この恋は、あまりのもストレートすぎた。
こんにちは。晴春述です。
ようやく連載おわりましたね!完結です!
これで全編読めるので、見つけた方は是非こちらから!
ではごゆっくり!
春頃とはいえ朝はまだ寒い。
晴人はふわー、とあくびをした。
朝に弱い母や父、妹の優花はまだ起きていない。
独りで朝食のコーンフレークを済まし、友人からのLINEやInstagramのDMの通知を確認し、歯を磨き髪をとき、バッグを担いで家を出る。
晴人の中学校のバッグはまだ手提げの革のバッグで、重い。少し曇り空の春風が感ぜられる。晴人は短い通学路となっている道を急いだ。
普段ならこんなに早起きはしない。美化委員の朝の清掃担当が回ってきたからだ。面倒くさいの一言だ。委員会という名誉と仕事の少なさを理由に選んだのだから当然か。
歩くにつれて校門は近づいてくる。
校門に入り、近くの木に荷物を立てかけ、掃除用具を持ち、体育倉庫へ向かう。グラウンドの白線用の石灰の掃除だ。
体育倉庫にいくと、もうすでに佐野さんが待っていた。
「おはよ」とこちらに挨拶をした。
おはよーと返して、じゃあ、始めるか……と、晴人は体育倉庫の少し重い戸をガラガラ……と開けた。
どすん、と思い音がした。
「うわあ……真っ白だ……」顔を顰めた。
「ほんとだね……埃もすごいまってる…………うぐっ」そして、佐野は嗚咽して、酷い咳を出し始めた。
「大丈夫っ?」俺は訊いた。それでも咳をするので、俺は近くの佐野の水筒を手渡した。佐野はそれをありがと、と受取り、喉に流した。そのおかげで、少し良くなった。
改めて倉庫の中を覗くと、石灰が雪崩でも起こしたかのように崩れていた。おそらく、扉を勢いよく開けたときに袋ごと棚から落ちたのだろう。
「大丈夫?……ごめん。俺が雑に扉を開けたから……」
佐野は、大丈夫だよ、といって立ち上がろうとしたが、これ以上吸ったらまずい、と説得して俺一人ですることにした。
結論から言うと、倉庫の煙たさは半端なものではなかったが、佐野のためにも、少し堪えて掃除を終わらせた。
ふう、とため息を付いて箒を返した。
「じゃあ、もどろっか」
「うん、そうしよう。そして……今日はありがとう」
「べつに……たいしたことないよ」俺は少し照れくさくて頭をかいた。
初めて話すひとだったけど、(席は離れていたのだ)少し仲良く慣れてよかったと思う。
△△△△△△
それは、ある総合の時間のことだった。席替えをして、なんということだろうあの佐野と席が隣になりましたっ!といっても、新学期なので知っているひとこそ少ないので、これは嬉しかった。そして早速佐野から視線を感じる。
「あ、田村!」佐野が目を細めていった。「となりだ」
俺は、うん、と頷いた。しかしなぜか佐野がずっとニヤニヤしている。視線はこっちに向いたままで。正直言って何がそんなに面白いのか分からない。どうかした?ととりあえず聞いてみたが、べつに、とはぐらかされた。
そして事件は起きた。
「SDGsについて班で話し合ってもらうので、机をグループにしてください」
話し合いといえど、打ち解けの悪い俺にとってはあまりうれしいことではなかった。幸い、あの佐野が近くにいるだけで安心する。全員知らない人よりはマシ、という意味だ。男女各二人のグループ。
皆黙って不穏な空気を察したのか、もうひとりの男子が声を上げた。
「ね、どうする?なんか興味ある?」
と訊いてきた。
「ぬーん……むずかしいなぁ〜」そういって佐野は持ち前の能天気さであくびをしながらぐぐぐっと手を上に上げて伸びをした。
むずかしいなぁ〜、なんて、考えてすらないだろ!絶対!
