表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神のご加護と祝福を  作者: 結糸
旅立ちの日
2/13

わらしべ長者

「待ってください、エドウィン様!」

 エドウィンは立ち止まって振り返る。

「どうしました? レイラ」

「どうもこうもないですよ! 何が投資ですか、あのガキはお金を返すつもりなんか一切ないですよ! どうするんですか!? 私たち、無一文ですよ!」

「大丈夫ですよ。私のいた教会も寄付や自給自足でなんとか乗り切ってきました。頑張りましょう」

「私は乗り切ったことはありません。護衛には常に一定の俸給は与えられていますので」

 レイラは冷たく言い返す。

「なるほど」

 エドウィンは顎に手をあてて考える。

「では、こうしましょう。私は野宿しますから、レイラだけ宿屋へ泊るということで」

「そんなことできるわけないでしょう! 私の仕事をなんだと思ってるんですか!? あなたを守ることなんですよ! あなたを野宿させるくらいなら、私も外で寝ますよ!」

「では問題解決ですね」

 エドウィンはにっこり微笑む。レイラは唖然として二の句が継げない。エドウィンは御しやすい性格ではなかったようだ。

 エドウィンはすたすたと歩き出した。レイラは慌ててエドウィンの後を追う。

「宿代だけじゃないですよ。食事代や道中での不慮の事故にかかるもろもろの諸経費も…」

「私が稼ぎます。司祭ですから、説教はよくしているんですよ」

 エドウィンは笑みを絶やさず言う。

「エドウィン様は意外としたたかですね」

 レイラはため息を吐いた。

「司祭はただの人間です。女神に仕えておりますが、聖人君子ではありませんから」

 エドウィンはにっこりと微笑む。

「…で、どこへ向かうんです?」

 エドウィンが迷わず歩いているので、レイラはため息を吐きながら尋ねる。

「ここから先に…」


 花屋にいる少し太り気味の中年女性が声をかけてきた。

「エドウィン様、どちらへ?」

「こんにちは、おかみさん。実は誓願者として旅立つことになりまして」

 エドウィンは足を止める。

「そりゃあすごいじゃない! ちょっと待ってて」

 彼女はバケツに入ったアネモネの小さなブーケを手早くつくって、渡してくれた。

「これ、持っていきな」

「でも…」

「いいっていいって。お祝いだよ。応援してるよ。うちの町からセレーネ教の誓願者が出るなんて、誇らしいじゃないの」

「ありがとう。頑張ります」

「頑張ってね」

 エドウィンは手を振って彼女と別れて歩き出す。レイラも続く。


「花なんてもらっても、荷物になるじゃないですか」

 花屋から離れたところでレイラが呆れたように言う。

「きれいですよ。気持ちが嬉しいじゃないですか」

 不意にパンの匂いがしてきた。

「エドウィン様、騎士様とどこへお出かけですか?」

 パンの乗ったトレイを運びながら、そばかすの痩せた娘が声をかけてきた。。

「ええ。彼女に護衛してもらいながら、誓願者として旅に出ます」

「請願者になられたんですか!」

 娘は驚いて目を丸くする。

「大変ですねえ。じゃ、ちょっと待って」

 娘は店内に入って、パンをいくつか袋に手早く詰めてきた。

「どうぞ。道中食べてください」

「いいんですか? ありがとう」

 エドウィンは嬉しそうに笑ってパンの袋を手に取り、「これはお礼です」とさっきの花束を渡す。

「わあ、きれい! ありがとう、エドウィン様。気を付けて行ってきてくださいね」

「はい。ありがとう。ごちそうさま」

 エドウィンはパン屋を後にして歩き出す。レイラもついていく。


「いいんですか? 花…せっかくもらったのに」

 ちらりと後ろを気にしながらレイラが聞く。

