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記憶の彼方-4

記憶の彼方-4



いつも疑問に思う事がある。

それは「普通って何?」って事。


今まで激しい怒りとか感情なんて、

生きていく上で、ものすごく邪魔なものとしか、

考えてなくて、そんな力があるんなら、

一気に使うんじゃなくて、細く長く使って

無駄な力を出来るだけ減らしていければ

効率よく生きていけるからいいって、思っていた。


その方が人生、得なんだって、

ずっと思っているし、

今後この考え方は変わらないだろうって思っている。


だって、そうだろ?

勢いに任せて、感情をぶつけたからといって、

何か好転する事なんてある?


それは単なる自己満足で、

一人でマスターベーションしてるのと、

同じ事だって思うから。


(感情をすぐに頭に持って行くから、激情するんだ。

 腹に一度、入れて頭に入れていけば、怒る事もない。)


これが僕、つまり椿 理央の生きる処世術でもあったりする。



僕の一日は、「ごきげんよう。」で始まり「ごきげんよう。」で終わる。

この学校の一日はこの言葉で始まり、この言葉で終わっていく。

おはようでもなく、バイバイでもなく。


なんとも言えないこのぬるい感触。

始まりでもなく、終わりでもなく。

機嫌がいいのか?悪いのか?

それさえも見えなくしてしまうのが、

この言葉でまるで魔法の言葉だ。


僕には打ってつけの言葉だ。


(まるで、無駄がない。)


僕は心からそういうものを求めていたんだと思う。


あの変な出来事から、僕は絶対にどんな事があっても、

迎えの車が学校まで来るまで、

帰らないことにした。


変な人がいて。。。って言えば、

母は、すぐに僕専用の運転手を探して、

車も用意してくれた。


(実際、変な奴いたし。。嘘じゃないし。)


自分の体を勝手にされて、たまるか!という

少しは残っていた男のプライドみたいなものが、

許さなかったというか。。


(男に向かって、可愛いってなんだ?)


小さい頃なら、分からんでもないけれど、

確かに僕は小さい時から、小柄であまり食べなかったから、

母はすごく料理に手をかけて、

嫌いな物でも、僕が分からないように食べさせてくれていた。


今ではそんな事は絶対にしなけど。

まずお互い忙しいし、殆ど顔を合わせる事もない。

それに、お手伝いの人が全部、母の代理をしてくれるし、

今更、母親に手伝ってもらわないとダメな年でもないから、

こうやって、ある程度放置してくれる事がすごく助かっていたりする。


この母との微妙な距離感も、僕にはとても心地よいものだから。

先の事なんて、尚更考えてもなくて、

どうせ、母親の言うとおりにしか、僕

はしないんだろうって思っている。


僕にはそんな、人生経験なんてないし、

する勇気もない。

言われたとおりにしている方が、

気が楽だし、その方が絶対に合っているんだと思う。


一時の感情に任せて、反抗するよりも

長い目で考えていけば、親の言うとおりにしていた方が、

その時は、反抗心があったとしても、

後々を考えればよいと思えるに決まっている。

それが僕の為でもあるんだって。


僕の周りにいる人間たちも

友達ともいえるだろうか?

分からない相手は数人いるが、

そういう相手でも今後も、付き合いは母を通じてだろうけれど、

続いていく連中だ。


こいつ達とも、程よく仲良くなっているのも、

今後の僕の為でもあるから、母がやっているように、

僕もやっていけばいいと思っている。


いい見本が目の前にいるんだし。。。


だから、不満なんて全くなかった。

(こんなに無駄が無く、心地よいのに・・・)


僕は今、授業中でもあるけれど、

この内容はもう、家の家庭教師に教わっている内容で、

僕にとってはとても、退屈で無駄にしか思えなかった。

でも、サボるなんて勇気はないから、

じっとしてこの時間が流れ去るのを、

待っているだけでいいんだ。


何にも苦にならない。


喚いたって、おかしい奴って、

みんなから弾かれるだけだから。


なら、黙ってついていく方がいい。

そうしたら、誰も僕を弾く事はないから。


隠れて本を読むのもだるい。

人の考えなんて、時間と共に変わっていく。

現に僕の母親がそうだ。

初めからああじゃなかった。

でも、段々変っていった。


その瞬間を焼き付けてしまう、

本や写真は、僕は苦手だ。

そんなのしたって無駄だろ・・・。


そう思わないか?


