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女神のご加護と祝福を  作者: 結糸
旅立ちの日
3/13

獣人の少女

「着きましたぜ」

 馬車の停留所で全員馬車から下りて、御者に別れを告げて行った。エドウィンは御者に頭を下げる。

「ありがとう。助かりました」

「こちらこそ、エドウィン様と騎士様のおかげで無事着きました。あんたらが乗ってなかったら、大事なお客さんが魔物にやられちまうところだった」

 御者が感謝を伝える。

「お役に立てたなら何よりです。それでは、気を付けて」

「無事を祈ってますよ。必ずペリドットの町に戻ってきてください」

「はい、必ず」

 エドウィンは力強くうなずいた。


 レイラとエドウィンは停留所から離れて町中へ歩き始める。猫も馬車を下りてエドウィンの後をついていく。

 ふと、エドウィンは足元の猫に気づいた。

「おまえも一緒に来るかい?」

 猫は同意するようにエドウィンの足に顔を摺り寄せた。

 町の規模は、エドウィンがいたペリドットの町とそう変わらない小さな町だった。食べ物の屋台からおいしそうな匂いがしてくる。

「聞くところによると、ここにはセレーネ教の教会はないそうですね。あれば教会に宿をお願いできたかもしれないのですが」

「無一文ですからね。私たち。どなたかのおかげで」

 レイラはそっぽを向きながら言う。

「仕方ありません。寄付を募りましょう」

 エドウィンは気にした様子もなく笑う。

「寄付ですか? どうやって? 物乞いでもする気ですか?」

 それには答えず、エドウィンは大通りの中心まで歩くと、「レイラ、教団の道具袋を」と言って、レイラがそれを渡すと中から革袋を取り出す。

 それを地面に置いて、レイラに道具袋を返した。

「まさか、本当に物乞い…」

「セレーネ教の布教のためにも、ここで女神の教えを話しましょう。少し時間はかかるかもしれませんが」

 エドウィンは微笑む。

「…正気ですか。一体何時間かけて寄付を募る気ですか…」

 レイラは天を仰ぐ。

「では、はじめます。遠い遠い昔、女神セレーネの父、太陽神ヒュペリオンがこの世界をつくられたころのお話です。世界は混とんとしていて、真っ暗な中に太陽神が誕生したのです。太陽神はこの世界にはまず、自分の分身たる神が必要だと考えられました。それが月の女神セレーネ、地球の神アトラスです。我らが信仰するのはこの月の女神セレーネです。彼女はまず、アトラスに地上を楽園にしたいと訴え、地球に大地をつくり始めます」

