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女神のご加護と祝福を  作者: 結糸
旅立ちの日
6/13

表と裏

「ここは…」

 スノウがにゃあと鳴いて足を止めた。

「ずいぶん、寂れたところですね」

 レイラも周りを見渡して驚く。

「これは…街の外れにこんな場所があるなんて」

 エドウィンも呆気に取られているようだった。同じ街の中でも、こんなに住民の様子が違うとは。

「司祭様が来た」

「司祭様だ」

「何しに来たんだ?」

 住民はぼそぼそと言いながら、遠巻きにエドウィンを眺めている。


 スノウは鳴いてまたエドウィンを振り返る。

「どこまで行くんだ?」

 寂れた住宅街の一角まで来ると、スノウは足を止めて屋根が布で覆われた家の中へ入っていった。

「ここは…」

「エドウィン様、外でお待ちください。私が先に入ります」

「あ…」

 レイラはエドウィンの返事を聞かず、中へ入る。家の中には、スノウと一人の老人、それに十歳くらいの少年がいた。二人とも服は傷んでいて、風呂にも入っていないのか、少しにおいがした。

 スノウがにゃあと鳴いて、少年の服巣の裾に顔を摺り寄せると、レイラの脇をすり抜けてエドウィンの元へ行ってしまった。

「…何か用ですかな」

 老人が訝し気にレイラを見る。当然だ、とレイラは胸に手をあてた。

 少年はスノウを追いかけて家を出ていった。

「…失礼いたします。私はセレーネ教の教団騎士のレイラと申します。ここへ来た猫を追ってきたのです」

「…また、猫か」

 老人はため息を吐いた。

「また、とは?」

「あなた方が犬や猫をとらえるので、こちらにはネズミばかり増えて困っておりますよ。ネズミは我らの食糧を荒らし、盗んでいく。なのに教会は何もしない。金になるものばかりさらっていく」