過去は取り戻せないんだから。

だったら、建設的な考えとして、

合理的に生きて、無駄を省いていく方が

よっぽど、未来的展望が明るいと、

思わないか?


ある意味、僕も母の影響で毒されているかもしれない。

でも、母は成功している。

それに結果を出して、社会は認めてもいる。

だから、僕はこの方法は間違っていないって思っている。


(どんな時も臨機応変に行かなくちゃ。)


風だって、自由であって自由ではない。

鳥だってそうだ。

そう思っているのは、人間だけだから。


いかに抵抗を少なくして生きていくかが、

一番大事な事なんだと思っている。


僕は今まで少しだけ、諸角に興味があったけれど、

興味といっても、人間的に何を考えているのか?とか

どうしてタブっているのか?とか

授業を寝てばかリしてるのはなぜか?

そんな程度だった。


この間の事件で(僕にとってはそれくらい大きな出来ごとだったから。)

彼は僕の考えを一気に覆してしまうような、

危険な人間だって、よく分かった。


危険なら近寄らなければいい。


それだけのことだ。


あの時は、僕は一人だったから、

怖かっただけだし、

いつもは、誰かが僕を守ってくれて、

家にまで連れて帰ってくれる。


母も僕はこれからのビジネスで必要だから、

僕の要件をちゃんと飲んでくれる。

そうやって、僕は上手くやっていけばいいだけだから。


もろずみは隣で、やっぱり寝ているけれど、

僕はもう気にしない。

それより向こうの青々として、

どんどん、緑を濃くするたくさんの葉が

揺れるのを見ている方が、

楽しかったりする。


多方面・多方向に伸びているように見えるが、

彼らも無駄がないように、本能で合理的に、

規則正しく計算されて、伸びていっている。


風に揺れれば、そこで一番いい無駄のない選択を

彼らも、そうやっているだけだ。


僕もそうなれば、いいだけだ。


そう思っていると、あの木々達も、

愛らしく、応援してしまいたくなる。

一生懸命その本能でベストポジションを探し、結果

合理的な動きとして、僕たちの目に飛び込んでくる。、

自然の生態系でさえ、こんなに計算されているのに、

僕もその中の一員なのだから、

もっと、その考えの自信をもって

いつでも貫いていける強さを持たなくては・・・、

考えさせられる。


そして、自分の考えが正しかったのだと、

彼らは僕を励ましてくれて、

同意してくれているように見えて、

微笑ましい気持ちで自然と笑みがこぼれてしまう。


こういう時間が僕にとってはすごく大事で、

ほのぼのとして、椿 純子の息子という代名詞がつく僕じゃなくて、

一人の人間として、ゆったりとほのぼのと、

心洗われる時間で、とても大事なものでもあるんだ。


確かにあんな事はあったが、

僕が考えている事が間違っていないという事を

再認識させてもらえたという意味では、

ある意味、有り難い事かもしれない。


悪く取ってしまっては、全て意味がなくなる。

それより、もっと大事なものがあると、

僕は気づけたんだから。。。


とても、清々しい気持ちだった。

生まれ変わるというのは、

こういう事も意味してるのだろうか?


「お前、ほんと、笑ったら可愛いな。」


不意を突かれた。


(何、それ?)

目の前が真っ暗だ。


さっきまでの優雅な耽美ともいえる僕の美しい世界が一瞬にして、

暗闇の光ない世界に色を失っていくのが、

肌で感じる。


ズンっと重いものを頭に乗っつかってきたみたいだ。

顔が緊張で強張っている、緊張もしてる、自分でも判った。


(も、諸角?)


