第十七話「ガチ目のデジタル戦略?」
「……え、ちょ、待って。なにこのAI、バグってんの?」
咲の部屋に響く声は、もはやギャグレベルだった。
『咲さま、よく眠れましたにゃん? 本日の気温は、あったかにゃんよ〜♪』
「いやあったかいとかじゃなくて、語尾がキモいっての!!てか誰!?私のAIに何したの!?」
彼女は机を叩きながら、部屋の隅にある管理端末をいじり倒す。だが、どれだけ弄っても設定画面すら開かない。
一方その頃――リビングでは、莉奈が目薬を探していた。
「……え、ウソでしょ。加湿器、全部止まってるじゃない。目が……乾く……。はぁ?」
さらに悪いことに、床暖房は春モードでぬくぬく。冷え性の咲にはありがたいが、莉奈には暑すぎる。
「誰よこれ設定したの。私、ドライアイで有名なのよ?あの病院界隈では」
そのとき、家中のスピーカーから――俺の録音したフルボイスが大音量で炸裂する。
『おはよう家族!!! 今日も元気に地獄を楽しもう!!! 起きろォォオ!!!』
「やっぱりあいつだろ!!」
「……まさか、アイツ、生きてるの?」
「今の声……録音……だよね……?」
莉奈と咲が顔を見合わせる。
そして、三人のうち一番冷静な、ある意味一番恐ろしい――澪奈が、端末の前に座っていた。
「データ改ざんの痕跡がある。バックドアから侵入された。……アクセス元、特定できない。けど、場所は……多分……」
彼女がキーボードを叩きながら冷静に分析を進めるが、その目には焦りがにじんでいた。
「……どこにも、いない。家のセキュリティ網に、奴の影は一切存在しない」
その言葉に、咲と莉奈が反応する。
「いない? どういう意味?」
澪奈は、少しだけ視線を上げて言った。
「……データ上は“今”存在してない。少なくとも、この数週間で徹底的に“抹消”されたわ。戸籍、住民登録、通学履歴、監視カメラの映像すら――まるで最初からいなかったみたいにね。でも……それが“真実”じゃないのは、私たちが一番わかってる」
「……何それ、ホラー? データにいないけど、嫌がらせだけはしてくる存在って……」
「いや、つまりアレでしょ。アイツ、地下にいる」
「……え?」
「私たちが“認識”できない場所。カメラの死角、システムの圏外、全てから隔絶された拠点――」
その瞬間、モニターの一つがブラックアウトし、代わりに表示されたのは、いたずらっぽく笑う俺の顔写真と共に――
『NEED A HUG?』
『STILL NOT DEAD :)』
「……アイツ……本当に、地下で生きてる……」
「ねえ、今から見つけ出して潰す? 地下でも地中でも、地球ごと引きずり出せば――」
「無理よ。今は、完全にやつのターン」
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地下拠点。
「ようやく気づいたか、お姉様方。……遅ぇよ」
俺はチップスを片手に、モニターに映る三人の困惑顔をつまみに、冷えた炭酸をゴクリと流し込む。
「はぁ~~。生きてるって最高だわ」
視線を巡らせると、拠点内はすでに“戦闘状態”へ向けての準備がほぼ完了していた。サーバーは唸り、AIは稼働中。試作兵器《VIRAL-LANCE》はまだ調整中だが、攻撃能力としては十分。
解析装置《ECHO-CORE》は、着々と澪奈の《領域ジャミング》のデータを模倣・整理していた。
「コイツが完成すれば、あの鬱陶しい遮断能力も、逆手に取れるってわけだ」
“能力コピー”は、相手が強ければ強いほど意味を持つ。最適化処理された後の能力は、“本家以上”になる可能性すらある。
「ま、自業自得だろ」
俺はまたもモニターを切り替える。表示されるのは、豪邸の冷蔵庫。
「納豆、梅干し、納豆、ヨーグルト、納豆……うん、芸術的だな」
その横で、AIが再び悪ノリモードに入っている。
『おかえりにゃん♪ 咲さま、お風呂は湯温42度にゃん♡』
『莉奈さま、目薬代わりに涙をどうぞにゃん♪』
『澪奈さま、冷蔵庫がまた納豆に侵食されたにゃん。デトックスにゃん?』
……くっくっく。
最高だろ、この“デジタル嫌がらせ”。
(でも、俺はただのイタズラ少年じゃねぇ)
ふざけた笑いの裏にあるのは――徹底した復讐と、生存の戦略だ。
奴らが“家族”という言葉で俺を殺しに来たのなら、今度は俺が“存在”で勝負する。
誰も俺の存在を証明できないなら、逆に誰よりも自由に、誰よりも強く――戦える。
「次は、誰が来る?」
俺は立ち上がる。
ECHO-COREの起動音が、静かに拠点に響く。
「データで殺された存在なら、データで蘇ってやるよ」
“地味で”“姑息”な、でも“最強に現代的な”この戦い。
リアルはもはや、戦場だ。