「…それはどういうことでしょうか?」

 レイラは困惑して尋ねる。

「見たところ、あなたはアメジスト教会の方ではありませんな」

「ええ。総本山のセレナイトからまいりました」

「教会の方に言っても無駄なこと。もう戻りなさい。ここらの人間は、教会にいい印象は持っておりませんから」

「何故ですか?」

「クリストファー様には誰も逆らえないのです」


 スノウがにゃあにゃあ鳴いて少年を招き寄せる。家から出てきた少年は、エドウィンをじっと見上げた。

「君は?」

 少年は喉を両手で押さえる。ぱくぱくと口を開いた。

「…そうか。口がきけないんだね。スノウは、私にこの子を会わせたかったのですか?」

 スノウは肯定するようににゃあと鳴いた。

「生まれつき口がきけないの? それとも…」

 少年はふるふると首を振る。

「…誰かに『沈黙』の魔法をかけられた…?」

 少年は首を縦に振った。


「…エドウィン様!」

 遅れてやってきたロバートが、ぜいぜいと荒い呼吸をしながらエドウィンたちに追いついた。

「はあ、はあ、まったく…。置いていかないでくださいよ」

「すみません、ロバート様。私の猫が突然走り出したものですから」

 エドウィンは足元のスノウを拾い上げた。

「ちゃんと見ておいてください。こんな汚い場所へ来ることになるなんて」

 ロバートは露骨に顔を歪めた。

「こんな汚い場所…ですか」

 エドウィンはあたりを見渡す。

「おや、おまえは…」

 ロバートは少年を見下ろす。すぐに顔をそらした。

「さあ、行きましょう。長居は無用です。護衛の方はどうされたんですか?」

「ここです」

 レイラがロバートの呼びかけに答えるように、あばら家から出てきた。

「ああ、よかった。早く早く戻りましょう」

「ええ…」

 ロバートに急かされ、二人は教会へ戻ることになった。


「そうでしたか、貧民街へ行かれたのですね」

 エドウィンたちは、クリストファーら修道士たちと夕食をともにする。スノウはエドウィンの足元でミルクと肉を食べていた。

「ええ。寂れた様子でした。彼らを救ってあげることはできないのでしょうか?」

「そうですね…」

 クリストファーはパンをちぎって野菜のスープにつけて口に運ぶ。

「私たちも気にかけてはいるのですが、彼ら全員に施しをすることはできません。女神も自分を助けるものに助けを与える、とおっしゃっているでしょう?」

「それは…確かにそうです。しかし、あの方たちは皆、やつれて栄養状態も悪いようでした。仕事に就くのも難しいのでしょう。着るものも上等とはいえません。せめて、日々の食事を何日かに一度でも与えていただくことはできないのでしょうか?」