一瞬にして氷結してしまった、僕の顔がギギギギっと

向きたくないが、ブリキのおもちゃが無理やり動かされているような、

そんな乾いた音が聞こえてきた。


絶対に僕の意志ではない。

見たくないけれど、自分の顔に妙な吸引力受けて、

ある一定方向に引っ張られている。


(か、勝てないかも。。。)


その先にいるのは、

やっぱり、諸角だから。


僕は抵抗した。

でも、そんなのはこれこそ無駄というべき抵抗で、

僕の力では到底勝てないくらい強い眼力で、

僕の顔の方向は、諸角の目線の方向で止まった。


目が合った。


氷結が硬直に変化する。



(さっきまで、寝てたじゃないか!)


諸角は僕をじっと見ていた。


「なんですぐ、変わるかな?面白くね〜よ。」

諸角はそういって、プイッと俺と反対方向に顔向けて、

また自分の腕を枕に、眠りに入った。


僕はまだ硬直している。


諸角、彼の言っている言葉が全く理解できなかったから。


(面白い?面白くない?変わる?何が?)

(はぁ?)


この前といい、この諸角という人間は、

なんなのだろう?


僕は外を見て、心を和まし、

自分の考えの正しさに満足していただけだ。

決して彼を見ていた訳ではない。

彼はじっと、僕を見ていたかもしれないが、

僕は全く眼中になかったんだ。


なんという木々の動き・強さの無駄の無さに感動して、

心から感じて、愛でていただけだ。

これは、人として素晴らしく、至高の一時でさえあったと思う。

これ程までに無駄を嫌うこの僕が、この時間は無駄にしてもいいほど、

あの木々と空と光の僕に対する気持ちを感じていたい、

生命の力強さと僕のこの気持とリンクさせていた

有意義な時間を。。。


それなのに、この諸角は、僕の大事なこの時間さえも、

壊していく。


そんな権利が君にあるのか?と、

大声で彼に言ってやりたいくらいだった。


僕は確かに、この授業は真面目ではないかもしれないけれど、

諸角ほど、授業を邪魔して、先生の妨害をしている訳ではない。

聞かなくてはいけないところは、ちゃんと聞いている。

外を見るくらい、許されてもいいはずだ。

誰だって、それくらいしてるじゃないか。


(時間をちゃんと、有効利用しているだけだ。)


この間の事だって、僕は誰にも言っていない。

(というか、話せないっていうのもあるが。。。)

彼にとっては、単なるキスかもしれないけれど、、

僕はあれば、初めてのキスでもあったんだ。


なかった事にしていたんだ。

事故にもならない事故のように思うようにしていたんだ。

真剣に考えれば、感情が乱れておかしくなりそうだったから。

そんなのは、僕の性分じゃないから。


真剣な気持ちなんて、有り得ないし。

僕が認めなければ、こんなのは数のうちにも入らないはずだから。

今まで生きてきた中で、考えられない事だったから。


僕は椿 純子の息子だから、

こんな事でうろたえていたら、母に笑われてしまう。

それに母が笑われる。

それは、僕も笑われるっていう事なんだ。


それは僕のプライドが許さない。


(お子様ではない僕に、可愛いはないだろ。)


それに男に男が可愛いなんて、有り得ないだろ!

失礼にもほどがある!


(確かに君よりか弱く見えるかもしれないが、

 それでも、言って良い事と悪い事がある。)


どういう家に育ってきたら、こうなるんだ?

僕は怒りより、呆れる気持ちとムカつく気持ちとが

入り混じって、混乱してしまう。


(彼の家は芸術家の両親じゃないのか?

 人の感情なんて、もっとわかるはずじゃないのか?

 まして、彼は2年も年上のはずなのに。。。)


彼は僕の感情を、逆撫でする事ばかり仕掛けてくる。


(どうして、何も知らない相手にこんな事を言われないといけないんだ。)


一瞬、ムカっとしたが、そのおかげか?わからないが、

硬直が取れた、顔が軽くなったような気がする。

やっと、彼の眼力から解放されたようで、

自由に動けるようになったみたいだった。


(彼と傍は危険だ。)


僕の本能の部分なんだろう、

自分が自分に語りかけてる感じだった。


席が近いから、余計そうなるのかもしれない。


(ダブってるくせに。。。)


僕は意外と早く冷静になれた。

授業が終わると同時に、僕は担任に席替えを申し出て、

彼と、離してもらうようにした。

もちろん、本当の理由は伏せているが、

僕の勉強を邪魔をしてくるという理由で、替えてもらった。


やっと、これで、乱れる事はなくなった。

せいせいした。

(ざまぁみろ。)

