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女神のご加護と祝福を  作者: 結糸
旅立ちの日
13/13

信じる心

 老人は大きく目を見開いた。そしてじっとエドウィンをみつめてから、目を伏せた。そして大きく息を吐く。

「…いつからお分かりで?」

「あなたはいつもクリストファー様に逆らわないよう助言してくださった。そして、あなたのお孫さんです。沈黙の魔法を解くこともせず、放置しておくのは、教会には解呪を頼めない事情がある。つまり、クリストファー様になんらかの見返りをもらっているからでしょう?」

「…なるほど」

 老人は深く息を吐いた。

「気づいたのはあなたが初めてですよ。…そうです。クリストファー様には援助していただいておりました。ここでわしが貧民街の教会への不満の受け皿になることで、この街をうまくまとめていらしたのですよ。…それももう、終わりですがね」

「クリストファー様はどちらへ?」

 老人はかぶりを振る。

「出て行かれたんでしょう。わしへ何も連絡などありませんよ」

「…そうですか」

 エドウィンは両手を組む。

「あなたに女神のご加護と祝福を」

「…祝福はもうありません。クリストファー様がいないのではね」

 老人の皮肉に、エドウィンは頭を下げてあばら家を出た。


「あるじ様、何の話してるのかな…」

「スノウは獣人なの?」

 あばら家の外で、スノウは少年とおとなしく待っていた。

「そうだよ。人の姿にも猫の姿にもなれるの」

 スノウは自分の猫耳と尻尾を撫でる。

「すごいなあ」

「ここの街にも友達がいるはずなんだけど、どこにいるかわかんないの。ぶちの猫になれるんだけど」

「それなら、俺、見たかも」

「ええ!? 本当に!?」

 スノウは尻尾をぴんと立てる。

「うん。お金持ちの家の庭で見た。牛乳配達の手伝いしてる時だよ。ぶちの猫って珍しいから覚えてたんだ」

「どんな家だった?」


 スノウが少年から情報を聞き出していると、エドウィンとレイラが戻ってきた。

「あるじ様、もうお話終わりですか?」

「ええ。終わりました。この子の面倒を見てくれてありがとう、スノウ」

「いいんです、そんなの。それよりあるじ様、スノウ、行きたいところがあります」

「ええ…。いいですよ。どこでしょう?」

「スノウの友達のところです」

「…わかりました」

 エドウィンはうなずいた。


 スノウについて、エドウィンとレイラは富裕層にいる住宅街へやってきた。

「えっと、青い屋根で、白い壁の、大通りを右に入ったお屋敷で、大きな庭で、ハナミズキの木があるところ…」

「おい、迷ってないか? 化け猫」

 同じところを回っているようでレイラがスノウに声をかける。

「迷ってないもん、たぶん…。あ、あそこ!」

 スノウが指さしたところに、確かに白い壁の青い屋根、ハナミズキの木がある屋敷があった。

「何しにここへ来たんだ?」

「ジョシュアのところに6番目がここにいるはずなの。あの子がそう言ったの」

「それは誰かの名前ですか?」

「えっと、スノウたち獣人はつがいに名前をつけてもらうから、小さい頃はおとうさんの名前の何番目の子っていう呼び方するんです」

「ややこしいな」

 レイラがた眉根を寄せる。

「スノウたちはそれが普通なの! あるじ様、この家にジョシュアのところの6番目がいるか聞いてもいいですか?」

「それはかまいませんが…この家の方はその子が獣人なのかはご存じなのですか?」

「わかりません。連れていかれるときは、猫の姿だったけど…」


 庭先で話をしていると、屋敷から侍女が出てきた。続いて、若い青年がリードを引いてぶちの猫を連れてきた。

「ほら、チェルシーおいで」

 青年はぶちの猫のリードを引く。

「あ…ああ!」

 スノウは白いぶちの猫を指さす。

「あるじ様、あの猫です! ジョシュアのところの6番目!」

「では、あの方に飼われているのですね?」

「そうだと思います、スノウ、話してきます!」

「話すって、どう…」

 エドウィンが聞くのも止めず、スノウは青年に駆け寄った。

「ねえ、そこの人! この猫、教会からもらったんでしょ!?」

「え、はい。そうですが…」

 青年は困惑した表情でスノウを見る。


「この猫、スノウにちょうだい!」

「ええ?」

「…あの馬鹿」

 唐突なスノウの発言に、レイラは額を押さえた。ため息を吐いて、青年に近づいて彼からスノウを引きはがした。

「申し訳ありません。この娘は獣人で、あなたの飼っている猫と知り合いなのだそうです」

「ああ、そういうことでしたか。でも、この猫はただの猫ですよ?」

「ねえ、ジョシュアのところの6番目、人化してスノウと話しようよ」

 スノウがそう言っても、ぶちの猫は青年から離れようとせず、スノウから逃げようとまでした。

「どうしたの、ねえ、スノウのこと覚えてないの?」

「お前の勘違いじゃないか? 本当にこの猫か?」

「そうだよ! だって、においがそうだもん!」

「においで判別するのか…」

 レイラはかぶりを振った。

「じゃあ、ちょっと待ってて」

 そう言ってスノウは猫の姿になった。着ていた寝間着から出て、ぶちの猫に鳴いて近づく。

 ぶちの猫はスノウのにおいをかいでから、にゃあにゃあと鳴いて青年の足に顔を摺り寄せた。