「エドウィン様はおやさしいですね」

 クリストファーはにっこりと微笑んだ。

「ですが、我が教会も苦しい懐事情です。教会の維持費も馬鹿になりませんからね」

「そう…ですね。私のいた教会に比べれば、とても立派なものに見えますし…」

「おわかりいただけましたか」

 クリストファーはハムを食べる。

「でも何か、できることは」

「時にエドウィン様は、呪文レベルはいくつになりますか?」

「えっ…私ですか?」

 唐突に話題を変えられ、エドウィンは面食らった。

「呪文レベルは6になります」

「そうでしたか。私は7です。やはり、道中危険なこともありますから、少なくともレベル5以上は最低でもなっておかなくてはなりませんね」

「ええ…そうですね」

 エドウィンは話を戻したかったが、クリストファーにその気はないようだった。


 食事が終わり、お祈りをしてからエドウィンの部屋へ戻ると、スノウがにゃあにゃあと鳴いた。

「わかったわかった」

 レイラが道具袋から寝間着を取り出すと、スノウはそれを頭にかぶって人化した。

「エドウィン様!」

「はい。どうしました、スノウ」

 服を着ているので、今回は動揺しないでエドウィンはスノウの相手ができた。

「あいつ、嘘ついてます! あそこにいる動物が全部じゃないです!」

「何を言ってるんだ、おまえ」

「それに貧民街で会った子も、あいつが悪さしてしゃべれないんです!」

「いいから、落ち着け」

 レイラはスノウを無理矢理床に椅子に座らせた。

「話がまとまってない。順序だてて話せ。でないと、エドウィン様もわからないだろうが。…ですよね?」

 レイラが振り返ると、「はい…」とエドウィンが苦笑した。

「え、えーっと…そう。今日、ロバートがいったところ、あそこだけじゃないです。動物がいるの」

「といいますと…」

「隠し部屋があって、そこにクリストファーがいらなくなった動物を置いてるの。そこでみんないじめられてるの」

 レイラとエドウィンは顔を見合わせた。


「その…スノウの話を疑うわけではないですが、今日見たところではそんな様子はなかったですし」

「それに、有償で動物を譲渡するくらい仕方ないだろう。あれだけ動物がいれば、餌代だって馬鹿にならないし」

「スノウ、嘘ついてないもん!」

 じたばたとスノウは暴れた。

「スノウ、落ち着いて。あなたが嘘をついているとは思っていません。ですが、勘違いということも…」

「違うもん! それに貧民街のあの子も、クリストファーが口きけなくしたんだもん!」

 スノウの発言に、再びレイラとエドウィンは顔を見合わせる。

「クリストファー様が?」

「そんなわけないだろう」

 レイラは呆れて言う。

「本当だもん! あの子、クリストファーが動物をいじめてるのを見たから、口きけなくされたの! 本当なんです、あるじ様!」

 スノウの必死の訴えに、エドウィンは考え込む。

「…わかりました。では、クリストファー様に直接聞いてみましょう」

「でも、あいつ口上手いから…」

「では、スノウも一緒に来てください。そばにいてくれれば心強いですから」

「私も同行します」

 レイラが剣を手にした。


「おや。どうされました、エドウィン様」

 すでに寝間着に着替えていたクリストファーは、快くエドウィンたちを部屋へ迎えてくれた。

「夜分にすみません。レイラとこの子もいいですか?」

「もちろんです。どうぞ」

 エドウィンはレイラと猫のスノウ連れて中へ入る。クリストファーの部屋は簡素な造りをしていた。エドウィンの使う客室と変わらない。本がたくさんあるという違いだけだ。

「実は、今日、貧民街で妙な噂を耳にしました」

「ほう。どのような?」

「クリストファー様が、動物を虐待しているという噂です」

 エドウィンの言葉に、クリストファーは目を見開いた。

「…それは本当ですか?」

「ええ。ですが、あくまで噂ですから」

「ああ…。なんということでしょう」

 クリストファーは悲し気にかぶりを振った。

「確かに、しつけのために動物に厳しくすることはあります。動物を散歩させるときに叱ることもありますから、それがきっと子供達には怖く見えたんでしょうね」

「そうでしたか…。では、誤解なのですね?」

「もちろんです。私は動物たちにとても思い入れを持って接しています」

「よかったです。クリストファー様のお心がわかって」

「わかっていただけましたか」

 クリストファーはエドウィンの手を取った。

「あなたなら、わかってくださると思っていましたよ」

「ええ。クリストファー様も心無い噂でさぞ胸が痛まれたでしょう」

「いいえ、いいのですよ。あなたのようにわかってくださる方がいるなら。…ところで、エドウィン様」

「どうかされましたか?」


 クリストファーはエドウィンの足元のスノウを見る。

「その猫、もしかしてどこかで拾われましたか?」

「ええ。旅に出る途中で出会った猫です」

「実は…以前、教会にいた猫と似ている気がするのです」

「そうなのですか?」

 エドウィンは目を丸くする。

「こう言っては何ですが、ずいぶん手間のかかる猫で…。餌は選んで食べたり他の猫から横取りしたり、懐いたものからしか餌を食べなかったり、里親候補として来てくれた方に嚙みついたり引っかいたり、とにかく面倒を見るのが大変でした。いつの間にかいなくなっていたので、近辺を捜したのですが、みつからなかったのですよ」

「…そうでしたか」

「白い猫はどこにでもいますから、私の勘違いかもしれませんが…」

 エドウィンは地面から猫を抱き上げた。

「お話を聞けてよかったです。この子はきっと違う猫でしょう。それではおやすみなさい、クリストファー様」

「おやすみなさい、エドウィン様」

 二人は笑顔で別れた。


「…おい、化け猫」

 部屋へ戻って、レイラは寝間着をスノウにかぶせる。スノウは人化して寝間着をはおった。

「話が違うんじゃないか。おまえ、自分でここから逃げ出したのか?」

「化け猫じゃないし、違わないもん! 確かに、ここから逃げ出したけど…」

「何故逃げ出したのですか? クリストファー様はずいぶんよくしてくださったようですが…」

「…それは」

 スノウはきゅっと唇を噛んだ。

「言えないです」

「はあ? なんだ、それ…」

「どうしてですか? 事情があるんですか?」

 レイラはうんざりした様子だったが、エドウィンは真摯に尋ねる。

「スノウの友達のことだから、言えないです。でも、あるじ様、スノウ、嘘は言ってないです。クリストファーは本当に動物をいじめてるんです! 隠し部屋みたいのがあるはずです!」

「わかりました、スノウ」

 エドウィンはスノウの頭を撫でる。スノウは小さく鳴いて、猫耳と尻尾を垂れた。

「では、明日もう一度クリストファー様からお話を伺いましょう。セレーネ教の司祭にそのような方がいらっしゃるかもしれないというのは、悲しいことですが…。スノウのこともお話してみましょうね」

「あるじ様…」

 スノウはあからさまにがっかりしたようだった。肩を落として、尻尾も耳も垂れ下がっている。

 その夜はそこで話は終わりにして、各々眠りについたのだった。


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