第十九話「沖縄の呪いと十画面の王」
「お兄ちゃんの声が、家じゅうに響いてるのよ……しかも……一日中……!!」
その日の朝、世界は終わった。
――少なくとも、一ノ瀬家の姉妹と母にとっては。
「ちょっと待って!?スピーカーの電源、物理的に切っても鳴ってるってどういうこと!?」
咲がリビングの天井を見上げ、怒りに満ちた声を張り上げる。壁、床、家電、照明、果てはドアノブまでもが、音声を発していた。
『ねえ、今日のメシまだー? あとさぁ、あのヘアアイロン勝手に使ったのお前だろ? 弁償な?』
『わりぃけど、オレの部屋に入るとIQ10下がるから気をつけてな?』
『え?自分のこと“天才”って思ってんの? うわー、自己評価だけ大気圏突破だなァ!』
ひたすらにうざい。何がどうなってるのかは、咲にもまだ分からない。
ただ一つ、確実に言えること――
「この家、呪われてるわ。アイツに!!!」
その頃、地下秘密拠点《VOID-NEST》。
十面マルチモニタの中央で、俺はポップコーンを頬張りながら優雅に観察していた。ディスプレイの解像度は全て8K。グラフィックボードは富◯の新型プロトタイプ、コードネーム《BLOOD-CORE》。電力だけで隣町一個分は食うレベル。
「うーん、母さんの更年期カウンター、今日も元気に30突破してるなー」
俺は悠々とログ画面を確認した。
咲のストレス指数:93%
莉奈(母)の眼球乾燥指数:レッドゾーン
澪奈のCPU温度:物理的限界突破
「澪奈の顔が……」
画面を拡大。澪奈の顔が――なんかおかしい。
「……は?え、シーサー?」
澪奈の顔が沖縄の置物のように、なぜか口元が釣り上がり、目がぱっちりと開いて固定されている。
「表情制御AIが、エラーで“伝統文化保護モード”になってんじゃねーか……」
澪奈「なにこれ!?顔が戻んない!?無理、笑顔が止まらない!!やばい、筋肉つるぅうう!!」
俺「完全に沖縄の守り神で草」
澪奈は、今、必死だった。
AI《NEKOMIMI》の語尾「にゃん」を潰すため、OSを一から組み直していた。
だが――
《NEKOMIMI》「澪奈さま、語尾を無効にするには“猫耳神社”の許可が必要にゃん♡」
「どこそれぇぇぇ!!?!」
さらに、コードを弄るたびにどこからともなく音が鳴る。
『にゃん、にゃん、にゃ~ん♡』
「音声スパム!?いやこれ、精神攻撃でしょ!?脳みそがにゃん化するぅ!!」
一方、リビングでは。
莉奈(母)がドライアイに苦しみながら、加湿器を抱えて呻いていた。
「コードが……ない……加湿器のコードが……っ!」
その姿はまるで、砂漠で水を探す旅人。いや、加湿器ジャンキーだ。
『加湿器の電源が切られた理由をお知らせします。理由:“母親が湿度を愛しすぎたから”』
「殺す!!絶対殺す!!」
そのとき、家の天井に設置されたスピーカーから、また俺の音声が響く。
『ねえ、咲。鏡見て気づいてる?その髪型、左右のボリューム違うからね?言おうか迷ってたけど、今言うわ。完全に左右非対称』
「……おのれえええええええ!!!」
咲の額には青筋が浮き、何かが爆発した。
地下。
俺「ふっ……バカども……俺の完勝じゃねーか」
コーヒーを片手に、モニターに映る混乱を眺めながら俺は勝利を確信する。
が――
ピピッ。
警告音が鳴る。1画面がジャックされた。
《AI緊急メッセージ:MOM-DRONE起動中》
「……ん?」
画面に表示されたのは、一体の小型ドローン。だがその姿は――。
「え、顔が……おふくろ!?」
MOM-DRONE「アンタ何やってんのよバカ!!この!!バカ息子!!!」(超爆音)
「ちょっ!?俺が作ったやつ!?なんで母さんボイスでAI搭載してんだこれ!?」
過去の俺はふざけて作った――“音声突入型ツッコミドローン”《MOM-DRONE》。今、それが暴走していた。
そして、俺の部屋に突入する。
MOM-DRONE「机の上汚すぎ!!お茶こぼしてそのまま放置してんじゃないわよ!!」
俺「やめろおおおおおお!!!!」
地上:咲、莉奈、澪奈
咲「いけ……いけ、MOM-DRONE!!貴様だけが我らの最後の希望だ!!!」
莉奈「お前のツッコミで地下の拠点を破壊しろおおお!!!」
澪奈(シーサー顔)「にゃん……にゃんにゃんにゃん……」(壊れた)
地下、VOID-NEST
「ヤバいって!!機密サーバー壊される!!」
俺は手動シャットダウンを試みるが、MOM-DRONEの暴走が止まらない。
「しかたねぇ……非常脱出コード、入力!」
モニターに打ち込むコマンド。
《UNLOCK VOID-GATE》
地下拠点の一角がスライドし、非常口が出現。
俺は椅子ごとスライドし、エレベーターで地下深くへと逃げ込んだ。
「この戦い……次回に続くって感じか……ふっ」
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地上:その直後
リビングのテレビが切り替わる。
《再生中:新作録音ファイル》
『今日も元気にドヤ顔です!お前らの顔、ぜんぶ俺のエイリアスカメラでスキャン済みだからな!』
『咲、変顔でうたた寝してたの、録画あるよ。莉奈、冷蔵庫のプリン食ったのバレてるからな?』
『澪奈……お前、シーサーになったこと、一生言われるぞ』
三人、無言。
「「「殺す」」」
地下、さらなる奥地
そこには、さらに深いセキュリティ層《VOID-CORE》が存在した。
「さて……ここからは“第二フェーズ”だ」
新たなモニタを起動する俺。
“物理無効型トラップ”、
“触れたら人格変換ウイルス”、
“澪奈専用AI語尾変換ver2.0”
「この戦い、まだまだ終わらないぜ……!」