「私が枯らしてしまうより、パン屋で長持ちしたほうが花も嬉しいでしょう。でも、これで今日の食事は確保できそうですね」

 パンの包みを持ってエドウィンはにっこり笑う。

「…どうぞ」

 レイラは教団の道具袋を開く。エドウィンはそれにパンの包みを入れる。

「セレーネ教の信者が多いんですね、この町は」

「そうですね、やはり教会がありますから。これで、花がパンになりましたね」

「…そうですね」

 レイラは渋い表情でうなずいた。

 エドウィンは迷わずまたすたすたと歩いていく。レイラも後に続く。屋台やレンガ造りの町が少なくなり、町の出入り口まで来た。


「それでどちらへ?」

「乗合馬車に乗せてもらいましょう」

「どうやってですか? 無一文なのに?」

 レイラが顔を引きつらせて聞いても、エドウィンはかまわず馬車の荷台を拭いている御者の男に声をかける。

「すみません、いいですか?」

「はい、なんですか? ああ、エドウィン様」

 中年の男はエドウィンに親しげに微笑む。

「どうしました? お出かけですか?」

「今日の目的地はどちらですか?」

「今からサードニクスへ向かうところですよ」

「そうですか。では、私たち二人を乗せていただく余裕はありますか?」

「そりゃ構わないが…あそこに行くなら丸一日馬車だよ。どんな用事で?」

「セレーネ教会の誓願者に選ばれたんです」

 御者は目を丸くした。

「そりゃすごいな! だったら、馬車代も盛大に払ってくれるんだろ?」

「それが…」

 エドウィンは困ったように微笑む。

「エドウィン様は先ほど、旅費のすべてをスリの小僧にあげたので、私たちは無一文です」

 レイラが無表情で説明する。。

 御者はぽかんと口を開けてから笑い出す。

「はははは! そりゃいいや! しょうがねえなあ、エドウィン様は。いいよ、乗ってきな。今日は誓願者のお祝いに特別だ」

「ありがとうございます!」

 エドウィンは感激して両手を合わせる。

「馬車の中で説教でもしてくれや。途中で魔物にあったりしないようにな」

「はい、女神にお祈りします」

 レイラはあまりの唐突な展開に、嘘でしょ…と唖然とした。

 いくらなんでもうまくいきすぎだ。いや…。とちらりとエドウィンを横目で見て、これも彼の人徳なのか。とこっそりため息を吐いた。


 二人は御者に言われて、2頭立ての馬車に乗り込む中には4人の客がいた。木のベンチが並んでいる。老夫婦と若い男女の組み合わせ。

 レイラはエドウィンより先に乗り、素早く中の人物を確認して、おかしな人間はいないようだと納得して、その場はおとなしくすることにした。

「こんにちは。いい天気ですね」

 エドウィンはレイラとともにベンチに腰掛ける。

「そうですね」

「とっても」

 老夫婦はエドウィンに微笑む。

 するりと薄汚れた白い猫が入ってきたが、誰も気づかなかった。

 御者が乗合馬車の前から「出発するよ」乗客に声をかける。

「よろしくお願いします」

 エドウィンが答えた。

 馬たちが歩き出す。町から出てブナの森の中の街道を馬が走っていく。馬車はごとごとと揺れた。

「その恰好は、セレーネ教の司祭さまですか?」

 若い女性がエドウィンに尋ねる。

「ええ、そうです。これから長い旅に…おや?」


 エドウィンの背後からするりと汚れた白い猫が現れる。

「猫だ。どこからか入ってきたのかな?」

 エドウィンは猫を抱き上げる。

「かわいい。触ってもいいですか?」

 女性が手を伸ばすと、しゃあっと猫が威嚇して喉を鳴らした。

「きゃっ…」

 女性は慌てて手をひっこめる。

「だめだよ、そんなことしては」

 エドウィンが猫を撫でると、猫はエドウィンにはすぐに体を摺り寄せた。

「司祭さまには懐いているみたいですね。司祭さまが飼っているんですか?」

「いいえ。今初めて会った猫ですよ。野良かな?」