僕は、とても気分がよかった。





諸角と同じ列だったが、僕は最前列で、窓際になった。

いつも見ている木々は後になってしまったが、

新しい木々を見つめる事が出来るようになった。


それに授業もきちんと聞くようになった。


(面倒だが、復習の復習と思えばいいか。。。)


僕はやはり、窓の外を見る。

自然が大好きというわけではないのだが、

なぜか、ここの人工的に植えられた木々であっても、

本能で生きようとする姿が、健気で逞しくって

僕の心の励みになっていた。


諸角と席が離れる瞬間から、僕の大好きな木々以外、

周りに気を取られる事が、

全くなくなった。


凄く、心地よかった。


やっとこれでいつもの僕になれる。


いつもの笑顔、いつもの「ごきげんよう」、

何気ない会話。


(一代で成金イメージの僕もこうやって、大人しくしていたら少しは仲間のように

 扱ってくれるようになった。)


少し嬉しかった。

みんなのように、僕専用の送り迎えの車に運転手もいる。

出来るだけ、会話についていけるように、

ブルジュアな会話と品の良さを身につけようと頑張った。


夏休みは皆、別荘に行ったりするらしく、

僕も母にせがんで、別荘を買ってもらった。

これで、皆を招待する事も出来る。


何人か友人らしき人間たちにの家にも、招待された。

僕の家とは、全然規模が違うが、招待されたのは嬉しかった。


僕も皆を自分の家に招待した。

規模は負けるのは仕方がないから、最新のゲーム機器や、ゲームソフト・DVD

少し泳げるプールみたいな施設などを、家に準備してと、母にねだった。。

彼らに勝とうとかという気持ちはないけれど、

見くびられたくないから、

理由はそれだけだった。


母も、これが今後のビジネスに繋がるとわかっているから、

惜しむことなく、僕の要求を飲んでくれた。


これこそ、ギブ&テイクだ。

これで母の役に立てるなら、僕は全く問題なかった。


彼らは、夢中で遊んでくれた。

彼らが来る時は、母は昔の母のように、ちゃんと家にいてくれて、

僕が今でも大好きな昔の母みたく振舞ってくれた。


(彼らが来ると、母は昔の母になってくれる。。。)


何回でも、彼らを招きたいくらいだった。


それに、本気かどうかわからないが、彼らもまた行きたいとも言ってくれた。

それはそれで、素直に嬉しかった。


僕は着実に母の意向に沿って、学生生活を送っていた。


(もっと早くこうすればよかったんだ。)


今更だが、自分の鈍さに情けないと思う。

やっぱり母のような強さはないんだなって思う。

諸角と離れて、まだ2週間も経っていないが、

どうして、あの位置にずっといたのか?

言えば、こうやって、席も替えてくれて、

明るい未来があったのに。。。と、

自分の決断力の遅さに、重いため息が出てしまう。


僕としては今の段階で、この辺だけは後悔している。

でも、それを挽回するくらい、学生生活を満喫させようと、心に誓った。


あれから、諸角も近寄ってこない。

(あれは、僕も本気ではなかったし、数のうちに入れて

 あれやこれやで悩む方がおかしい。)


僕は、そう考えるように気持ちを切り替えた。

これから生きていく間に、色んな事があるだろうし、

予想外の事だってあるはずだ。


それにいちいち、気を取られていたら、生きていけない。

あれは、何でもなかったんだ。

そのうち、忘れているさ。


(あの出来事は、その予行演習みたいなものだ。)

僕は、そう考えるように努めた。


諸角の視線は、全く感じないわけではないが、

席が前になっただけだから、

僕が前になった分、そう感じるだけだろうと思っている。


僕は、ちゃんと上手くやっている。

僕の好きな木々もそう言ってるはずだ。

やっぱり僕は正しいんだ。




衣替えも終わり、雨も多い日が続くが、

面倒な試験も終わって、

他人の邪な感情や自分の感情を揺さぶられる事なく、

順調に毎日を過ごしていた。


「椿、お前学年3位ってすごいなw」

「え?」

「この間のテストの結果、総合3位って、すごくない?」

「あ、ありがとう。」

「俺なんて、全然なのにさw、一回でいいから10位内に入りたいぜ〜w」

「本気出したら、できるよ。調子悪かったんじゃない?雨多かったりしたし。」

「そっか?wお前、優しいなw」

アハハと彼は笑った。僕もつられて笑っていた。


褒めてもらったお礼として、いつもの営業スマイルでペコっと頭をさげ、

彼の機嫌を取るように謙った。


彼は向井地 光太郎。(むかいち こうたろう)

