点と線
「汚点だと認めるんですね」
レイラの声が動物たちの部屋に響いた。皆が一斉に振り返ると、そこにはレイラと大司教ホプキンズ、そして貧民街の少年がいた。
「話は聞いたよ、クリストファー」
「…あなたは」
「ホプキンズ様…」
クリストファーとエドウィンは呆気にとられた。修道士たちも驚いて彼らを注視する。
「何故、ここへ…」
「エドウィンの出発に間に合うように来たのだが、ペリドットの町へ行ったらすでに君は発ってしまった後でね。君に渡すものがあって、追いかけてきたんだ」
ホプキンスはそういって、クリストファーを振り返る。
「クリストファー。この動物たちは君が虐待したものであるということで間違いはないかね?」
「…いいえ」
クリストファーはかぶりを振る。
「まだそんなことを」
レイラは忌々し気に彼をにらみつける。
「私ではありません。アリソンの仕業です」
クリストファーの言葉に、皆が一斉に修道女のアリソンを凝視した。アリソンは驚愕のあまり、固まった。
「な、何をおっしゃって…」
「彼女が私にこの部屋があることを知らせて、動物たちを閉じ込めて虐待していたのですよ」
「お待ちください! 確かに、この部屋の存在をクリストファー様に知らせたのは私ですが、それは」
「私は止めました。しかし、彼女は精神的にこの動物たちを虐待しなければならないほど、病んでいた。私は止められなかった…。それは私の過ちです」
「そんな、クリストファー様!」
アリソンは同様のあまりがたがたと震えだした。崩れ落ちそうな彼女を、レイラが支える。
「大丈夫ですか?」
「私ではありません、私は…私はただ、クリストファー様のお力になりたくて…」
アリソンは両手で顔を覆う。
「自分のため罪を隠し、それが公になれば他人のせいにする…。それがあなたの本性ですか?」
「人聞きの悪いことを。アリソン。君は私に罪をかぶせるようなことはしないだろう?」
アリソンは震えながら涙をこぼした。
そうか、とレイラは思った。彼女はこんな目に遭ってもなお、クリストファーを思っているのだ。
「よくわかった。クリストファー」
ホプキンズがそう言うと、クリストファーは笑みを浮かべる。
「わかってくださいましたか! ホプキンズ様!」
「ああ。…君は、道を違えてしまったのだな」
ホプキンズの言葉に、クリストファーは怪訝そうな表情をした。
「君のことは、この少年から話を聞かせてもらったよ」
「…その子は話せないでしょう」
「そうだったな。だが今は話せるよ。私が沈黙の魔法を解呪したのでね」
クリストファーは息を飲んだ。少年が話始める。
「…俺、見た。この人が動物をいじめてるの。それを見たのを怒って、俺に沈黙の魔法をかけたんだ。じいちゃんも貧民街のみんなも知ってる」
「何か申し開きがあるかね?」
「子供の言うことなど…」
クリストファーが吐き捨てると、ホプキンズはため息を吐いた。
「スノウも見た!」
消えたと思った獣人の少女が寝間着姿で唐突に現れた。
「獣人…」
「そいつがみんなをいじめる悪いやつだって、知ってる! スノウにもご飯くれなかったし、鞭でたたいた! ジョシュアのとこの6番目をどこにやったの!」
「…何を言っているんだ?」
クリストファーは首をひねる。
「こいつ、嘘つきだし、自分の言うこと聞かない動物はみんなあの部屋に追いやった! スノウは逃げたけど、ほかの子はみんな逃げられなかったの!」
「ホプキンズ様、誤解です。皆、私を陥れようとしているのです。動物の世話をしているのは私なのに、あんまりです」
クリストファーは今度はホプキンズに懇願する。
変わり身の早さにレイラは内心呆れた。
「そうか。だが、ここには動かぬ証拠があるのでね。明日、君は私と教会本部へ出発する。さあ、来なさい。君にはそれまで謹慎してもらう」
ホプキンズが周りの修道士たちを見る。
「彼を拘束しなさい」
修道士たちは動揺しながらも、大司教であるホプキンズの指示に従おうとした。
「----私に触るな!」
クリストファーが叫んで、一気に駆け出して部屋から駆けだした。
「待ちなさい!」
「クリストファー様!」
「待ってください!」
教会の皆が彼を追いかけたが、誰も捕まえることはできなかった。
その後、街中を探してもクリストファーの姿はみつからなかった。
クリストファーがいなくなった日から、隠し部屋を壊して動物たちをきれいな場所へ移すことにした。人間を見ると警戒して威嚇するが、それは仕方ないことだと獣医に言われた。時間と労力を費やすだろうが、根気よく面倒を見てくれる人がいれば大丈夫だということだった。
修道士と修道女たちが世話をすると約束してくれた。
「何も気づかないでいた私たちの落ち度です」
「もっと早くクリストファー様を止めるべきでした」
修道士が懺悔を口にする。
「今回のことで気づけたから、いいのですよ。これからどうするかを考えましょう」
「…ええ」
「そうですね」
修道士や修道女もこれから教会の在り方を考えるということだった。
ロバートはひどく気落ちして、部屋にこもってしまった。修道士たちが彼をなんとかすると言ってくれた。
これからホプキンズが教会本部へ戻り、新しい司祭を赴任させるということになった。それまでは、修道士と修道女が教会を守ると言った。
「…あなたたちのせいです」
アリソンはエドウィンたちに恨み言をぶつけた。
「あなたたちさえ来なければ、クリストファー様はいなくならなかったのに」
「…罪をなすりつけられても、あの男を思っているんですか?」
「あれは本心ではありません」