 エドウィンが白い猫の喉を撫でると、うっとりと目を閉じてゴロゴロと気持ちよさそうに喉を鳴らす。

「エドウィン様、懐かれてついてこられても面倒ですから、外へ出しましょう」

 レイラが手を伸ばすと、猫は噛みつこうとしゃあっと呻いて口を開けてレイラのほうを向く。

「なんだ、この猫…」

「レイラ、かわいそうですよ。一緒に連れて行きましょう」

「はあ?」

 レイラは露骨に表情を歪める。

「冗談じゃないですよ。あなたは野良猫がいたら、何匹でも拾うつもりですか? 先立つものも無いのに?」

「でも、こんなに痩せて汚れていますよ。きっと何日も食べていないんです。放っておけません」

 猫はエドウィンの言うとおりだと言うように、顔をエドウィンに摺り寄せた。

「こんなかわいげのない猫…」

「かわいいですよ。ほら」

 エドウィンがレイラに猫を向けると、猫は嫌がってエドウィンの膝に戻った。

「あれ? おかしいな」

「エドウィン様も初対面なんでしょう…」

 レイラはため息を吐いた。

「勝手にしてください。私は面倒を見ませんからね」

「ありがとう、レイラ」

 微笑むエドウィンからレイラは顔をそらす。


「猫にも好かれるなんて、さすが司祭さまですね。おやさしそうなところを猫もわかっているんですね」

「いえ、とんでもないことです」

 エドウィンは照れたように髪をかく。

「司祭さま、俺たちもセレーネ教なんですが、もしよければお話をしてもらえませんか?」

「もちろん、いいですよ。どんな話をお望みですか?」

「では、教会ではあまりされないようなお話を」

 エドウィンは少し考えてから「…そうですね。では、私の養父、レイモンドの話をしましょうか」と微笑んだ。

「養父ですか?」

「司祭さまは孤児院でお育ちですか?」

「はい。私は赤ん坊のころに教会の孤児院へ出されたので、両親の顔は知りません。でも、寂しくはありませんでしたよ。私と似たような境遇の子が何人もいましたから」

 エドウィンはにっこりと微笑む。

 レイラはちらりとエドウィンを見て、顔をそらす。

「私を育ててくれたのは、修道女のアンと司祭のレイモンドです。もちろん、ほかにも修道女や修道士たちもいましたが、主に彼らが私の面倒を見てくれたのです。特に私はレイモンドを見ていて、将来は司祭になりたいと思いました」

「ご立派な方だったんでしょうね」

「立派…というか、放っておけない人でした」

 エドウィンは遠くを見るように窓の外に視線を向ける。

「教会で布教するときはそれほどではないのですが、とにかくそそっかしいのです。お茶を入れようとすると、お茶の葉を全部こぼしてしまったり、畑を耕せば収穫前のものを掘り起こしてしまったり、魔法を使えば呪文を間違えたり、とにかく何かやらかさずにはいられないのです」

「ふふ」

「そんな司祭さまもいるんですね」

「ほかにも、眼鏡を頭の上にかけているのに無い無いと探したり、女神書の研究をすると日が暮れても没頭して寝るのを忘れて、次の日は朝から寝てしまうような人でした。それに、子守唄もとても聞いていられないような音痴なんですよ」

「司祭さまがねえ」

「面白いな」

 若い男女はくすくす笑う。

「それでも、女神セレーネに対する信仰だけは人一倍熱心でした。聖人のことに関する逸話もすぐに覚えてしまいますし、女神書もすべてそらで言えます。だからでしょうね、彼はセレーネ教の誓願者に選ばれました」

「誓願者に?」

「すごいですね」

「ええ。何年もかけて世界中のセレーネ教会をまわったという話です。色々な人と出会えたことに感動したと言っていました。手紙のやり取りをしていましたが、最近は聖人となって忙しいようで、なかなか返事も来ないのですが、便りのないのがいい便りと思い、彼のことを思っていますよ」


