99話 建国祭
新年1月1日はプリュヴォ国の建国93年目を祝う建国祭で始まった。
バルコニーに並ぶのは王族とリリアンの4人。
それにケネス王国の大使代理1人がそこに立つことが許された。
傍にはモルガンとマルタンが控え、周囲を護衛騎士が守る。
特別にこの場に招待されているケネス王国の大使代理は自国の伝統衣装で立っている。
そして今日のリリアンは当時の衣装を再現した金色の刺繍の入った真っ赤な厚みのある長いマントを羽織り、金色の王冠を被っている。
中のドレスは薄い布を何枚も重ねてあるが、シンプルでスカート部分はあまりボリュームがない。袖は絞らず手首に近くなるほど広がっている。
そしてクラシックな王冠は今時のと違って宝石などはついておらず一周同じ調子で模様が繋がっているだけだ。
マントを長ーく引き摺るので重く動きにくいが、フィリップとお揃いだし、ティアラ好きなリリアンは王冠を頭に載せて貰って気分も上るというものだ。ちょっと仮装をしているような気になっている。
一方、フィリップはマントと王冠はリリアンと同じだが、カボチャのような短いパンツに白いストッキングといういつもと違う出で立ちだ。
腰には重そうなロングソード、靴は先は尖っていてヒールがある。
でもこれが抜群に似合っていて、いかにも王子様という眩い程の格好良さなのだからリアル王子のポテンシャルの高さ怖い。
バルコニーに出る前に控えの間でリリアンはしきりに「フィル様、素敵です!」と言っていた。あんまり何度も言うからフィリップは笑ってたけれど。
リュシアンとパトリシアも同じような装いだが王冠は幅が広く濃い紺色のマントで縁は白いフワフワが付いてボリュームがある。そしてリュシアンだけが長い杖を持っていて、いかにも立派だ。
モルガンとマルタンも合わせて当時の衣装なのだがリュシアンやフィリップのようにキマって見えず、なにか笑えるのは何故だろう?マントも冠も無く揃って足がひよひよに細くてガニ股気味という立ち方のせいなのか?
これまでは当時を偲ぼうと建国祭のセレモニーは当時の衣装を身に付けて建国時の古い城『プルミエ城』の前の広場に立って行われていた。
花離宮と同じくセントラル広場に面して建つその城は今は広い広場の端っこに位置する。当時は狭かった広場を後に広げた結果そうなった。
建物自体も小さく、前庭やバルコニーなどもないのでこういったセレモニーに使うには勝手が悪く、年に一度の建国祭の為だけにメンテナンスを続けるのもいい加減アレだなと思っていたところだった。
なので、先日ケネス王国の大使館にくれてやった(くれてやったと言っても貸しているんだけど)中はリフォームしてあって当時の面影があるのは外観のみだったから、まあいいだろう。
今年からは建国祭もフェテドフルール宮殿(花離宮)で行うことにしたのだ。
リュシアンが『開国』とも言えるこの国の新しい未来への一歩を、国王になる自分を守って亡くなった2人の英雄アーサーとルイの為に建てた此処、花離宮から始めたかったからだ。
しかし、そんな心を知るものはない。
果たしてオーギュスタンが気づいたかどうか、確かめることはこの先もないだろう。
今日はここで挨拶をしたらもう引っ込む。
花祭の時のように長くバルコニーに座っていたら寒さでパトリシアが体調を崩して寝込んでしまうからな。
庭園にギッシリと立つ貴族、広場に集まった群衆、彼らに向かってリュシアンは大声で告げた。
このような形で一般の貴族のみならず庶民の前で国王の声を直接聴かせることは過去になく、国王陛下のお言葉としてモルガンが声を張り、下にいる伝達係が更にそれを下に居る者の前で繰り返すのが通例だった。
しかし、これからプリュヴォ国に起こる変化は今までの比ではない規模とスピードになる。突然の変化に不安を抱かせてはいけないのだ。最悪は暴動になる。
王の言葉として王自身の言葉で伝えようと思った。
『変革の年』に相応しく。
「皆の者、今日プリュヴォ国はここに建国から93年目の年を迎えた。
今、我が国は食べ物は十分にあり、人も気候風土も穏やかで戦争はなく平和でまさに満たされている。しかしこれに満足せず新たな一歩を踏み出す。
今年は変革の年になるだろう。
だが、喜べ!