裏表のない明るい性格で、僕とは少し違うタイプだが、

僕の中では友人という枠の中ではあったし、

僕自身、まだ色々と話がしやすくて、仲のいい方だと思う。


それに彼の実家も一代で成り上がったという感じの家で、

大手ゼネコンの一人息子だった。

家が遠くて、一人暮らししてるという話だ。


今は僕との席も近いし、周りの連中からしてみれば、

僕みたいなのは外様という

分類なので、彼も少し僕と似ている扱いでもあるから、

仲良くなるのに時間はそうかからなかった。


「一番誰だった?」

聞く気もなかったけど、話が途切れちゃったから、

一応、話を繋げなくてはという義務感で、僕は向井地に話を振った。

興味無い話だから、鞄に自分の物を直しながら尋ねた


(誰が一番でも、どうでもいいんだけどね。)


何か、話したそうだったし。。。向井地。


「そうそう!、それがアイツよ〜。諸角!

 寝てばっかりだけど、

 家で、勉強してるのかね〜。」


「え?」

 僕の顔と手の動きが、一瞬止まった。


も、も、諸角?

寝てばっかりのやつが?


嘘でしょ?っていう顔をしていたと思う。

(だ、ダブってるからとか?)


たぶん、いや絶対、僕の動きは変だったと思う。

向井地は、気付いた思っただろうか?

この今までにない僕の奇妙な動揺を、不審に思わないだろうか??


(なんとか、間を繋げなきゃ。)


僕は先にそれが頭に浮かんだから、

とっさに言葉を出した。


「だ、ダブってるからじゃないの?

 だから、わかってるっていうか。。。」


(僕の声、震えてないだろうか?)

変にドキドキしてる?

諸角のもの字も最近、聞いていなかったから?


いつもの俺らしくない、行動の俺は周りにどう見られている?

自分でもこんなに諸角の名前が出てくるだけで、

オドオドしてしまうなんて・・・。


「いや〜あいつさ、海外行ってたんだって。向こうで日本画教えてたらしいよ。

 ダブってるのはそのせいらしい。」


「え?そうなの?」

また、僕の動きは止まった。

日本画?

あいつ、絵を描くんだ。

芸術家の家の子って本当だったんだ。。。


僕は少しびっくりした。

絵というものに興味は全くなかったが、

彼が人を教えるなんて、そこまですごいのか?と、

隣にいる時は、全く思わなかったから。


(だから訳わかんないのかな。。。)


「ここ、卒業したら、なんか襲名がどうとかって聞いたけど。」


(そうなんだ。。。)


「椿、知らなかったの?」

「えっ?あっ、あぁ、知らなかった。」

「へぇ〜意外w。席近いかったから、色々話してるって思ったよ。」


今だけでも、僕はできるだけ、普通に振舞うように努めた。

そう、さっきまで帰る用意をしていたんだから、

鞄に物を入れる作業をしながら、

動揺している自分を極力悟られないように。


変に震えている自分が見つからないように。


「殆どっていうほど、、喋って無かったし。

 単に席が近いだけっていうか。

 それに、彼は寝てばっかりだしね。」


やっと、向井地を少し見ながら、言えた。笑えた。

いつもの営業スマイルだけれど、ぎこちなく自然だったと思っている。


「そうだよな〜。じゃないと、いきなり途中で席変わってくれとかって言わないもんなw」

向井地は、ベターっと机に体を投げ出して、

顔だけ僕に向けて、笑いながら話していた。


僕も口の端を少し上げて、頬笑みかえした。

もう、普通にやれてるはずだ。


さっきは、意外な話だったから、びっくりしただけなんだ。

そう割り切った。

そうするべきだって、思ったんだ。


「少し、目が悪くなったかもしれないんだ。

 あの席だと、文字がかすんじゃって。

 それで席を替えてもらったんだよ。」


(あれ?なんで先生に言った理由を僕は言ってないの?)