アリソンはレイラをにらみつける。
「君も教会本部へ来るんだ、アリソン。ずっとこの事実を秘匿していた罪は消えない」
「…わかっております」
アリソンは疲れ切った表情でホプキンズに答えた。
本当にこれで一件落着だろうか、とレイラは思った。
エドウィンは街の皆に知らせるべきだと主張したが、ホプキンズはこの件を公にするとは言わなかった。
この教会の修道士や修道女たちも、本当にアリソン以外に誰もクリストファーの裏の顔を知らなかったのだろうか。
クリストファーが見つからないのも、教会の者たちが口裏を合わせているとは言えないだろうか。
修道士たちが口裏を合わせれば、この件はなかったことにできる。教会での罪は本来、あってはならないのだから。
いや、もしかしたら、教会の面々はわざとクリストファーを逃がしたのかもしれない。
エドウィンはこの事実に気づいているのだろうか。レイラにはそれを確かめる勇気はなかった。また面倒ごとに巻き込まれでもすれば、剣もなくては彼を守れない。
疑念は尽きないが、ここに留まることもできない。エドウィンはまた次の街へ行き、レイラも彼を守らなければならないのだから。
「ホプキンズ様が来てくださったおかげです」
エドウィンはホプキンズに頭を下げた。
「なんの…。私が君を追いかけてきたのは、君のしたことが原因だよ」
「私のしたことですか?」
エドウィンは首をかしげる。
「なんでも、ペリドットの町でひったくりの子供に旅費をすべて与えてしまったそうじゃないか」
「あ、はあ…。そんなこともありましたね」
エドウィンは恐縮して頭をかく。
「アレクシスのことですね」
「そう。そのアレクシスが教会へ来て、旅費を君に返してくれと言ってきた。たまたま私が来ていた時だったので、君を追いかけてきたんだよ」
「そういうことだったんですね」
ホプキンズは道具袋から旅費の入った袋を取り出す。
「それは私が預かります」
レイラが素早く手を出した。
「では、レイラに任せよう。よろしく頼むよ」
「はい」
レイラは中身を確認して道具袋に袋をしまった。
「アレクシスって誰?」
スノウが興味深げに尋ねる。
「ここへ来る前にエドウィン様がいた町で会ったひったくりの子供だ。有り金全部エドウィン様が与えてしまったせいで、私たちは無一文だったんだ」
「あはは…」
レイラの棘を含んだ物言いに、まだ怒っていたんだな…とエドウィンは苦笑いを浮かべる。
「ふうん。でも、あるじ様にお金戻してくれたなら、いい子じゃない」
「…そうなのかもしれないな」
レイラは渋い表情で同意した。
「これから教会の下働きをすると言っていたよ。将来、アレクシスはいい修道女になるだろう」
「ホプキンズ様、それを言うなら修道士では?」
「はははは、何を言っているんだ。アレクシスは女の子だよ」
「えっ…」
「え?」
「「えええええええええええええ!?」」
エドウィンとレイラは同時に叫んだ。
「その…男の子だと思っていました」
「私もです…。そうですか、女の子でしたが」
エドウィンとレイラは顔を見合わせて笑った。
「しかし、あの隠し部屋の扉を剣で壊すとは、レイラには恐れ入ったよ」
ホプキンズが苦笑する。
「魔法で施錠されていたので、それしかエドウィン様を救い出す手段がみつかりませんでした」
レイラは淡々と答える。
「もっとも、剣はもう使い物になりませんが…」
レイラは折れてぼろぼろになった剣の柄を撫でる。今は鞘に入っているが、抜けば折れていて使い物にはならない。
「クリストファーもまさか、扉自体を破壊されるとは思わなかっただろうね」
ホプキンズは肩をゆらして笑う。
「まあ…そうでしょうね」
渋い表情でレイラは肩をすくめた。
「レイラ、馬鹿力」
「何か言ったか?」
スノウがぼそりと言った発言にレイラは眉を吊り上げたが、スノウはぶるぶると首を横に振った。
「君のエドウィンへの忠誠心は見上げたものだ。剣士の誇りを折らせたのだからね。教会本部へ言って、もっといい剣を送らせるよ」
「ありがとうございます。よろしくお願い致します」
レイラは頭を下げた。
ホプキンズはアリソンを伴ってアメジストの街から旅立った。エドウィンもこれから次の街へ発たなくてはならない。
「出発する前に、行きたいところがあるんですが、いいでしょうか?」
「どうぞ。…どちらへ?」
「貧民街の少年のところです」
エドウィンについて、レイラとスノウも供に行くことにした。
貧民街のあばら家へ行くと、少年がエドウィンの姿を見て走ってきた。
「司祭様! 護衛の姉ちゃん! …とあと」
「スノウだよ」
自分の胸に手をあててスノウが自己紹介する。
「じゃ、スノウ。来てくれたんだね。護衛の姉ちゃんが俺のことを連れてってくれたおかげで、あの大司教様にしゃべれるようにしてもらったんだ。ありがとな」
「いいよ。君が証人になってくれればと思っただけだ。本当にホプキンズ様が来てくれたからだよ」
レイラは少年の頭を撫でる。
「今日は君のおじいさんにお話がしたくて。中にいるのかな?」
「いるよ。じいちゃん、お客さん!」
少年は元気に中にいる老人に声をかけた。
「…司祭様ですか。クリストファー様が行方不明になられたとか」
「ええ、そのことについてお話が。…スノウ、向こうで彼の面倒を見てあげてください」
「え? でも、スノウも一緒に…」
「いいから行ってこい、化け猫」
レイラににらまれ、スノウは渋々少年を連れてあばら家を出て行った。
「一体どのようなお話を…」
「クリストファー様とあなたはつながっているでしょう? 彼はどこへ行かれたのですか?」