その返答に少し興ざめしたのかちょっと冷たい声で相槌を打った。その男は石谷という。そしてその男は、一方的に話をし始めた。俺こういうの興味あるんだ、という、話題提示というよりは自慢話である。そして残りの女子二人、男子一人は苦笑してそれを見ていた。
彼はコミュニケーションが得意、なのではないのだろう。会話が得意なのではない。一方的に話すことに特化した、ただのスピーカーである。それに、石谷は俺を見ていない。すなわち、俺は聴衆ではない。ずっと佐野を見ている。少し俺は吐き気を感じた。この男は、女しか見ていない。俺は、石谷の、芝居の小道具でしかない……。
石谷の話でその時間は終わった。何の進展もなく、帰ることになった。
今日は、部活もなく田中 克幸といっしょに帰ることになった。
「俺等のクラスヤバない?」ため息まじりに言った。
「そお?」
「ほらほら……石谷ってやつ」
その名を耳にした途端、田中は全て納得した顔をした。
「班同じだったんだ」
「うわ、まじ最悪やん」
「でしょ……?アイツ女子のことしか見てないし……」
「大丈夫!去年からずっとああだから!学校じゃ『変態』っていうあだ名が付いてるぜ?」
田中は急にニッと笑って答えた。「今日は佐野さんが餌食になってたよな〜」
「ほんと。かわいそ〜」ため息が出た。
「まァ、しょうがないよ。佐野さん可愛いから……」
「エゲッ!」
俺は思わず変な声を出してしまった。
表情を変えず、なんと、なんと田中はそんなことを抜かしやがったのだ。
田中はそれを見て笑って言う。
「なになになに、おまえもしかして……佐野さんのこと好きなわけ?」
「ちがうよ……」俺は目をそらして言った。「『可愛い』って言葉に驚いただけだよ……」
田中は鼻を鳴らして、ほんとか〜?と詰め寄ってくる。いたずらっぽくケタケタ笑っている。「ホントだよッ」と田中の頭を思いっきりはたいた。そして田中はニンマリと笑い、ほくそ笑み、岐路に、じゃーなー!と叫んで帰っていった。「佐野さんのこと好きになっても石谷みたいにはなるなよーッ」と加えて。少しムカついたので、「うるせー!バーカ!」と言い返した。
今日知った共通認識は二つ。
石谷は思いっきり女子としか話さない変態。
佐野さんは……常識的に見て、……可愛い。
あのときの田中の顔を見ると今でもムカつく。
でも、席替えでの、佐野の、「田村!席、となりだ!」といたずらっぽく笑っていた顔が今でも脳裏に浮かぶ。いやいやいやいや。俺も変態になってしまう……。
嘘では、無かったのかもしれない。
結局、何の整理もつかずに、朝となった。
佐野におはようと声をかけていつもの席に腰を掛ける。
至って普通のホームルームが終わり、一限目が終わり、二限目も終わり……三限目が始まろうとしていた。
英語だった。
教師が隣の席の人と席でペア作れよー、と声を掛ける。今までの復習だ。
佐野と机を合わせ、何から喋ったらいいかわからずまた無言でいると、
「そういえばさ、田村って兄弟いんの?」
全然関係ない話が始まった。
「うん、妹が一人いる」
「ふうん……」
佐野は少し考えていたが、口を開いた。
「じゃあさ――田村に似て可愛いんだろうなーっ」
「はあっ?」それを聞いて俺は怪訝な顔をした。
「えー、例えばひとを助けようとしてるのにすっげー不器用なとことか、感情が露骨に顔に出るところとか」
「エエッ」全く記憶がない。もしそうなのだとしたら自分が今まで考えていたことがもし全てバレていたらと考えると恐ろしい。
「あとは――女子と話すとすぐ顔が赤くなるとことかねーっ♡」
「ヒッ……!」これでは美少女らしき佐野を異性として認識していたも同然ではないか。大敗である。
しばらくの間、俺は両手で顔を覆って赤面を隠していた。自分でも顔が熱いのが分かる。それを見て佐野はいたずらっぽく目を細め、ケタケタ笑っていた。
その後はペアが崩され、かしこまった教師によって授業が続行された。
≮≮≮≮≮≮
給食当番とは大変なものだ。おもたげな食缶を黙して階段を登るのだから。晴人は、それを最後尾でみている『雑巾係』なのだが。
給食をつぎ終わり、回し終わり、各自が席についた。皆しばらく静かに食事をしていたが、佐野が声を潜めて、眉根をひそめてこう言った。
「わたし、昨日お腹壊しちゃったからさ、――――牛乳飲んでくんない?」
と牛乳を差し出してきた。
「いいよ……」と、さっきああ言われたので、自分の顔が赤くなっているとわかるとしどろもどろ、たじたじとなってうまく会話できない。
牛乳にはあらかじめストローが刺さっていた。
「これ、口つけてないよね……?」と訊くと