「もしかして、司祭さまも誓願者なのですか?」

「ええ、見ず知らずの方に言うのも恐縮ですが、この度選ばれました」

 老婦人の問いに、エドウィンは気恥ずかしそうに答える。

「それは素晴らしいことです」

「大変な旅になるんでしょう?」

「世界中を旅されるんですね」

「人々の願いを集めて、セレーネ教本部のセレナイト教会へ行かれるのでしょう?」

「ええ、そうです。女神像にセレーネへの願いを集めて旅をします。私には分不相応な大役ですが、それでも務め上げるつもりです」

 エドウィンは固い決意を露わにした。

「応援しますよ」

「頑張ってください」

「司祭さまなら大丈夫ですよ」

「道中お気をつけて」

「ありがとうございます、頑張りますね」

 乗客の言葉に、エドウィンはにっこりと微笑む。膝の上の猫が眠そうにあくびをした。

「のんきな奴だな…」

 レイラは猫を呆れた目つきで見る。

「疲れているのでしょう。そっとしておいてあげましょう」

 エドウィンは人差し指を唇にあてる。


 馬車がごとごとと揺れながら進む。途中でトイレ休憩をしたいと老婦人が言い出したので、御者が馬車を止めて、老婦人と若い女性を下ろした。

「あまり森の中へ行かないでくれよ。魔物が出るかもしれないからな」

「わかってますよ」

「すぐ行ってきますね」

 二人は森の中へ入っていく。

「レイラは大丈夫ですか?」

「私は平気です。エドウィン様こそ、平気なんですか?」

「ええ、まだ平気です。このあたり、魔物が出やすいんでしょうか?」

 エドウィンは街道の周りを見渡す。木々が生い茂っている。

「この辺りは比較的魔物もおとなしいと聞いていますが…」

 突然、悲鳴が聞こえてきた。

「助けてえ!」

 女性がこっちへ走ってくる。

「誰か―!」

 老婦人も必死の形相で戻ってきた。後ろから、馬車ほどの高さのある人面樹が追いかけてきている。


「私が退治します、みなさん、動かないでください」

 レイラが馬車から飛び出して、剣を抜く。顔から女の泣き声のようなものを発する人面樹に、レイラは斬りかかる。枝を切っても、また別の枝がレイラに伸びてくる。

「くそ、きりがないな」

「レイラ!」

 エドウィンが馬車から下りてきた。

「エドウィン様、危ないですから馬車に戻ってください!」

 レイラは人面樹の枝から飛びのく。

「お手伝いします」

 エドウィンは両手を合わせて祈り始めた。

「女神セレーネよ、我らを守る盾をお与えください、防御のプロテクト・シールド

 人面樹の前に透明な盾のようなものができて、人面樹の進路を妨害する。ばんばんと顔面が防御の盾に当たり、見えないので前にあるのが理解できないようだ。

「…はあっ!」

 レイラが飛びかかって人面樹の顔の額と思われる部分の穴を斬りつけると、おとなしくなった。そこを攻撃されると、人面樹はしばらく行動不能になる。


「大丈夫ですか、レイラ!」

 エドウィンはレイラに駆け寄る。

「ええ、なんとか。ありがとうございます、助かりました」

 レイラは素直に頭を下げてからエドウィンを冷たい目で見る。

「ですが、私は馬車にいてくださいと言ったはずですが?」

「すみません、心配で…」

 エドウィンは困り顔で頭を撫でる。

「うまくいったからいいようなものの、あなたに万一のことがないように私がいるんです。気を付けてください」

「…はい」

 エドウィンは肩をおとしてうなだれた。

 レイラはため息を吐く。

「さあ馬車へ戻りましょう」

「騎士様、司祭さま、ありがとうございます」

「本当に助かりました」

 老婦人と女性が礼を言う。

「ご無事で何よりです」

 エドウィンは微笑んだ。

「さあ、出発だ」と御者が言う。

 全員が乗車したのを確認して、馬車が動き出す。昼時に馬車の中でそれぞれ持参した昼食をとった。

 その後しばらくして、二度目のトイレ休憩をとったが魔物は出ず、サードニクスには日が暮れてから到着した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