この国に大いなる幸福をもたらす良い変革だ。
ケネス王国と国交を結び、我が国に有益なものを輸入する。まずは医療だ。既に王都にいる者は彼らを見ただろう、彼らを新たに隣人として迎えいれよ」
ケネス人は既に王都では好意的に受け入れられ始めていた。
プリュヴォの騎士に伴われ街で買い物をしてお金を使ったり、ケネス王国大使館になったプルミエ城の前で帰国組が持ち帰らなかった物を無料で配ったり、見本に持ってきたけど不要だと返された良質な石炭の一部を安価に売ったお陰だろう。
残留するケネス人に、リュシアンにこの国で上手くやっていきたければ、まず一人一人が受け入れられる行動をせよと言ってあった。
プリュヴォ語を喋れなかったケネス人達は必死に勉強中だ。
今は外国人として登録し管理下にあるが、いずれ彼らはこの国の者と混じり合うだろう。いったいどんな未来が待っているのだろうか、とにかく考えられることについて最善を尽くしていくのみだ。
「そして西に大港を開き、運河、大街道を整備し国中の流通を活性化させる!
プリュヴォ国はますます栄えるぞ!」
オオオオー!!!!!
リュシアン国王のその威厳に溢れ堂々とした様は人々を魅了し、国王陛下のお言葉が終わった途端に大歓声が湧き起こった。
遠くの方までその声が届いていなくても伝達係によって内容は伝えられた。皆の顔は希望に満ちて明るい、まずは国王の意思は皆に好意的に受け入れられたようだ。
彼らは何度も声を揃え繰り返す。
「我らがプリュヴォ国王リュシアン・マルチーズ・プリュヴォ5世よ!!!我らの王、我らはどこまでも付いてまいります」と。
この後は屋内で新年パーティーが始まる。今年最初の社交界の幕開けだ。
バルコニーから室内の広い会場へ移ったリリアンは王族方と並んでひな壇に座った。
何せマントが長くてあちこち動けないから座って皆が挨拶に訪れるのを待つという段取りだ。今日はダンスやゲーム等の遊戯は予定されておらず楽団が奏でる音楽をBGMに歓談する事になっている。
飲み物や軽食はたっぷりと用意されているし、給仕に言えば持ってきてくれる。
「フィル様、先ほど皆さんの声の中にマルチーズというのがあったのですが、なぜあの時マルチーズと仰る方が沢山いらしたのでしょう?どなたか犬を連れていらしたのですか?私、気がつかなかったのですけど」
「そうか、リリィの耳にも聞こえてしまったか」
フィリップが困った顔で言う。
「実は私たちの家系で王位を持った者に付くセカンドネームがマルチーズなんだよ。
でもね、犬のマルチーズがこの国にもたらされる前からだから、こっちが先なんだよ!?なのに威厳溢れるべき王が可愛ゆいワンコと同じ名前だ〜なんて笑われるんだ。特にルネ!
これって不敬だよね?
父上も嫌がって決して自分からそう名乗ったりしないんだけど皆がそのセカンドネームを忘れてくれないというか、入学するとまず学園で教えられてるし!庶民にも浸透してるし!!
もう廃止にしようかって言ってたのにまだ廃止にしてないから私もいずれそう呼ばれるのかと思うとちょっとね。
まあ本当は由緒ある名前を受け継ぐ事を有難く思わないといけないんだろうけど」
学園で教えるのならば、忘れるのはまず無理ですフィル様。
ちなみにリュシー父様はケネス王国にも敢えて己のセカンドネームを告げなかったという。実は可愛すぎるのを結構気にしているようでリュシー父様とフィル様親子の小さな抵抗がなんだか微笑ましい。
「そうなのですか。
では、フィル様は・・・フィリップ・まるちーず・プリュヴォにいずれ御成りになるのですね・・・」
「リリィ、目が笑ってるよ」
「いいえ、そんなこと・・・ふふっ」
「こら、王の名前を笑うとかそれ不敬だから」
「うふっ、ごめんなさい。では王太子様用のセカンドネームもあるのですか?」
「ないない、あっても教えてあげないし」
「ええ、そんな意地悪を言わずに教えてください」
「いや、本当にないんだよ。そんなに言うんだったら王妃にも古のセカンドネームがないか今度古い文献を調べてみようか。こう見えて私も古文の解読が出来るんだ。リリィもマルチーズに負けないセカンドネームが入ることになるかもよ!?」
「えっ!」
ドキンと胸が高鳴る。私の名前に王妃のセカンドネームが入る時って、それってそれは・・・。
さらりとそんな事を言ったフィル様はこちらの気持ちなど頓着せずに何か面白いセカンドネームはないかと考えている。
「リリアン・シャルトリュー・プリュヴォなんてどうかな?こっちは可愛くて笑う人いなさそうだけどね」
「は、はい・・・可愛いです」
フィル様がそんなこと仰るから、体温が上がってきた。
きっと私が笑ったから意趣返しをなさろうとしているんだろうけど意識し過ぎてフィル様の方を向けないよ〜!
