第十話「能力バレ」
家に戻ったのは、試合から二日後の夜だった。
――いや、正確には「コンテナハウス」に戻った、が正しい。
大会で勝ち上がったというのに、家族から連絡は一切なかった。母からの祝福も、姉からの皮肉も、妹からの軽蔑もなかった。
それは逆に、不気味だった。
だから一度帰ろうと思った。ただの確認のつもりだった。どうせ顔を合わせたくもないし、向こうもそうだろうから、寝て朝になったらすぐ出る予定だった。
コンテナのドアを開ける。狭く、古びていて、まるで物置の延長にしか思えない。布団も薄い。だが、今夜は疲れていた。深く考える余裕もなかった。
静まり返る深夜。時刻は午前一時を回っていた。
外は風が強く、トタンの壁を叩く音がリズムのように響いている。
俺は布団にもぐり込んだ。
――その瞬間だった。
「……音が、しない?」
違和感があった。
風が吹いているはずなのに、音が途切れた。完全な静寂。何かが“消された”ような不自然な空気。
俺は、ゆっくりと瞼を開けた。
……ドアが、開いている。
閉めたはずのコンテナのドアが、静かに開いていた。
そこに、二つの影が立っていた。
「……」
言葉はなかった。が、その目を見た瞬間、俺の体は本能的に跳ね起きていた。
「お姉と……みおな……?」
夜目にもはっきりわかる。
――殺気。
咲の手には、黒い槍。能力《絶対反射》の応用――反射構造を一点収束させた「侵入無効化の刺突兵装」。
みおなの手には、糸のように揺れる赤い光。精神系能力《人間操作》の派生型、“認識干渉”。
その両方が、俺に向いていた。
「おかしいと思ってたのよ、悠真」
咲が口を開いた。静かで、冷たい声だった。
「男のくせに、あんな勝ち方するなんて。見せ場が多すぎた」
「……バレた、か」
「当然でしょ。私、観察力だけは母譲りなの」
その瞬間、みおなが言った。
「能力、コピーなんでしょ?」
ドクン、と心臓が跳ねた。
「どうせ“情報表示”は偽装でしょ? 本命はコピー。ねえ、見てみたかったなあ……私の能力を使ってる悠真」
その目は、獲物を眺める蛇のようだった。
「だからさ、死んで?」
言葉の直後、咲が飛び込んでくる。
速い!
《直感補正・起動》
体を反転させ、布団ごと後方に転がる。コンテナの狭さが逆に幸いし、咲の槍が壁を貫いた。
「っち……逃げんじゃないわよ!」
「悠真……お兄ちゃん……さよなら」
みおなの赤い糸が、空中に螺旋を描いた。触れた瞬間、精神を壊す“操作干渉”。
《構造分析・即時展開:防壁術式・簡易版》
俺はコピーした《構造変化》能力の一部で、腕に“盾”を形成。赤い糸をぎりぎりで防ぐ。
「やっぱり、コピーしてるじゃない!」
「悠真、お前……なんで隠してたのよ!? 家族に嘘つくとか、最低!」
最低、ね。
ふざけんな。
「隠すしかなかったんだよッ!」
叫び返すと同時に、窓の小さな明かりから一瞬でも外を視認。逃げ場はある。
俺は、力いっぱい窓に突進した。
咲の槍が飛んでくる。みおなの糸が追う。
ギリギリのところで、俺は窓を蹴破った。
ガラスの破片が頬をかすめる。痛みと風が同時に襲う。地面に転がり落ちたが、立ち上がる。
心臓が爆発しそうだった。背中に殺意を感じる。
咲の声が響いた。
「逃がさないわよ、化け物」
みおなの笑い声が重なる。
「男のくせに……目立ちすぎだよ」
「目立たないと、生きてけなかったんだよ……!」
俺は、走る。
ただ、走る。
星も見えない夜だった。だが、俺の中にだけは――確かに火が灯っていた。
『このまま殺されてたまるか』
俺は、生きる。
この力が呪いでも、贋物でも。
その“偽り”を力にして――俺は、必ずこの世界をぶっ壊す。