「うん!つけてない」と返ってきた。本当なのだろう。
俺はそのままその牛乳を飲もうとした。しかし、いくらストローに力を込めても牛乳が吸い上がらない。さっきああいうふうに痴態を晒されたので、見返してやろうと密かに思っていた俺は、ここで間抜けな姿を見せたくなかった。そして、そのためか俺は何を思ったか思いっきりパックを握りつぶし、牛乳を喉に大量に送ろうとした。ぐしゃっと重い音がした。
しかし牛乳はストローから出なかった。かわりに、ストローとパックの間の隙間から思いっきり飛び散ったのである。
「うわあっ!」俺の制服には、豪快に牛乳が飛び散っている。
佐野がキャハハと盛大に笑っている。
あとから聞いたことだが、ストローの中に粘土が詰められていたらしい。
見事ハメられたわけである。
牛乳を拭き終わり、一段落ついたので、今度こそ一泡吹かせようと佐野に向かい合った。
「そういえばさ……佐野さんって兄弟っている?」
「え、まァ、いるけど……」目をそらし、少し恥ずかしそうにそう言った。
「兄?弟?妹?」
「兄ちゃんが、ひとり……」
「へええ」
俺は勝ち誇った顔で頷いた。
「じゃあ、その兄ちゃんは佐野に似て……」とドヤ顔で俺が言いかけると手を少し前に出して、顔を真っ赤っ赤にして顔を歪めていた。「やめてよっ……」
「幸せだろうなあ」
「ええっ」
「おっちょこちょいな妹の世話で暇なときがないだろうから」俺はドヤ顔で少し大きな声でわからせるように言った。
「ひいっ」佐野は顔を真っ赤っ赤にして、もっと赤くなって目をそらして、給湯器みたいな声で唸っていた。
言い負かした……はずなのだがこっちもすごく恥ずかしい。言ったこっちのほうがもっと何杯も恥ずかしいに違いない。だから……。
これは……。
これは……。
これも俺の敗けだ。
しかし、今日は少しハプニングの多い日であった。
佐野にからかわれて、やり返してからかったら、なぜかこっちまで恥ずかしく思えてきたのだった。
しかしもう、あの佐野はいないし、ゆっくりぼっちで帰ることにした。
気分転換にいつもとは違う道を通ることにした。緩い坂道を登り公園をの土を踏みしめる。その公園は丘の上に建っているため、また、向う側の坂を下ることになる。
すると、まだ人もおらず静かな公園なのに、やけに騒がしい。
そこには二人の男女がいた。男が女に詰めより、女は逃げようと思っているのか慌て、焦り、そわそわしている。時々、「どっかいってください」みたいな声が聞こえるから、おそらく悪質なナンパだろう。
女は制服を着ているので、盗み見てみると、それは俺の中学だった。
それにおかしい。
その女の声も髪型も顔貌も、体系もどこかで見たことがある。
よく見てみるとそれは――――佐野だった。
しかし、いくら佐野だといえど、巻き込まれたら面倒なので、俺は抜き足差し足、ここからの脱出を試みた。
しかし、その甲斐なく佐野はものすごい形相でこちらを睨みつけた。ナンパ男から助けろ、と目が言う。
しかし、どうやって?何か確実な手があるの?
疑問が大量に湧き上がってきたが、気づけば俺は佐野とナンパ男の間にいた。
「てめぇ誰だよ、あ?」ナンパ男が態度を変え、喧嘩腰になった。半グレ野郎だった。それは鼻ピアスと、金髪とグラサンからわかっていた。
そこでほぼ反射のように出たのが
「彼氏ですっ!」という言葉だ。
「はあっ?」佐野はこの発言に驚きを隠しきれていない様子だ。無理もない。しかし、
「い……いっちゃっていいわけ?」と、カバーする。
「別にいいでしょ。知らねえ赤の他人だし」
「まァ、そっか」俺たちは、本物のカップルであるかのように装って話した。とても、ぎこちなく。
しかしそれに腹を立てたのか、そのナンパ男が
「ほ……ほ……ホントに付き合ってんなら、おい!キスでもしてみろや!」なんて抜かしてくる。
さすがにこれには弱った。
「でも、俺たちそんなことしたことないし……」と必死の弁明もナンパ男の「あ?」とか「あぁん?」みたいな母音の威嚇に消されてしまう。
…………もうこうなったら、意を決するのみだ。
そして、俺は佐野を真正面から壁ドンした。そして、唇を拭い、佐野が眉根を寄せて涙を浮かべていたが、顔がすごく赤い。それは俺もだろう。あらい呼吸が聞こえる。俺は目を閉じ、ゆっくりと佐野に近づけた。
折角仲良く慣れたのに、もう少しで俺の青春が花咲くと思っていたのに。
これもしょうがない。
佐野のためだ。
これで……終わりなんだ。
しょうがない。
俺はゆっくりと唇を近づけた。
しかし、もう唇はもう進まなかった。
薄目を開けると、佐野が手で押さえていた。
