第十二話『あの女、ガチで殺りにきた』
目が覚めたとき、コンテナの屋根にポツリと雨音が響いていた。
外は曇天。体は重く、昨夜の“透明いたずら大作戦”の疲労が残っていた。が、あれはあれでスカッとした。
姉と妹の寝顔を見ながら、「ざまあ」と呟いて眠りに落ちた俺だったが、どうやら――それがまずかったらしい。
ガチャ。
ドアが開く音がして、俺は反射的に身を起こした。
「……よく寝てたわね、クソ弟」
咲だった。
しかし、いつもと違った。
服装は私服じゃない。黒の戦闘スーツに、背中にはあの槍――いや、もっと禍々しい何かを背負っている。
目が笑ってなかった。
「……お、おはよう?」
「おやすみを言いに来たの。永遠にね」
いやいやいや、殺意高っ!
「いや、ちょっと待てって、咲さん!? 寝起きに殺しに来るのやめません!? ほら、妹さんと一緒に起きて――」
「みおな? あの子なら家で寝てるわ。今回は私のターン」
そう言って、咲はスマホを取り出して通信を始めた。
「こちらコードB-07、対象位置確認。即座に殲滅許可を」
……え?
「え、え、まさかとは思うけど、それ、姉の仕事仲間とかじゃないよね?」
「うん、殺し屋チーム。うちの組織の精鋭。全部“私の判断”で呼んだ。だって、あんな“恥”かかされたんだもん」
……あ、これ詰んだわ。
それから数分後。
森の中の廃道に誘導された俺は――地獄を見ていた。
「ターゲット確認。戦闘開始」
「了解。右から制圧入る」
「捕獲優先だが、致死は許容」
四方八方から現れたのは、黒尽くめの連中。見た目はどう見ても“対異能戦闘部隊”。中二病が喜びそうなやつ。
《透明化》で逃げようとしたが、赤外線センサーとか音波探知とか、物理で対策されてて通用しない。
くっそ、今までどれだけの異能者を狩ってきたんだ、コイツら。
「《閃光封鎖》。対象視覚阻害」
「《拘束弾》。行動範囲制限」
次々と襲いかかる光弾と鎖。俺はギリギリのところで回避するが、次第に削られていく。
「くそっ、こんな……!」
《情報表示・能力コピー》を駆使して何度か反撃を試みたが、相手の連携がやばすぎる。誰かが前に出れば、誰かがフォローに入る。狩り慣れてる。まるで軍隊だ。
そして――ついに。
「《絶対反射・応用展開》……"対能力型拡張槍"、展開」
咲が前に出てきた。その手には、前回の槍とは比べ物にならない漆黒の武器。
「覚悟はできてる?」
「ま、まっ――」
その瞬間、体が宙を舞った。
反射された攻撃を、さらに増幅してぶつけてくる。俺の防壁術式も瞬時に砕け、爆風と共に吹き飛ぶ。
肺に風が入らない。地面に転がった瞬間、意識が白くなる。
「……ぐ、ぁ……」
視界がぼやける。足が折れてる。たぶん肋骨も。口の中に血の味が広がる。
「“ちょっと叩いてやった”程度で調子に乗るから、こうなるのよ」
咲の声が、遠くで聞こえた。
「いい? 悠真。アンタ、これでわかったでしょ? この世界に“舐めていい人間”なんていないの」
言葉が刺さる。
だが、俺は……目を閉じるわけにはいかなかった。
「……っ、まだ……終わってねぇ」
「……は?」
「俺は……ただのコピー屋じゃねぇ。偽物でも、限界でも、どうせお前らの下位互換でもいい」
ぼろぼろの体で、俺は膝をつく。
「それでも――ここで死んでたまるかよ」
俺の掌に、光が集まる。
コピー能力《蓄積演算》。前に手に入れた、“分析強化”系のスキル。
一度で駄目なら、百通り考えて、千通りの選択肢を掴む。たとえ今は無力でも、情報は俺の武器だ。
「やる気ね……なら、とどめを――」
「待って、姉さん」
静かに割って入ったのは、みおなだった。
だが、そこには涙も動揺もなかった。
咲の横に立ち、俺を見る。その目は、冷たい。
「……今、ここで殺すのは得策じゃない。情報が足りない。悠真が何を見て、何をコピーしているか。それを解明してからでも、潰すのは遅くない」
「……戦略的判断?」
「ええ。姉さんの“恨み”はわかるけど、私情で動けば、また隙を突かれるよ。前回の“透明いたずら”みたいにね」
咲はしばらく黙っていたが、やがて槍を消す。
「……了解。なら今回は見逃す」
みおなが咲を見た。
「ありがとう。理性、残っててよかった」
そして、俺に向き直る。
その顔は、もう“妹”のものじゃなかった。
「次はないよ、お兄ちゃん」
その言葉が、何より冷たく、何より鋭かった。
咲とみおなは、そのまま背を向けて消えていった。
俺はその場に崩れ落ちた。
どくどくと、鼓動が全身に響いていた。
生きている。それだけが、確かな事実だった。
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その夜。
コンテナの中で、俺はぼろぼろの体を横たえていた。
「はは……痛ぇ……けど、生きてる」
笑えてくる。姉も妹も、“情”じゃなく“理屈”で生かした。それが、逆に恐ろしくもあった。
「……次は、こっちの番だ」
姉の組織。咲の正体。みおなの判断。
全部ぶっ壊すには、もっと力が必要だ。
俺は、再び目を閉じた。
まだ、終わっちゃいない――この人生も。