もう、言った言葉は取り消せない。

自分でも、知らず知らずに、まるで諸角かばってる?と

勘違いしそうな言葉を、向井地になんかに、

それも無意識に言っている。


(墓穴掘ってる?)


顔の血の気が引きそうだ。

また、表情が強張ってるのではないだろうか?

不安で仕方がないが、なんとかこの場を終わらさないと。。。


帰る用意は出来た。

もう、後はこの部屋を出るだけだ。

僕はさっさと部屋を出るように、

体を向けていくんだが、

いつもの動作の6倍は、時間がかかってるように

なんだか、体が重りを抱えているみたいで、

動きが鈍く思えて仕方がなかった。


(早く、立ち去りたい!)

これだけだった。


あとは、「ごきげんよう。」

これを言えば。。。


「俺、てっきり、椿はあいつになんかされたのかって思ってたよ。」


まだ続けるか!

ってその前になにか?ってなんだよ?


(こいつ、鈍いな・・・。)

でも、それよりもっとすごい言葉を聞いた気がする。

慌てて反応した。


「え?なにかって?」

まさか、見られてた?

ドキっとする一言を、向井地はたまに言う。

勘がいいっていうか。。。

ここぞというところに、とどめを刺しに来るナイフのように

僕の痛いところに、

刃を突き付ける時がたまにある。


僕は表情を見られないように、今どんな顔してるか?

自分でも判らなかった。

きっと、焦って強張って、青ざめて情けない顔している。


顔は机の上の鞄に向けて、目線だけ向井地にゆるく向けるように

恐る恐る、聞いてみた。

表情が丸見えにならないように、恐る恐る視線だけを

ゆっくりと向井地に向けながら・・・


「いや〜、特にないけどさ、いじめられてたとか?かな?」


緊張の糸が一瞬で取れた。

血の気が、顔に戻った。


(よかった、ばれてない。)


さっきまではばれてるかも知れないとい言う気持ちで、

半泣きしそうな顔だったと思うが、

息がやっと自由に出来るようになった感じがした。


(よかった。。。)


目をキュッとつむんで・・・絶対に相手には見えていない。

僕はゆっくり息をして、いつもの顔で笑いかけながら言った。

少しだけ、顔を向井地に向けてみて。

彼の僕に対する反応も少し見てみたかった。


向井地なら、僕が変だったら、変っていくはずだから。

それで僕は自分の状態をチェックできる。

それに向井地を言い含めるくらいなら、簡単だろうから。


「アハハ。ないないw それにいつも彼は寝てばかりだし。

 僕なんて、全く眼中にないよw

 んじゃ、僕は迎えが来るから先に帰るね。

 ごきげんよう。」


この場にいると、どこまで言うかわからない。

自分の口の限度がわからなかったから、

そそくさと逃げるようにその場を立ち去った。

当然、いつもの笑みで。


(やっと言えた。。。ごきげんよう。。。)


こんなに「ごきげんよう。」をいうのが、難しいなんて・・・


後ろから、向井地が別れのあいさつを言っていた。

僕は後ろ向きで手だけ振って、この教室を後にした。


(僕の態度を、変に思われなかただろうか。。。)


いや、それより、向井地は本当に空気を読まない。

悪い奴じゃないけれど、僕がこんなに帰るぞ!オーラ出してるのに、

全く気が付かないで、自分の話を一方的にしてくる。


(僕の身にもなってほしい・・・)


分かれという方が、無理なんだろうけれど。

(今の僕の頭の中は無茶苦茶だ!)