「もう、いないよ」サノが囁く。見ると、もうその男はいなかった。ありがと、といい、二人はそのまま座り込んでしまった。
「な、なんで……本気でやろうとすんのっ?」
佐野が俺を睨みつけ、言った。
「でもそれしなきゃ危なかっただろ!」
まあ、とうなずき、佐野は俺を睨んだまま赤い顔をもっと赤くしていった。
「あのまま私が唇をとめなかったらどうするつもりだった?」
「うーん、頬ずりでカモフラージュしてたかな」
「うわ、それもキモいっ!」佐野は小さく笑った。
俺たちは帰り道をともにした。
翌日の授業が保健で性の話で余計にまずかったのはまた別の話である。
体育とは普段の学校生活の中での癒やしの一つである。ルールやマナーさえ守れば、一番楽しい授業だ。
今日はバドミントンをするとのことだ。前から授業でやっていた。しかし、今日は少し違った。
「えーと、皆さんには男女ペアをくんで混合ダブルスをしてもらいたいと思います!」体育教師は言った。
それを聞いた途端、クラスでざわめいた。無理もない。年頃の男女には厳しい要求だ。体育教師は、ではペアを作ってくださーい、と手を叩いた。
「そういえばさ」俺は田中に言った。「田中は誰と組みたいとかある?」
「藤木晴かな」あたかも当然かのように田中は答えた。「付き合ってるし」
「え、嘘だろ?」俺は知らなかった。田中はしーっ、と人差し指を口に近づけた。あんまり公にしてないんだから。
「逆に田村は誰と組むわけ?佐野さん?」
「まさか。佐野さんぐらい可愛い人なら誰か別の人と組むんじゃない?」見た目がいいからか性別伴わず友だちが多いのだ。しかしそう言った時には遅かった。佐野が、おーい、とこっちに来ていた。そして、一瞬で表情が赤くなっていた。
どうやら聞こえてしまったらしい。
「…………たた田村は、……だ、誰と組むの?」
「いや、まだ……決まってない」
「私、結構誘われたけど、自分の選んだ人とやりたいの。なんか、男子が、私を誘って玉砕するゲームしてるらしいし」佐野は悲しそうに言った。「だから私とやって、お願い!」
流石にそれはひどい。佐野がアソビに利用されるとは。
「いいよ」
「ありがとっ!」俺たちのコンビネーションが決まった。
しかし、安心していられるのもつかの間だった。
石谷が来た。
「おい、佐野さんおれとやろー」石谷が佐野の右袖を引っ張った。
「え、私田村とやるって決めたから……」
「は?いやいやいや、俺左だから絶対俺とやったほうが強いよ?」
「そういう問題じゃないだろっ!」俺は叫んだ。
何この三角関係…………。
「私、田村と組む」怒ったように佐野は言った。
結局石谷は、先生と組んだ。
≮≮≮≮≮≮
「おーい」と、田中の声がした。予言通り、藤木さんといる。
「試合しようぜ」
「どうする?」俺は佐野に聞いた。
「いいね、やろう」
――――試合が始まった。
一進一退が続いて、1ゲーム目は6―7で1点を譲ったデュースに突入した。
佐野が前衛、俺が後衛だ。田中がサービスをうった。高く遠くシャトルが飛ぶ。
「任せてっ」佐野が後ろに下がった。そして、思いっきりラケットを振り上げた。途端、
「ああっ!」佐野がバランスを崩した。ラケットが空を切り、シャトルが落ちる。
そして、倒れ込み、俺の腹に佐野の頭がぶつかる形でふたりとも倒れ込んだのだ――――。
幸い頭は打たなかったが、うう、お腹がすごく重い。なぜか、それは佐野がそこにいるからだ。
「ううっ…………」佐野はうめいてムクリと起き上がった。
「だ、大丈夫っ?」倒れている俺の目の前に来た。
佐野が手を差し出してきて、つかんだら思い切り引っ張られた。
その勢いで、顔の間隔が十センチメートルほどになり、二人は顔を赤くして、そっぽを向いた。
「…………」
そしてペースは乱れ、結局負けてしまった。
「大丈夫だった?」佐野は教室に戻った途端訊いてきた。
「大丈夫大丈夫!」
「ほんとうに?けがはない?」
本気で心配しているらしい。心配を落ち着けるために、
「……少し重かった」冗談を言った。
「おまえっ……」これはお怒りのご様子。しかし、冗談であることに気がついたのか、しばらくして、佐野はそっぽを向いて、聞こえないように言った。
「誰かさんのために少し痩せたんだけどなあ……」
とか抜かして、本当はこっちを見てニヤニヤしている。ハニートラップじゃないんだから、後悔させる気か?ちょっとからかおうとしただけだぞ。だけどここで謝ったら「なに本気にしてんの」って笑われるだけだ。しかし、気づいたら俺は佐野と同じくらいの大きさで、
「まあっ、ほほほほんとは、いいにおいしたっていうつもりだったんだが?」と言い返していた。馬鹿なのか俺は?
