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女神のご加護と祝福を  作者: 結糸
旅立ちの日
9/13

レイラの確信

「エドウィン様がおられない?」

 朝になり、レイラからそう告げられ、クリストファーは驚いて目を見開いた。

「いつからですか?」

「昨日、猫を探していた時はおられました。ですから、私と別れた後では…」

「私と会ったのはその後でしょうか?」

 クリストファーが心配そうに尋ねる。

「では、エドウィン様はクリストファー様にお会いになられたのですか?」

「ええ。実は心配していたのです。エドウィン様はご自身の将来について、とても悩まれていたようですから」

「とおっしゃいますと?」

 レイラが尋ねると、クリストファーは伏し目がちに話す。

「エドウィン様は、ご自分にできることはあまりにも少ない、自分は請願者には向いていないのではないかとおっしゃっていたのです」

「…エドウィン様が?」

 レイラは怪訝そうに聞き返す。

「ええ。そしてこうもおっしゃっていました。このままでは請願者の役目を果たすことはできない。できれば私に代わってほしいと」

「そんなこと、私には一言も」

 レイラは不可解そうに言い返す。

「それは言えないでしょう。あなたは彼のための護衛なんですから」

「でも、エドウィン様は途中で役目を投げ出すような方では」

「あなたに彼の何が分かるんですか?」

 クリストファーの問いかけに、レイラは窮する。


「そ、れは…」

「ペリドットの町からここまで、ほんの数日のつきあいでしょう。いえ、つきあいが短くても、私のほうが彼の苦悩がわかるんですよ。同じ司祭ですからね」

「ですが…」

 なおも食い下がるレイラを慰めるように、クリストファーは彼女の肩に手をおく。

「エドウィン様は一人になりたいのかもしれません。それでも気になるようでしたら、街を探してくるといいでしょう。簡単にみつかるとは思えませんが…」

「…それでも」

 レイラは顔を上げる。

「私はエドウィン様を探します。彼を守ることが私の使命ですから」

 レイラはそう言って、聖堂を後にした。


「…主人が主人なら、護衛も護衛だ」

 クリストファーはため息を吐いた。


「…よろしいでしょうか」

 廊下から修道女が一人クリストファーに声をかける。

「ああ、アリソン。なかなか手ごわいね、彼女は」

 クリストファーはレイラが出て行った聖堂の扉に視線を向ける。

「ですが、どこを探してもエドウィン様はみつかりませんが」

「彼は役目を放棄して街を出て言ったことにさせよう。目撃者がみつかれば文句もあるまい」

「クリスファー様の仰せの通りに」

 アリソンは両手を組んで、深く頭を下げた。


「エドウィン様を見ませんでしたか?」

 レイラが街中の誰に聞いても、見たという人物には会うことができなかった。

「昨日の司祭様ですか? いいえ、見てませんけど」

 帰ってくる答えはそればかりだ。知らない、見ていない。


「いったい、どうなってるんだ…」

 レイラは途方に暮れた。

 エドウィンがいなくなるにしても、レイラに一言も告げずにいなくなるなんて、ありえない。どう考えても不自然だ。

 まして、エドウィンは従順そうに見えて、意外と強かな一面もある。クリストファーの言う通り、本当に使命を重く感じていたとしても、請願者を勝手に投げ出すような人間ではないはずだ。

 投げ出すにしても、もっとやりようがあるだろう。

「…それに、化け猫もどこへ行ったのか」

 二人で逃げた?

 それはない、とレイラは胸の内で否定する。

 自分の中のエドウィンは、そんな人間ではないからだ。


 昨日訪れた富裕層の住宅街へ行っても、誰もエドウィンのことは知らないと答えた。

 不意に、にゃあ、と声がした。

 レイラはぎょっとして足元を見ると、白地にぶちもようの猫がレイラを見上げていた。

「…チェルシー、おいで、チェルシー」

 屋敷の中から品のよさそうな青年が出てきた。

「ああ、そこにいたのか」

 青年はレイラの足元にいるぶちの猫を抱き上げた。

「あなたの猫でしたか」

 レイラは安堵と失望のまじった声で笑う。

「ええ。やはりちゃんとリードをつけておかないとだめですね。それでなくても、猫はすぐどこかへ行ってしまう」

「…そうですね」

 ぶちの猫を見てレイラは同意する。スノウではない。当たり前だ。あの猫は白い猫だった。ぶち模様はない。

「あの…個々の近くで金髪の司祭を見かけませんでしたか?」

「司祭様ですか? さあ…」

 青年は首をかしげる。

「それならいいんです」

「人探しですか?」

「ええ。昨夜から行方不明なのです」

「それは…お気の毒ですね。早く見つかるよう女神に祈りましょう」

「…ありがとうございます」

 レイラは青年の屋敷をあとにした。彼の腕の中のぶちの猫が、じっとレイラをみつめていた。


 いないと思いつつも、レイラの足は貧民街のあの少年のもとへ向かっていた。

 街の端にある貧しい人々が暮らす地域。その中のあばら家の一角へレイラは足を踏み入れる。

「こんにちは」

 少年はレイラをみて、驚いたようだった。しかし不快な様子はなく、おどおどとレイラのそばに寄ってきた。

「君のおじいさんは? 中?」

 少年はうなずいて、あばら家の中へレイラを招き入れた。

「こんにちは」

「おや、あなたは…」

「司祭エドウィンの護衛のレイラです。エドウィン様はこちらへ来てはいませんでしょうか?」

「見た通り、この子と私以外は誰も…。どうされたんですか?」

「行方不明なのです。あの猫と一緒に」

 老人はふっと息を吐いた。

「…クリストファーの意に沿わぬことを言ったことは?」

「え?」

 レイラは首をかしげる。

「そんなことはないと思いますが…」

「彼には気をつけなさい。わしに言えるのは、それだけだ」

 老人はそういって、目を閉じた。もう話すことはないというように。


「…失礼しました」

 レイラがあばら家を出ると、少年が追いかけてきた。

「どうした? 何か私に言いたいことでも?」

 少年は両手を胸元にあてて、首を横に振った。

「…ごめん、わからない。君の声が出るようになることを、女神に祈るよ」

 少年は顔をあげてうなずいた。


 貧民街をあとにして、レイラは街中をエドウィンを探してまわったが、思ったような結果はあげられなかった。


「…疲れたな」

 レイラはかかとを踏み鳴らした。

 来ていないとは思うが、念のためレイラは街の出入り口にある馬車の御者へ声をかけた。

「すまない、金髪の司祭を見なかったか?」

「ああ? 知らねえなあ。人探しか?」

「そんなところだ」

「司祭が街を出ていくなら、誰か見てるんじゃないか?」

「そう…ですよね」

 レイラはため息を吐いた。近くの待合所の椅子に腰をおろしてうなだれた。

「はあ…」

「…ぼく、見たよ」

 唐突に子供の声がして、レイラは顔をあげる。

 目の前には、十歳くらいの少年が立っていた。

「…君は?」

「金髪の司祭様でしょ? 見たよ」

 少年は街の出入り口のほうを指さす。

「あそこから出ていったよ。一人で」

「エドウィン様が? 歩いて?」

「うん。なんかとっても疲れた顔してた。どこへ行ったのかはわからない」

 レイラは少年の指さす方を見る。街の外壁の外は、石畳の道路、それがなくなると広い大地が続いていた。

「…そうか。ありがとう」

「どういたしまして」

 少年はレイラの前から駆けだしていった。

「…これではっきりしたな」

 レイラは立ち上がった。


 エドウィンは、この街から出て行っていない。



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