?」
「なんとなく……一番褒めてくれそうなオーラだったので!」
「俺、今日一言もお前のこと褒めてないけどな」
「ツンデレタイプですね!? 大好物です!」
……こいつ、大丈夫か?
◆
下校時。
一ノ瀬咲が俺を待っていた。例によって高圧オーラを纏っている。
「……どう? 転校生、馴染みそう?」
「ポンコツだけど、まあ能力はすげぇわ。ぶっ壊れ」
「でしょうね。実はあの子、“異能適応年齢”を過ぎても能力が発現しなかった“失格者”扱いだったの」
「え?」
「でも、16歳になって突然発現。しかも、異能協会が震えるレベルの出力。……正直、あの子が男子じゃなくて助かったわ」
「お前それ口に出していいのかよ」
「建前はともかく、現実は力で評価されるのがこの学園よ」
咲は一瞬だけ表情を曇らせる。
「……あなたにも、もっと“強さ”を見せてほしいわ。コピーした能力で戦うだけじゃない、“あなた自身の力”を」
「……それって」
「気づいてるんでしょ? あなたの“本当の能力”」
俺は黙ったまま、咲の視線を見返した。
そう。確かに気づいている。
“コピー”は、ただの副産物だ。
“表示”も、表の顔に過ぎない。
俺には――まだ、誰にも話していない「何か」がある。
それが何かは、自分でもまだはっきりしない。
けど、この学園、この時代、この戦いの中で。
きっと、見えてくる気がする。
◆
帰宅後、俺は部屋で自作PCを起動した。
静かに唸るファンの音が、今日の喧騒を洗い流していく。
――静かで、熱くて、確かに“俺だけの空間”。
その中で、ふと画面のログに気づいた。
《未確認データ:能力情報構造に異常接続を検知しました》
「……異常?」
警告ログには、ルカとの接触後に発生したデータの断片が記録されていた。
(……まさか、ルカの能力、俺に何か影響を?)
その瞬間、背筋に冷たいものが走る。
これはただの“転校生”の登場じゃない。
――なにか、もっと大きな変化の“始まり”だ。
そして俺は、その中心に立っている。
明日からの日々が、また一段と騒がしくなりそうな予感を抱きながら――
俺は、自作PCのLEDが脈動するのを、じっと見つめていた。