「うん、しかし可愛い子に可愛い名前を付けても可愛いだけだな。
うーんと笑えるやつ、
国王と王妃の名前は対になるものだから僕のセカンドネームに匹敵するものを考えなければ・・・。
リリアン・エキゾチックショートヘア・プリュヴォ・・・もはやこれはセカンドネームが長すぎて、ただブサカワ猫の名前を入れただけって感じだな。
いや待てよ、リリィのを猫の名前にしたら対になる僕のマルチーズも自ずと犬だと宣言しているようなものだ。もっと別の方向から考えなくては・・・」
フィル様、私そろそろ茹で上がりそうです。
「ねえ、リリィ何か・・・」
フィリップがそう言って横を見ると、真っ赤になって下を向くリリアンがいた。ドレスをめっちゃ握り込んで恥ずかしがっている。
「あっ」
普段はオブラートに包んでいるつもりだが、今日はいつの間にか調子に乗ってモロに婚約者扱いをしてしまっていた。
この間の公務の時は婚約者という建前だったから「新婚旅行に」な〜んて事を言っても可笑しくなかったけど今は婚約者候補だけど妹という設定なのに。
これはもう僕がリリィの事を将来の妻として見ているって、リリィにバレたかも。
流石にうっかりが過ぎて我ながら恥ずかしくなり足を組んで頬杖をついてソッポを向いた。いつもの余裕はどこへやらだ。
下を向いて赤くなってるリリアンは、フィリップが隣で向こうを向いて赤くなってるとは気づかない。
そこへニコラとソフィーがやって来た。
周囲に近寄れないような空気を醸している2人に水を差しに・・・いや、気を利かせて来た。
「2人がずっと話しをしているから誰も挨拶に来られず遠巻きにして待っているよ。だから私が先陣を切って挨拶に来たんだ。
プリュヴォ国が建国93年目を迎えたのも我々がこうして安穏と暮らしていけるのも王族の皆様方のお陰があってこそ。どうもありがとうございます。王太子殿下には引き続き妹リリアンと同様に私たちも可愛がって下さいますようお願い致します」
「ああ、そうしよう」
「有難き幸せ」
「有難き幸せにございます」
「ではまた後ほど」と言うとニコラはリリアンに(頑張れよ)という気持ちを込めて手を振って下がって行った。
次に挨拶に訪れたのは婚約者を連れたシリル・マルモッタンだ。
「殿下、リリアン様、ここに連れて来ましたのは私の婚約者レティシア・アルノー にございます。どうぞ以後お見知り置きを」
紹介されたレティシアはフィリップとリリアンにカーテシィをしようとするが、その頼りなくふらふらする腰をシリルがさり気なく支えていた。
折れそうに細い身体をしているし全く日に焼けていない白い肌と美しい顔立ちのせいで、ひどく儚げに見える。
「お目にかかれて光栄でございます」
「ああシリル、ようやく連れて来たか、父は王立騎士団総長アンブロワーズ・アルノー 、兄はリリアン専属護衛隊員のレーニエだな。今まで顔を見たことは無いように思うが、もう学園は卒業しているのか」
「はい、初等部までで卒業致しました。今は屋敷で花嫁修行をしています」
「レティシアはマルタンと同い年ですから私が卒業するまで結婚を随分と長く待たせているのです。今年もまだ卒業出来ないのですから気が遠くなりそうですよ。
私も初等部一年の時から飛び級制度があれば彼女をこんなに待たせず済んだのでしょうが、その頃は無かったのが残念です。リリアン様は今年ご入学なさいますが、飛び級はなさるおつもりですか?」
「はい、頑張って挑戦するつもりです。
エミール様に高等部は飛び級が難しい位に授業がビッシリ入っていると聞きました。シリル様はあと2年学園に通われる事になるのですか。お2人のお気持ちを考えると2年がとても長く感じられますね」
「いやそれが私もそう思っていたのですが、裏技がある事に気がついたのですよ」
「裏技ですか?」
「そう、今年から授業は出席することが絶対条件では無くなって最低1回とか、5回ほど出席すれば良いという科目が意外に多いのですよ。とにかくテストに合格すれば単位が取れるのです。
今までは就職先が決まっていなかった為に手当たり次第授業を取っていたのですが、3、4年は必須科目が少なくなって専門がより増えますから宰相補佐に必要なものだけに絞る事で1年で卒業できるのではないかと思っています」