 レイラは諦めて、エドウィンを見守ることにした。ちらちらと見ながら人が通っていくが、寄付しようとする人は見当たらない。

「セレーネが最初につくった生物は…」


「おい、神父様よ」

 話の途中で声をかけられ、エドウィンは声をかけてきた屈強な男を見上げる。

「申し訳ありません。私は神父ではなく、セレーネ教の司祭なのです。神父はまた別の宗教の方…」

「どっちでもいいんだ、そんなことは! それより、これはなんだ?」

 エドウィンの足元の革袋を拾い上げる。猫がしゃあっと威嚇した。

「これはですね、寄付を募るため…」

「はあ? 誰に断って金なんか集めてるんだ!?」

「司祭さまは知らねえようだから教えてやるが、ここで商売やるには、兄貴の許可が必要なんだよ。ショバ代払いな」

 もう一人の別の男が現れた。屈強な男がうなずいて、腕組みをする。

「商売ではありません。私はただ、皆様の善意に…」

「強情な司祭さまだな。そのきれいな顔に、お見舞いすればわかってくれるかな?」

 屈強な男は力こぶを作って見せる。

「暴力で解決しようとするのはいけません。女神もそうおっしゃっています」

「女神さまは、あんた守ってくれるかねえ!」

 屈強な男がぶんと拳を振り上げると、レイラに横から無言で殴られた。


「レイラ」

 エドウィンは目を丸くする。

「て、てめえ…」

「何しやがる!」

 もう一人の男はレイラに殴りかかってきたところをするりとかわされ、足を引っかけられて無様に転んだ。

「なめるな!」

 さらに別の男はレイラに襲い掛かろうとしたところを、レイラが片手で払い、みぞおちにパンチを入れると男はみぞおちを押えて座り込んだ。

「この方はセレーネ教の司祭さまだ。おまえたちが簡単に手出しできると思うなよ」

 エドウィンの前に立ち、男たちをにらみつける。

「ふざけんなよ! このまま無事で…」

 レイラをにらみつけるが、次第に人だかりができている。

「いい加減にしろ! またおまえらか!」

「そうだよ! いつも人にたかってるんじゃないよ! 自警団を呼ぶよ!」

 屋台の主人たちが叫んだ。

「そうだそうだ!」

「あっちへ行け!」

 人だかりからヤジが飛ぶ。おそらく、いつもこんなことをしているので周りに顔を知られているのだろう。


「…くそ」

「覚えてろよ!」

「行こうぜ」

 男3人で逃げていく。

「みなさん、ありがとうございます」

 エドウィンは人だかりに頭を下げる。

「いいってことよ。あいつら、いつも好き勝手してやがるんだ」

「そうそう。今ので溜飲が下がったよ。騎士様、女性なのに強いんだね」

「訓練していますから」

 無表情でレイラが答える。

「すっとしたよ」

「二度と来なきゃいいのに」

 人だかりがばらけていく。

「レイラも、ありがとう。でも、暴力に暴力で返すのは…」

「エドウィン様が殴られるのを黙ってみていろと?」

 レイラはエドウィンをにらみつける。

「そういう台詞は、自分で自分の身を守れる人間が言うものです」

「………。そうですね。レイラの言うとおりです」

 エドウィンは恥じ入るように俯く。猫が慰めるようにエドウィンの足にまとわりついた。


「あの」

 不意にエドウィンに声をかける女性が現れた。

「はい」

 エドウィンは顔をあげる。

「さきほどお話されていたのと、その恰好…セレーネ教の司祭さまでいらっしゃいますか?」

「ええ、そうですが…」

「何か用ですか?」

 警戒するようにレイラはエドウィンの前に立つ。

「私もセレーネ教の信者なんです。実は近くで夫婦で宿屋をやってまして、もしよろしければうちでお泊りになって、説教などしていただけますか?」

「ありがたいお申し出ですが、私たちは旅費にも困っている有様でして…」

 エドウィンは恥ずかしそうに言う。

「お代なんて、いいんですよ。司祭さまが泊ってくださるだけで、私たちは幸運なんですから」

 女性は両手を合わせて祈るように言う。

「よろしくお願いします」

 レイラはエドウィンより先に頭を下げる。

 エドウィンはぽかんとレイラを見てから、慌てて頭を下げる。

「あの…では、お言葉に甘えさせていただきます」

 エドウィンは地面から道具袋を拾い上げる。

「ぜひどうぞ。こちらへ」

 エドウィンとレイラは宿屋のおかみについて歩き出す。猫も一緒についてくる。宿屋がいくつか立ち並ぶ中で、小さい宿屋へ女将は二人を案内した。

 「あなた、セレーネ教の司祭さまがいらしたの。宿にお困りだから、泊まってもらうことにしたわ」

 中に入って大声で言うと、中年の男性が現れた。

「へえ、司祭さまが。ようこそおいでくださいました。もうお食事はお済ですか?」

「いえ、まだ…」

「申し訳ありませんが、もうお客さんの食事は終わってしまったので、残り物でよければあるんですが、それでもいいでしょうか?」

「十分です」

 エドウィンは微笑んだ。


 宿屋の主人と女将は手早く夕食を用意してくれた。野菜と肉のスープとパンとチーズ、果物だった。猫にも女将はミルクとハムを与えてくれた。エドウィンは夫婦と女神に感謝し、夫婦はエドウィンにセレーネ教の話を聞きながら食事の席に座っていた。

「ごちそうさまでした」

「お疲れでしょう。お湯をわかしてありますから、どうぞ使ってください」

 食事が終わると、中年女性の勧めに従い、エドウィンはレイラに先に入るよう言われて、湯につかった。猫もきれいに洗ってやると、きれいな白い猫になった。

 次にレイラが風呂に入るといって、何かあったら呼んでくれと言われた。エドウィンはあてられた部屋へ入る。

 部屋の中で道具袋からいつもの習慣で、日記をつけようと取り出す。猫がすりよってきて、エドウィンの足元に顔をこすりつける。

「そうえいば、これから一緒にいるなら名前をつけてあげないとね。いつまでも猫ではかわいそうだし。何がいいかな…」

 ううん、とエドウィンは首をひねる。猫を抱き上げて顔を寄せる。

「そうだ、雪みたいに真っ白いからスノウはどうだろう」

 猫は同意したようにエドウィンに顔をよせる。そのまま、エドウィンの唇にスノウは唇を押し当てた。

「はは、くすぐった…え? え? え?」

 エドウィンの目の前の猫の姿が揺らぐ。


「…いやああああああああ!!!」


 宿内に悲鳴が響き渡った。

「エドウィン様!?」

 バスタオル1枚で剣を持って浴室から駆け出し、エドウィンの部屋へ飛び込んだ。

「どうされました、エドウィン様!?」

 中に入ると、全裸の猫耳と猫のしっぽのある少女が、がたがた震えて縮こまっているエドウィンにくっついていた。

「な、なんだおまえは!?」

 レイラは真っ青になって叫ぶ。

「スノウだよ」

 少女はレイラにそう答える。

「どうされました?」

「何かありましたか?」

 宿屋の主人とおかみが心配して、ドアをノックした。

 まずい。こんなところを見られたら、セレーネ教の司祭と護衛の関係を誤解される。

「な、なんでもありません! 猫が暴れたのを、エドウィンさまが驚かれたのです! 大丈夫です!」

「そうですか?」

「何かありましたら、声をかけてくださいね」

 宿の夫婦はとりあえず納得して、部屋の前から去っていったようだ。


「はあ~…」

 レイラはため息を吐いた。

「あるじ様、驚かせてごめんね?」

「おまえはなんなんだ、エドウィンさまから離れろ」

 レイラは剣の切っ先を少女に向ける。

「スノウ、獣人なの」

 少女はレイラにそう告げる。

「獣人…とは、人間の姿と獣の姿になるあの生き物のことか?」

「そう。ずっとあるじ様についてきてたの、スノウだよ」

「もしかして、あの汚い白い猫か…。スノウ…とは、おまえの名前か?」

「うん。あるじ様がつけてくれたの」

「お、お願いです…」

「どうしたの? あるじ様」

「服を、着てください…」

 ガタガタ震えながら、エドウィンはそれだけ告げた。


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