教室を後にしたのに、顔が熱い。

なぜか、ドキドキばかりしていた。


(出来るだけ下を向いて歩こう。)


廊下のタイルの線を見て、隅っこに壁に沿う感じで

足早に歩いていった。


それでも気が重かった。

明日また何か言われたら。。。

何を言い出すか、僕はわからない。。。

自信がなかった。


(あいつの行動は予測不能だから・・・)


僕の中では諸角との事は無かった事で、

あれほどに何度も自分の考えが、

間違ってないって言い聞かせてきたのに。。。


向井地の言葉に、脈略のないあんな言葉で揺らいでしまう

自分の考えの弱さに、悲しくて・・


向井地は単に、普通の会話をしたつもりだろうけれど、

僕自身はまだ克服してなかったのだろうか?


冷静にならなくては・・・

(家に帰って、答えるシュミレーションをしなくちゃ。)


向井地と話すには、ある程度の準備が必要だ。

こんなことで動揺していては、

この先が思いやられる。


(くだらない。どうしてこんなことで・・・)

なぜ、こんな事に時間を割かなくちゃいけないのか?と、

疑問だらけだが、これは試練なんだと思い聞かせた。

これが乗り越えられたら、どうってことないようになるんだ。


僕はもっと精神的に強くなれるって事なんだ。

(落ち着け。理央。大丈夫だから。)


とにかく今は出口に向かうんだ。。

クラスの誰にも顔を合わせたくなかったから。


ちょうど靴箱のあたりで、僕の携帯が鳴った。

急いで、チェック。

 

そこにはメールが1通。

(スパム?)


いや、母親からだった。

内容は、少し迎えが遅れるとのこと。


そんなにかからないから、そこで待っていてくれ、また連絡するとあった。

とりあえず、分かった。

(こんな時限って・・・

 どうせ、自分の買い物か、なんかに使ってるんだろう。)


今日は厄日か?

本当に間が悪いっていうか・・

僕は握りこぶしを作って何も掴んではいないがキュッと握りしめて、

ムカつきを感じたが、

母には勝てないと思い、諦めた。


ここで怒っても感情をさらけ出して、恥ずかしいのは僕一人だ。


とりあえず、クラスの人間に出会わなくて、ここまで来れたじゃないか?

今はそれで良しとしよう・・・。

そう、自分を納得と説得両方した。


(それにしても、今更、教室も嫌だし、図書室も遠いし。。。)


今は向井地には会いたくないし、

まして諸角なんて、もってのほかだ!


どこで時間をつぶそうか?

悩んだが、行くとこはすぐに決まった。


あの木々の元へ行ってみよう。


近くで見るのでは、また違った印象があるだろうし、

僕には自然が合ってるんだ。

そう考えると、実行は早く、

即効靴に履き替えて、あの教室から見える、

木々の元へ翔っていった。



衣替えしたとはいえ、まだ雨の季節でもある今の時期、

少し走れば、すぐ汗ばんで、体が不快な感覚を覚える。

下校時刻はとっくに過ぎてるだけど、

今日はこの木々の元で、クラブ活動をしている連中も、

いなかった。


木々をゆっくり日の光の元で見たかったけれど、

空はなぜか、この季節特有のうっとおしい状態になっていた。


(余計に暑いっていうか。。。)

僕は、自分のハンドタオルで首や額の汗を拭いた。


雨が降るかもしれない。。。

置き傘はあったかな。。。

やっぱり教室に戻るべきだったろうか・・・


木々は茂っているから、少々の雨なら、

僕を守ってくれるような気がした。


生ぬるく感じる風まで吹いてきた。


(これは本当に雨かな。。。

 天気予報は降らないって、

 言っていたのに・・・)


もう少し待ってみて、

迎えが来ないようだったら、

一人で帰るか・・・


ハッ!

我ながら、頭の回転が今日はどうも遅すぎる。


一人で帰ったら、どうなるか。。。

諸角との事がまた、フラッシュバックのように

思い出させられる。

まだ、諸角と肌の感触が口に残ってる。

本当は、忘れるなんて出来ないってわかっているけれど、

でも、そうしないと自分がおかしくなりそうで、

周りから、弾かれるのは絶対いやだったから。。。


急いで教室を出てきたから、

諸角が残っていたかどうか?

そんなの気にしないで出てきてしまった。


(ちゃんと、確認しておけばよかった。

 今日の僕は本当にどうかしてる。)


早く休んだ方がいい。


今日は、とにかくもう帰ろう。

僕が気にしないで、無視していけば大丈夫だ。

何の根拠もない自信ではあったが、

そう思わないと、自分がつぶれそうだった。


(大丈夫!)