 スノウはぶちの猫から離れて、寝間着に潜り込んでそこから人化した。


「うわ…本物の獣人だ。初めて見た」

「私もです。本当に人になったり、動物になったりするんですね」

 青年と侍女は目を丸くした。

「スノウ、どうしたんですか? お話できましたか?」

 エドウィンに尋ねられ、スノウは肩を落として答える。

「…行きましょう、あるじ様」

「いいんですか?」

「うん。ジョシュアのところの6番目は、ここがいいんだって…」

 スノウはそう言って、とぼとぼと歩き出した。エドウィンとレイラにそれに続いて、教会のところまで戻ってきた。


「結局、あの家では獣人を飼うことにしたんだな」

「ううん」

 スノウは首を横に振る。

「ジョシュアのところの6番目は、猫のときにあの人にもらわれて、チェルシーって名前つけてもらったんだって。スノウが獣人になって一緒に行こうって言ったけど、ずっとここにいたいから、猫のままでいいって言われた。獣人であることは一生隠して生きていくって」

 しょんぼりしながら、スノウはぽつぽつ話す。

「本当のこと言わないで、幸せなのかな」

「そうでしたか…。ですが、幸せの形は人それぞれです。チェルシーがそれでいいと言うなら、スノウにも誰にも強制することはできません」

「…スノウ、ジョシュアのところの6番目とずっと一緒にいられると思ってたから」

 スノウは耳を垂れてうなだれる。

「あるじ様、スノウが言えなかったのは、ジョシュアのところの6番目が獣人だってわかると、クリストファーにどこかへ売られると思ったからなの。だから言えなくて…ごめんなさい」

「いいんですよ、スノウ」

 エドウィンはスノウの頭を撫でた。


「じゃあ、おまえもあの人に飼ってもらったらどうだ?」

 レイラにさらりと言われて、スノウはぎょっとする。

「い、いや! スノウはあるじ様と一緒にいるんだもん!」

 スノウはエドウィンにしがみついた。

「ですがスノウ」

 必死に訴えるスノウに、エドウィンは穏やかに諭す。

「今回の件でわかったでしょう。たまたまホプキンズ様が来てくださったおかげで事なきを得ましたが、いつもそうだということはないでしょう。それに私はセレーネ教の司祭ですから、あなたのつがいにはなれませんよ。ここにいたほうがいいのではないですか?」

「スノウ、あるじ様と一緒に行きます! 何年かかったってかまいません! おばあちゃんになっても絶対離れない!」

「おまえな…」

 レイラが呆れてため息を吐く。

「軽く考えてるんだろうが、今回みたいにうまく事が運ぶことは期待しないほうがいいぞ。おまえみたいなのは足手まといだ」

「軽くなんて考えてないもん! 今回だって、スノウ頑張ったもん! あるじ様を守るために、一所懸命やったもん!」

 スノウとレイラはにらみあった。


「…そうですね」

 エドウィンはふう、と息を吐いた。

「確かに、スノウのおかげて今回は助かりました。では、こうしましょう。スノウの心が変わるまで、一緒に旅をしましょう」

「スノウのつがいはエドウィン様だもん!」

「おまえ、阿呆だな。エドウィン様が譲歩してくださったのが分からないのか?」

「え? ええっと…」

「レイラも。それでいいですか?」

「…エドウィン様がそうおっしゃるなら」

 レイラはそっぽを向いて大きなため息を吐いた。

「えっと…じゃあスノウ、エドウィン様について行っていいの?」

「あなたのつがいがみつかるまでですよ」

「スノウのつがいはエドウィン様だから、ずっと一緒!」

「…やれやれ」

 レイラはポニーテールを撫でた。

「化け猫は単純でいいな」

「化け猫じゃないもん、スノウだもん!」


 エドウィンたちは教会の面々に挨拶をして、街を旅立つことにした。

「…エドウィン様、離れがたいようですね」

 馬車になって街を出てからも、街の様子を見ているエドウィンを見て、レイラが声をかける。

「後のことは彼らを信じて任せましょう」

「…信じることは、簡単なことです」

 エドウィンがいつになく真剣な声色で言う。

「本当は、疑うよりも信じることはとても簡単なことなのです。私の養父レイモンドもそう言っていました。ただ鵜呑みにすればいいだけなら、誰にでもできる。本当に大切なことは、疑って確証を得てその人を信じることであると。今回のことでは…私には、それができるだけの力がありません」

「エドウィン様…」

 レイラが危惧していることを、エドウィンも同じように感じているのだろう。

 本当は何も解決などしていないのではないか、ということを。教会はクリストファーの罪を隠匿し、なかったことにするかもしれない。

 それはこの街の人間たちが決めることで、結局エドウィンたちにはどうすることもできないのだ。

「スノウ、あるじ様のこと信じてます」

「…ありがとう、スノウ」

 体を寄せるスノウに、エドウィンは微笑んだ。


 クリストファーを改心させることは叶わなかった。いつか、自分が請願者としてもっと成長したら、何かを変えることはできるだろうか。エドウィンは胸元のペンダントをぎゅっと握る。

 今日の迷いも苦しみも、忘れないでいよう、とエドウィンは女神に誓った。

 空は抜けるような青さだった。


 次の街で何が待ち受けているのかを、彼らはまだ知らない。


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