ふたりとも、顔を朱に染めていた。
いいにおいしたっていうのは、本当だ。
「雪ー。おきなさーい」
今日も佐野 雪は母親の声で目を覚ます。そして急いで朝食を平らげ、髪をセットし、歯を磨き、着替えて、家を出る。風がそよそよと吹いて、気持ちいい。これから夏なので、制汗シートを持っている。
最近、私は二人の男子に見られている。
一人は石谷。
もうひとりは、田村だ。
たまに田村のことを考えてしまう事がある。ふとしたときに、脳裏で田村が笑っているときがある。
「雪ちゃーん」
走ってきたのは、大森咲だ。
「あ、なんかかお赤い」
「嘘っ!」
「好きな人でもできた?」
「ま、まあね」
「ええええっ!………………だっ誰?」咲が顔を覗き込む。
「近っ……えっと……………………た、田村……」
「ああ!田村雅彦か!陸上部屈指のイケメンだかんなー女子に人気あるからな」
「えっ……田村はバド部だよ?」
「は?ああ、なるほど……まず、田村って二人おんのよ」
「ええっ」
「陸上部――おそらく雪の知らない方が女子に人気のイケメン田村雅彦。もう一人がバド部の、田村晴人」
「なるほど……」
「でも、雪も物好きだね、あんな少し影のうすそうな田村晴人が好きだなんて」
「えっそお?」
「そうだよ、雪ちゃん学年で男子からも女子からも人気があるからさ、田村晴人くんよりももっといて楽しいひとがいるよ。もっと好きになるのにふさわしい人がいる」
「そ、そんなことないよ――――」
途端、涙が溢れ出た。涙が勢いを増し、声が漏れる。悔しい、というよりは、我儘だ。現にどうしてもお菓子を買ってもらえなかった子どもの泣き声みたいな。そういう、もうあなたの声を聞きたくない、ていう我儘。
おそらく、咲は踏みにじってはいけないものを踏みにじったらしい。と自覚する。
雪ちゃんにとって、大切なものを、大切なひとを。
「ごめん、ぜんぜん雪ちゃんの気持ちに気づかなかった…………」
「いいよ、ありがとう………………少し一人にさせて」
二人は、バラバラになった。
そして、バラバラのまま学校についた。
「だ、大丈夫……?」晴人が気を使って訊いた。
「咲と喧嘩した」
「大森さんと?」
「なにがあったの?」晴人は聞いてきた。ものすごく真剣な表情で。
私は今まであったことを話した。もちろん田村の名前は伏せて。私の好きな人を侮辱してきた、と。晴人は少しふてくされて言った。
「仲直りしなよ」
「でもそれが案外難しいんじゃん?」
「じゃあさ、――――――」
≮≮≮≮≮≮
「佐野さんが呼んでるよ」田村晴人が呼びに来たのは、朝の会の後だった。少し顔が赤い。
多少の不安を抱きつつ、私は雪ちゃんのもとへ向かった。
「ごめん、咲っ。急に朝泣き出しちゃったりしてさ」
「ごめんは私の方だよ…………。変なこといってほんとごめん」
「じゃあ、林間学校、私と一緒の班になろ!」
「うんっ!」これはもう、即答。
「そういえばさ、とうの本人、田村晴人をパシったようだけど?」
「ええ、それは、その…………好き、だから?」
雪ちゃんがそう言うと、ふたりともクスクスわらいだしたのだ。笑い声が、青い快晴の空へ溶けていった。
「最近、わたし、面白い本見つけたんだ」佐野が言った。
「へええ」
「ええっ、なんでそんなに興味なさげなの―っ」
「現に俺興味ないしな」
「えええーっ、ひどいーっ」佐野がぷくーっと頬をふくらませる。
「そういえば佐野さん」俺は話題を変えようと言った「彼氏っているの?」
そういうなり、佐野さんはふいに咳き込んだ。
「い…………いないよっ……」
「ふーん」
「なんで訊いたの?」
「べつに…………」
本当は、ずっと訊きたかった。好きな人はいるの?彼氏はいるの?ずっと、訊きたかった。
「へええ」
「…………で、どんな本?」
「青春モノだよ」
「あんまり触れたことないな」
「ええっ、もったいないなー。よし、是非この機会に私が貸してしんぜよう」
「何様っ!……まァありがとう」
「へへーん♡」
「で、どうやって持ってくるの?」
「うーん…………明日カフェに集合する?明日土曜だし、あいてる?」
「あいてる」
「じゃ、そうしよ、昼前にする?」
「十時くらいだな」
「いいね」
「場所は?」
「カフェ『KATHERINE』でよくない?」
「おっけー」
佐野と、まちあわせ…………!