心の中で、よし!と気合を入れて、

スーッと息を吸い、少しためてからゆっくり息を吐いた。

生温かい空気が気持ち悪いのは否めないが、

若干落ち着いたようだった。


そして小さくフッと肩で息を吐き、

背筋をしゃんとして、前をしっかり見る事を心がけた。


僕は何も悪い事をしている訳ではないんだから。。

だから、何も気にする事なんてないんだから。


(一度、教室に帰って、置き傘を確認してこなくちゃ。)


思ったらすぐ行動だ!僕は、母に今日の迎えは要らない事を打ち込み、

送信してパタンと蓋を閉じて、腰のポッケに携帯を直して、時間を確認。


時間は丁度、午後5時半。


少し帰りとしては、遅い方かもしれないが、

今なら、間違いなく誰も居ないと思う。


(ある意味、安心できる時間かも。)


少し、ホッとした。

そして僕は少し、気が緩んだかもしれかった、その瞬間。


教室に向かおうとする、僕の意気込みとさっき得た安心感を、

再びごっそりと削ぎ落とす事態が起きるなんて、

思ってもいなかった。


僕が、かけって行こうとした数歩の足数は、

また数歩、元に戻る。


そして、両足は奴隷のような鉛の重しをつけられたみたいに

全くもって、動かなかった。

動かそうとすると、震えるんだ。


そう、わかるだろ。

あいつが、いたんだ。


(も、諸角)


どうして?


また、血の気が引き、背筋にスーッと冷たいモノが流れるような

不気味な感覚が終わりなく続くように思えてならない。


(気持ち悪い。。。)


僕の顔はどうなってるんだろう?

きっと、また情けなくて、そして青ざめてるんじゃないだろうか?


一番会いたくないやつに、会ってしまった。


天気が悪かったなんて、頭のどこかに行っていた。

頭の中が全部、諸角の目で埋め尽くされる。

目眩がしそうだ。。


僕の体の何かが折れた気がした。


足は動かなかった。


でも、体は前に倒れる事が出来たようだった。


諸角が二重に、いや三重?それ以上?か


重なって、ダブって見える。


そして、シャッターが勢いよく降ろされると

同じように、僕の視界は、瞼は今まで見えていた世界から

僕を遮断し、真っ暗な世界に僕を引き戻していった。


ガタッ!!!


僕の膝が、ガクっと折れた。


当然、僕は前のめりに倒れる事になる。

でも、抵抗できなかった。

僕も倒れるのを期待したのかもしれない。

そうしたかったのかも。。。


今のこの現実は直視出来なかった。

まさかとは思ったが、一番いやな展開になった。


(どうしよう、迎えも断ってしまった。。。)


僕にはどうする事も出来ない。

本当に、僕は逃げたかったんだ。


倒れるという卑怯な手を使ってでも、

この諸角から、離れたくて逃げたかった。


(どうなってもいい。。。)


少しやけっぱちな気持ちもあったかもしれない。

とにかく、この現状を受け入れられたくなかった。

もう、嫌なんだ。


アイツに見られるのは・・・


体もドサっと横倒れになって、やっと足が動くように思えたが、

僕はもう気力がなかった。


ピトッ。

(?)


頬に伝う冷たい水。


もしかして、涙?

いや、違う。これは雨だ。


(本当に降ってきた。

 傘を確認しなくちゃ。。。)


頭で考えているみたいだけれど、

体が動かない。

力がはいらなかったんだ、僕の体のどこも僕に従ってくれない。


薄っすら、重なっていた瞼に隙間が出来た。

真っ暗だった僕の視界は少し明るい。

だれかがいる。。。


体が拒否すれば、頭の方まで俺の意志を拒否していく。

そして、今さっきの事は無かった事になっていくんだ。


誰かが、何か喋っている。


それを確認したら、蝕むように疲れの大波と眠気が

僕を襲ってくるんだ。


(何にも考えられいし。。。)


薄っすら開いた、瞼は自然と、貝の口のように

隙間なくきっちりと閉ざした。


僕はまた闇の中だった。









 



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