「しかし、その場合は授業を受けていない所も含めて試験を合格するだけの知識をどうにかして得なければいけないのですよね?」とリリアンは真剣な顔で訊く。
「ええ、自習でテキストを読み込まなくてはいけません。同じ飛び級仲間と助け合って分散して授業を取り教え合ったり、諸先輩方を味方に付けて教師の癖の伝授してもらい、ノートを借りるなどして試験に臨むつもりです」
「それで上手く行きますか?」
「先輩から話を聞いていると試験に出題するところを試験直前の授業でまとめてテキストに赤線を引かせる教師とか、ノートさえ真面目に取っていればその重要と言われた中から出題すると決めている教師とか、割と分かりやすい特徴があるのです。
実は教師も落ちこぼれを自分の授業で出したくないのですよ、自分の能力が足りないと思われたくないですし、補習や再テストも面倒ですしね。
生徒会役員をやっているとそういう情報も代々伝わってくるのですよ」
「まあ、すごい!」
「単位や試験のことはソフィー・オジェに聞くといいですよ。彼女はずっと成績が女性のトップ、全体でも5本の指に入ると思います。それにあなたの護衛のバセット嬢も常にトップクラスだったから心強い味方になるでしょう」
「まあ、何て良い事を教えて下さったのでしょう。シリル様本当にどうもありがとうございます。履修表が今月下旬に発表されるそうなので私も頭を捻ってその裏技に挑戦してみます!」
「ええ、ただし必須の試験を万が一落としたら却って卒業が遅れかねませんから欲張り過ぎないように気をつけて必須授業はなるべく出席する方向で・・・いや、私が言うことよりその辺の頃合いもソフィー達に聞いた方がいい初等部は男性と女性で違う授業が多いから」
「はい!」
うわ〜!
7年をいったい何年まで短縮出来るだろう?
学園が始まるのは1番歳が小さいこともあって、ちょっと不安だったけど早く卒業出来る裏技を使いたくてワクワクしてきた。
あ〜、早く学園が始まらないかなっ。
「リリィ、私も勉強を教えてあげられるよ」とフィリップが隣でにっこり笑って言う。
「そうですよ、王太子殿下はほぼトップですから完璧です」
「ほぼ?」
「たま〜にシリルがトップになることもあるからね」
「そうなのですか、フィル様は凄いのですね!シリル様も!」と目を丸くして驚くリリアン。
「おほほ、本当に可愛らしい婚約者候補様ですね、王太子殿下が一目会った瞬間に恋に落ち夢中になっておられるのも頷けますわ」
突然レティシアが満面の笑みで爆弾発言をぶちかまして来た。
儚げなのは見た目だけなのか!?
シリルは驚いて声も出せない。
「え?」
扇越しだったから聞き間違えたのかな?
それともレティシア様の勘違い?フィル様と今まで面識のなかった方なのだから彼女が勝手にそう思っただけ、多分そうだ。
フィリップはまるで耳に届いてないかのように立つとリリアンのマントを「重たそうだから」と外し、いつものように抱き上げて膝に乗せて座るとリリアンを自分のマントの中に閉じ込めた。
「もちろん夢中になっていなかったら、リリィはここに居ないよね」と声は優しくリリアンに言いつつ、顔を上げてシリルとレティシアに視線をくれる。
「ああっ!そろそろ長話が過ぎたようだ。レティシア、他の方達が待っているから我々はお暇しよう。
それでは殿下、リリアン様、今年もどうぞ宜しくお願い致します」
シリルはレティシアを「さあ早く」と急き立て、引っ張って去って行った。
爆弾発言の後始末もせずに・・・。
「リリィ、寒くない?」
「はい、温かいです」
フィル様のマントの中はぬくぬくポカポカだ。
フィル様の言葉は、
誤魔化したような、誤魔化してないような感じで、
よく分からなかったけど、
その胸に抱かれたせいで、フィル様の胸がドキドキしているのは分かった。
シャルトリューは可愛い猫だよ
エキゾチックショートヘアもね・・・
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