ここだけ話、俺はこれほど緊張したことがない。
≮≮≮≮≮≮
「おまたせー」
時間の十分前に佐野はやってきた。
「待った?」
「ぜーんぜん」
「じゃ、何かたのも!」佐野が言った。
「え……うん……じゃ本は?」
「いやいやいや、晴人クン、こういう、女の子とのデートのときは私女子に任せなさい」
「デートって…………」
佐野の顔がみるみる赤くなる。自分で言っておいてそれはなしだろう。
「んんっ………………いちごパフェ一つおねがいしますっ!」
早速佐野は注文した。
「早っ」
「折角のデートなんだから、さっさと食っていくぞっ」
デートとはなんだろう。
結局俺はカフェオレしか飲まなかった。
「なんかカフェだけじゃ面白くないなー、ねっ、映画館行こう!」
「……本は?」
「あとであとで!」
「いや……でも」
「折角のデートなんだから!」
「へいへい」
こうなったら、誰にもとめられない。
俺たちの選んだ映画は、あまり面白いとは言えるものではなかった。
なので、互いの頭を互いに預けて眠ってしまった。
「ふあーあ」俺は欠伸をして、エンドロール中に目を覚ました。佐野はねている。起こそうとは思わなかった。少し化粧のかかったほっぺが真っ白に微笑んでいる。幸せそうな寝顔が可愛い。俺はしばらく佐野のほっぺをぷにぷにして遊んでいた。
「ひゃあっ!」
佐野が不意に起きた。
「もうちょい寝させて」
なんて抜かすので、俺はもっと連打した。
佐野はしばらくして起きて、僕たちは映画館をでた。
「もう帰ろっか」
佐野が言った。
「うん、そうしよう」
両方のことではあるものの、「デート」で寝たのは、すごく気まずかった。
俺の、佐野に対する思いはどんどん強くなっていった。ああ、少し考えるだけで大人な響きの言葉が頭をよぎる。
今日から林間学校だ。俺はスーツケースをゴロゴロと通学路で引っ張っている。
あれは昨日の放課後のことだ。
「林間学校自体はボロいけど、結構きれいらしいぜ、庭とか」田中が言った。
「へええ」俺も頷いた。
「そういうお前にいい場所がある。中庭に『聖なる噴水』ていう場所があるんだけど――」
「だけど?」
「そこがさ、」田中は声を潜めて言ったのだ。「絶景の告白スポットらしいんだぜ」
「はあっ?」俺は思わず声を上げた。
「それがどしたんだよ」
「言うまでもないだろ。佐野さんに告っちゃいな」
「そんな軽々しくするもんじゃないでしょ……この際、もっと慎重に…………」
「慎重に行くのも大事だが、かえって行き過ぎると蛙化して気まずくなるだけだぜ?なら今のうちに告っといたほうが、ええんでござい?」声色を変えていった。
最近は、『告白』みたいなコトバに次第に敏感になっている気がする。かつてならその言葉を聞いてもピンとこなかったが、今なら最前線の問題として認識するだろう。極端だが。
「ありがとう」
「いやいや……そんな重く捉えんなよー」
「……じゃ、帰るか」
「うん」
≮≮≮≮≮≮
そんなこともあり、この林間学校は俺にとって重要なものだ。
バスが出発する。
僕らの旅が、始まったのだ。
「おーい、田村」
隣の西本が言った。
「なに?」
「お前、ついたらずっと佐野と一緒じゃあねぇ―のか?」付き合ってんだもんなー。と声を潜めて言った。
「付き合ってないよ。なにいってんのさ。佐野なんかと」
「佐野なんかと?」西本はニヤニヤしてそういった。
俺は、今自分の失言に気がついた。
佐野を盗み見ると、そっぽを向いていた。表情は見えない。
「それでさ――――」俺は、ためしに話をそらしてみることにした。
すると、佐野がちらとこちらを盗み見るのが見えた。
その表情は静かに、怒りや軽蔑を表していた。
その日は恐ろしくて、ろくに話さなかった。
そしてその日は和解することなく寝てしまった。そのデートスポットを背にしながら。
≮≮≮≮≮≮
あの言葉が耳を伝ったとき、わたしは何故か猛烈な吐き気に襲われた。
「それでさ――――」田村の話は既に変わっている。佐野なんか、というのは、やはり彼の本心だったのだろうか。わたしは、最近、ようやく自覚し始めた。自分の気持ちについて。普段話すときも、少し田村の真似をしてみたり、スキンシップを多めにしたり。これを話したら咲にキモ、と言われたけれど。しかしもうこれ以上、田村と関わる気は、ない。なぜなら、もう、嫌われているのだから。そのまま、バスの中で田村を盗み見る。田村と目があった。彼はしまった、という顔をしている。そりゃそうだ。ばれちゃったもんね。
