第十六話 「現代のデジタル戦争」
「……ッざけんなよ」
独りごちた声が、地下に反響する。
地表にあったはずのコンテナハウス――唯一の安息地、拠点、秘密基地。それがごっそり撤去されていた。
ポツンと立てられた立札に、「市の再開発により撤去済」との文字。なお、そんな再開発計画、俺は一切聞いていない。
(……ふざけやがって)
姉、妹、母。家族とは名ばかりの、俺の命を執拗に狙ってくる人たち。今までの奇襲、拷問スレスレの尋問、そして家ごとデータ改ざんという、精神に来る系嫌がらせ。
でも――
「俺の負ける姿、見たことねぇだろ?」
そういうこともあろうかと、地下に作っておいた。真の拠点。
俺は、地面をパカリと開ける。土の下から冷たい階段。隠し扉の向こうには、静寂に包まれた秘密基地が広がっている。
「ようこそ、俺の隠れ家へ……って誰もいねーけどな。ひとりごとにも華がねぇ」
階段を降りながら、あちこちに設置したセキュリティ機器の起動を確認。指紋、声紋、網膜、脈波、ありとあらゆる生体情報認証を通過し、最後にパスワード入力。
『WELCOME BACK MASTER』
文字が浮かび、目の前に機械仕掛けのドアが音を立てて開く。
そこに広がっていたのは――
一面モニター、解析装置、AI補助端末、試作中の兵器もどきに、無意味にデカいスピーカーと、サウナまで完備された男の夢を詰め込んだ空間。
「ただいま、俺。……こっちは無事か」
皮肉だよな。俺の“本当の家”は、元々あの城みたいなデカい豪邸だったんだよ。
でも、気づいたら“記録上”存在しないことになってて、俺だけ「元からこのしょぼいコンテナに住んでましたよ?」みたいな扱い。
(マジで地味な嫌がらせに全力投球しすぎだろ……。逆に尊敬するわ)
つまり、あの豪邸には今――俺以外の家族三人が、まるで俺など最初からいなかったかのように住んでいるってことだ。
データを改ざんしたのは、多分澪奈。妹。能力も、根性も、頭の回転も恐ろしいやつだ。
でもな?
「データ改ざんってのは、されるもんじゃねぇ。するもんなんだよ」
俺はニヤリと笑い、キーボードを叩き始める。カタカタ、カタタタン――
地下拠点のサーバーは、元々“元実家”の中枢システムとゆるやかに繋がっていた。防犯、生活サポートAI、管理カメラ、全て一元化されているセキュリティオタク仕様。
で、俺はというと。
「ふっふっふ。豪邸の冷蔵庫の中身を、全部納豆に変更っと」
「温度設定を、微妙に30分おきに上下させて、睡眠の質をガタ落ちにして……」
「ついでに朝6時に、全スピーカーから俺の『目覚めろ家族』ボイスをフルボリューム再生……っと」
愉快痛快。完全に嫌がらせ目的のデジタル戦争。
「一ノ瀬咲、冷え性だったよな……床暖房、春モードにしとくわ」
「一ノ瀬莉奈は、ドライアイだったな?加湿器全部、オフな」
「澪奈……お前は、そうだな。部屋のAIを“語尾が全部『にゃん』になる仕様”に改造しておいてやるよ」
たった今、「おかえりにゃん♪ 澪奈さま、機嫌はいかがにゃん?」って声が豪邸中に響いてると思うと、ちょっと笑える。
モニターのひとつに豪邸の中の様子が表示され、三人がそれぞれブチギレている様子が映った。
「ちょっと!? エアコンどうなってんのよ!?」
「咲! お母さん! なんかAIが壊れた!ずっと語尾が『にゃん』って言ってるんだけど!」
「お前ら……コレ、絶対あいつだろ……!!」
やっと気づいたか。お前らの弟、まだ生きてるし、めっちゃ元気だぞ。
俺だが。
---
嫌がらせタイムが一段落し、俺はソファにドサリと体を投げ出す。
あばらは痛ぇし、肩もまだ完全には治ってないけど――これでちょっとは気が晴れた。
(でも……やるべきことは、山ほどある)
俺はゆっくりと立ち上がり、壁の奥に設置された“とっておきの装置”に歩み寄る。
「解析装置《ECHO-CORE》。そろそろ起動試験してみっか」
これは、俺が自作した“能力模倣の自動処理ユニット”。
《情報表示》と《演算蓄積》の合わせ技でコピーした能力を、高速かつ安全に再現し、最適化するサポートをする――言うなれば俺の“第二の脳”。
「澪奈の《領域ジャミング》……あれの再現を本格的にやる」
アイツの力は危険だ。だが、それを完全に手中に収めれば、こっちが優位に立てる。
(そして……次に襲ってくるのが誰か知らねぇが、今度はマジで“狩る”)
この地下拠点を“戦場”にする準備は、もう整いつつある。
“奴ら”が仕掛けてきたのなら――
今度は、こっちが“本気でやる”。
――ゲームのルール、俺が書き換えてやるよ。
そして、誰よりも先に、俺は《次の戦争》に向けて、一歩を踏み出した。