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岩屋の砦 - 散華の譜

作者: 島津義弘

天正十四年(1586年)秋、筑前の空は重く垂れ込め、吹き抜ける風は冷気を帯びていた。九州の覇権を狙う島津氏の軍勢は、今や筑前を飲み込もうとしていた。その進撃を阻むべく、小早川隆景や毛利輝元らの援軍を待つ大友氏の命を受け、高橋紹運は岩屋城に籠城していた。


岩屋城は、険しい山中に築かれた小規模な山城であった。背後には断崖が迫り、正面も急峻な斜面に守られている。しかし、城兵はわずか七百余。対する島津勢は、島津忠長を大将とし、二万を超える大軍であった。圧倒的な兵力差は、誰の目にも明らかだった。


城内では、紹運が兵士たちを鼓舞していた。


「我らは大友家の盾、ひいては九州の安寧を守る要である。この岩屋を、島津の侵略を食い止める最後の砦とするのだ!たとえこの身が朽ち果てようとも、一歩も引くことは許されぬ!」


紹運の言葉は、力強く、城兵たちの心に深く染み渡った。彼らは、紹運の武勇と人柄を敬愛し、その命令には命を懸けて従う覚悟を決めていた。


一方、立花山城では、紹運の嫡男・宗茂が焦燥の色を隠せずにいた。父の危機を知り、幾度も援軍を送ろうと試みたが、島津勢の厳重な包囲網に阻まれ、身動きが取れずにいたのだ。


「父上…!」


宗茂は、遠く岩屋の方角を見つめ、歯を食いしばった。彼の胸中には、父を案じる気持ちと、何もできない自分への憤りが渦巻いていた。その時、家臣の内田鎮家が進み出て、ある献策を申し出た。それは、敵を欺く大胆な策であった。


十月、島津勢の猛攻が始まった。鬨の声が山々にこだまし、無数の矢が城壁に雨あられと降り注いだ。鉄砲の轟音と硝煙が立ち込め、戦場は地獄絵図と化した。


高橋勢は、持ち場を死守し、必死に応戦した。城壁の上から石を落とし、弓矢で敵兵を射抜き、鉄砲で応戦した。紹運自らも槍を振るい、敵兵をなぎ倒した。その勇猛果敢な姿は、敵兵をも畏怖させた。


その頃、内田鎮家は数名の兵を率い、島津の本陣へと近づいていた。彼は白旗を掲げ、降伏を装い近づくと、隙を見て懐に忍ばせていた短刀を抜き、周囲の敵兵を斬り伏せた。混乱に乗じて火を放ち、本陣は大混乱に陥った。宗茂の奇策は、見事に功を奏したのである。島津勢は一時的に動揺し、攻撃の手を緩めた。


しかし、島津勢の兵力は圧倒的だった。混乱はすぐに収束し、再び猛攻が始まった。城壁の一部が破られ、敵兵が城内に侵入してきた。高橋勢は、数で劣る中、懸命に防戦したが、次第に押し込まれていった。城内は至る所で激しい白兵戦が繰り広げられ、血と硝煙の匂いが充満していた。


紹運は、もはやこれまでと覚悟を決めた。城兵たちを集め、最後の訓示を与えた。


「皆、よくぞ戦った。お前たちの忠義と勇気は、後世まで語り継がれるであろう。もはや、わしについてくる必要はない。生き延びて、この戦の真実を語り継いでくれ。」


しかし、城兵たちは誰一人としてその場を離れようとはしなかった。「殿と最後まで共に戦います!」彼らの目に宿る決意は固く、紹運の心を強く打った。


紹運は、静かに刀を抜いた。その刃は、月光を浴びて冷たく光っていた。彼は、最期の時を悟り、静かに目を閉じた。そして、深呼吸を一つすると、自らの腹を深く刺し貫いた。壮絶な最期であった。


岩屋城はついに落城した。しかし、島津勢も多大な損害を被った。この戦いで時間を費やしたことが、後の豊臣秀吉の九州平定に大きな影響を与えることとなる。


立花山城では、父の訃報が届き、宗茂は深い悲しみに沈んでいた。しかし、彼は父の遺志を継ぎ、武将として生き抜くことを心に誓った。父の散華は、宗茂の心に深く刻まれ、彼の人生を大きく変える出来事となった。


その後、宗茂は豊臣秀吉にその武勇を認められ、立花家の家督を継ぎ、大名として取り立てられた。関ヶ原の戦いでは西軍に与したが、徳川家康にその武勇を惜しまれ、再び大名として返り咲いた。


岩屋城の戦いは、高橋紹運とその家臣たちの壮絶な戦いとして、後世に語り継がれている。そして、この戦いを経て、立花宗茂はさらに大きく成長していくのである。父の背中を追いかけ、武将として、人として、大きく成長していくのである。

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