べつに田村からこの日話しかけられることはなかったし、わざわざ話すまでもなかった。ただ、一日のレクリエーションが終わり、部屋のみんなで布団を並べた時、わたしは意を決して相談することにした。
「ちょっと、ココだけの話、そうだんがあるんだ」
「え〜なに」同じ部屋の子達が耳を傾けた。
「わたし、好きな人がいるんだ」
そう言うと、恋バナじゃ〜ん、と声が上がり、ほかのこたちも、そうじゃんそうじゃ〜ん、と同調している。ただ咲一人がニヤニヤしてこちらを見ている。くそっ。
「ごめん、私の相談は、そんな軽い話じゃないんだ」
「えっ」反応したのは咲だ。視線がわたしに集まる。
「わたし、好きな人がいる。……田村晴人っていう……」
「あーはいはいなるほど」藤木さんが言った。
「なんかそんな感じするわ」
「その田村が……田村がっ、佐野なんかに告白るかって――――――」
言い終わらないうちに、わたしは泣き出していた。
隠す気のない鳴き声が部屋に流れ出す。ごうごうと轟く滝のような勢いで。
「もうイヤ…………」
「あたし、そんな事ないと思うけどなあっ〜」
「……な、なんで?」
「あたし田村と小学校だからわかるけど、田村はドジだけど、そんな意地悪はしないよ。何かの間違い、というか……あいつが勝手におっちょこちょいなことしでかしてるだけだよ、きっと」藤木さんは言った。
「そっか…………」わたしは少し安心した。やっぱり、あんなの田村じゃない。
「ありがと、安心した」よかった、とみんなも頷いてくれた。そしてわたしはこう付け加えた。
「さすが、わたしの好きになった人だ」
「何様だよっ」咲と藤木さんが大きな声で笑った。
「だから、安心して寝な」
意外にも、わたしはすんなり眠ることができた。
僕と佐野の仲は険悪だった。かといって仲直りしようと気安く声をかけることすらできなかった。好機が訪れたのは、晩ご飯をキャンプ場で作っていたときだ。佐野を見つけた。そして佐野と目が合った。
何か言おうと思って、佐野に近づいた。
そして、二人はだんだん近づく。佐野が後ずさり、逃げた。そしてしばらく二十メートルほどのところでようやく、佐野を捕まえた。
「佐野…………」
「あんたに呼び捨てされる筋合はないけど」
「佐野さん、ごめん……」
「なにが?」佐野の目は、かなりつり上がっている。
「バスの中で、変なこと言っちゃった。ごめん。あれは本意じゃない。ああ言う話になると、身も蓋もないことを言ってしまうんだ、俺は。だから、許してほしい。もう言わないから、……安心してほしい」俺は佐野の目を見た。
「……っ!ほんとに誓って言える?」
「うん!」
「なら信じるよ?」
「やった!ありがと」
「完全に許したわけじゃないけど、ま、私も安心した」ぷいと向こうを向いて、少しだけ素直じゃない言い方だった。
「あ!あの……」
「こんどはなによ」
「夜九時……噴水で待っていてくれますか?」
「い、いいけど、どうしたの、そんなにかしこまっちゃって……」
ありがとうといい、その言葉にはろくに返事をせず田村は去った。
≮≮≮≮≮≮
わたしは、田村とまた分かれてもとの班に戻ってきた。
「どだった?呼び出されてなに言われた?」咲が早速聞いてきた。
「謝ってきたよ、彼。あまりにもどストレートだったから、ちょっとビビったけど。」
「確かに。そこは田村の良いところでもあり悪いところでもある」藤木さんが納得したように言った。
「あとさ……夜九時に噴水で待っててくれる?って言われた」
そう伝えるなり、同じ班の子たちの顔がぱああっと明るくなり、何かヒソヒソ声で喋っている。わたしにも、なんのことかはだいたい想像がつくが。
結局、そのせいで茄子の半分が焦げた。
そして、夜八時半になった。
「なあ、雪ちん。わたしがこっそり持ってきた化粧道具貸してあげよっか?」
「やめとけ」咲が止めた。「田村がビビったらまずいだろ」「たしかに」
わたしは髪を整え笑顔の練習を鏡に向かってして、涙がこぼれないようにした。
そして時が来た。
「いってきます」
「健闘を祈る」咲と他の子達が言った。
噴水には、先に田村がいた。
「ごめん。抜け出すの難しかった?」
田村が先に訊いた。
「ううん。全然」わたしは田村が座っている噴水の近くのベンチに、隣にちょこんと腰掛けた。
「よかった……」田村は一呼吸おいてこう続けた。
「昨日は……ごめんなさい。非常に申し訳ないことをした。」
わたしは黙って聞いていた。
「こうやって真っ正面から謝れるのは、佐野の良いところを知っているからだ。
たとえば、明るいところ。ちょっと俺がヘマをしても、笑ってごまかしてくれるところ。いたずら好きで、仕掛けられた俺でさえ笑わせてくれるところ。そんな佐野さんはいい人だ。優しい人だ。そんな佐野さんの良いところを見つけられてよかった」
田村は、わたしを見て、思いっきり言った。
「だから、俺は――――――」
「俺は、佐野が好きだ!」
今は夜ですずしいはずなのに、真夏にプールに思いっきり飛び込んだような爽やかさが感ぜられた。
わたしも、答えなければなるまい。もちろん答えは……
「………………ありがと。……わたしも、好きだよ」
田村の表情が、ぱあっとなった。
「お付き合いしよ?」わたしはそう言っていた。
田村は、「ありがとう」と、真面目な顔で言った。
急に目頭が熱くなってきた。泣かないって決めたのに。準備していた笑顔も、今はどこへやら。
私の頬に、涙が一筋垂れた。
「幸せになろうね」わたしはすすり泣きながら、強い力で田村を抱きしめた。
二人はしばらく、抱きしめ合い、ぬくもりを感じていた。
わたしが帰ったのは、消灯時間ギリギリだった。そして、部屋に入るとみんなが出迎えてくれた。
「よかったね、付き合えて」藤木さんが言った。
「えええーっ、なんで知ってんの?」
「なあ、噴水って、施設の棟からではどこからでも見えるんだよ」
「うわ、まじかー」
「ま、良かったじゃん」
「うん!」
「うわー、うれしそー」咲が笑った。
「よし、もう寝るか」班長が言った。
「ねながら、おい雪ちん、告白文全文抜粋してつたえろ」
「お、覚えている限りね……」
「いうんかい!」
こうして、林間学校最後の夜は幕を閉じた。
「マジで?お前付き合えたの?」
「うん」俺は少し顔を赤くして言った。
「よっしゃー!!」と歓声が班のみんなから上がる。
「おいおまえら!はよ寝ろっつの!」
担任の怒鳴り声がした。お前ら、ずっとこのテンションだったの?
「まあ、寝ますか、疲れたし」
「だな!」田中克幸は、そう言って電気を消した。
帰りのバスが出発する。俺はまた、田中の隣だった。通路側だ。すると、向かいの斜め前の藤木さんが目配せをしてきた。「席変わろう」と。
しかし、昨日彼女ができたばかりなのに、こうやすやすと誰かと席を交換し、別の女子と隣にいていいものか、と思ったが、それは早速打ち破られた。藤木さんの隣は佐野だった。田中と藤木さんに気を使い、そしてしめしめと、佐野の隣へ席を交換した。しかし、なぜ藤木さんはこっちを見てニヤニヤしているのだ?
ふと思い出した。佐野と藤木さんは同じ部屋だった。だからか。だから付き合っていることを知っていたのか。少し見下されているように思えてムカついたが、別にどうでもよかった。なぜなら、僕には心強い大切な人がいるから。
そして俺はあの時のように、寝ている佐野のほっぺをツンツンしていた。そして、うつらうつら舟を漕いでいた佐野が、ツンツンされていたのに気付いて、突然起きて、「ええっ」と驚き喚いた。「なんでいるの?」と。なんで、とは失礼な。一応彼氏だぞ?そんな佐野に俺は、しーっ、と口元に人差し指を当てて牽制した。秘密を知られる人数は最小限にしなければ。
「てか、なんでいるの?」
「藤木さんが代わってくれた」
「そっか、あっちもカップルだもんね」
「そうだな」
そして、佐野が寝起きの伸びをし、他愛もない雑談を二人でしていると、担任が、CDかけるぞー、と、言ってきた。
そしてかかったのは、『ルージュの伝言』だった。
「ちぇ、林間学校も終わったのにこんな曲かよ」と誰かが言った。それを聞いて僕らはくすくす笑った。
でもそれは違う。これは終わりではない。たしかに林間学校は終わったが、僕らの青春は、まだ、始まったばかりなのだから。
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では!次の話もお楽しみに!




